無罪放免、死刑執行
本日1回目の更新です。
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──無罪放免、死刑執行
アロイスはヘルマン・ヒューンラインとその妻子をどうするか悩んだ。
殺してしまうのは簡単だ。マーヴェリックは喜んで彼らを殺すだろう。
だが、そうなると問題が発生する。
アロイスは戦略諜報省にヘルマン・ヒューンラインの録音データを渡したのだ。戦略諜報省は知らぬ存ぜぬを貫いても、録音テープがどこから来たかはいずれ裁判の場で聞かれる。“国民連合”は法治国家なのだ。
令状なくして家宅捜索は行えないし、その後の裁判でも証拠の正当性を問われる。
録音テープが拷問による結果ではなく、自主的な意志による発言であり、かつその発言を録音したのがアロイスたちだと分からないように、ヘルマン・ヒューンラインを始末しなければならない。
「さて、どうしようか」
「単純さ。キャッチ&リリース。後は自然にお任せあれってな」
「なるほど。確かにそれはありだな」
既に『ジョーカー』の密輸ネットワークは壊滅した。
ギュンターは血眼になって情報を漏らした人間を探っているはずだ。
そこに輸送担当のヘルマン・ヒューンラインがどこからか現れれば?
ギュンターは彼と彼の家族を血祭に上げ、裏切者への見せしめにするだろう。それはいいシナリオだ。誰もヘルマン・ヒューンラインが自発的に喋ったのか、拷問されて喋ったのか分からない。その上、ヘルマン・ヒューンラインを拷問したのがヴォルフ・カルテルであることも分からない。
「では、彼らに朗報を伝えるとしよう。ヘルマン・ヒューンライン、君は釈放だと」
「きっと大喜びで涙が流れるほど感動するだろうね」
マーヴェリックは大笑いしていた。
「釈放を喜ばない囚人はいない。さあ、彼らを元ある場所へ」
「敵地のど真ん中においてこよう」
アロイスとマーヴェリックはヒューンライン一家を監禁している地下室に向かう。
「朗報だ、ヘルマン・ヒューンラインさん。あなた方を『ジョーカー』の元に帰す。ここからは釈放だ。もう我々による拷問を心配する必要はない。自由に生きるといい。命ある限りな」
アロイスの言葉にヘルマン・ヒューンラインが顔面蒼白になる。
「冗談じゃない! 殺される! 『ジョーカー』が、ギュンターが裏切者を生かしておくと思うのか! 皆殺しにされる!」
「そこは上手くやりなよ、ヘルマン。頑張って逃げおおせるか、それとも殺されるかだ。全てはあんた次第だ。運命は自分の手で勝ち取るものだろう?」
「ふ、ふざけるな! こういうことになるとは聞いてない!」
マーヴェリックがサディストの笑みを浮かべながら言うのに、ヘルマン・ヒューンラインが叫びまくる。
「そりゃ、そうなるとは言ってないからな。じゃあ、服を脱がせろ。そして、麻袋を被せろ。そして、その格好で『ジョーカー』の支配地域で解き放ってやれ」
「やめろ! やめてくれ!」
ヒューンライン一家は全裸にされ、麻袋を被せられると、バンに乗せられた。
バンはそのまま『ジョーカー』の支配地域に乗り付けると、ヒューンライン一家を蹴り落とし、そのまま走り去った。
ヘルマン・ヒューンラインはなんとかして生き延びようとしたが、無駄だった。
裏切者がヘルマン・ヒューンラインであるということを知っていた『ジョーカー』の巡回兵によってすぐに発見され、ギュンターの下に連行された。
ギュンターはヘルマン・ヒューンラインの言い分など全く聞かなかった、彼が妻子を人質にされ、拷問されかかったのだと言ってもその言い分を聞くようなことはなかった。ギュンターは『可能な限り残酷な手段でヒューンライン一家を皆殺しにしろ』と命じた。
ギュンターの部下は忠実にその命令を実行した。
ヘルマン・ヒューンラインの妻子は可能な限りの苦痛を与えて辱められ、生きたままバラバラにされた。ヘルマン・ヒューンラインはその様子を見せつけられ、その末に生きたまま苛性ソーダに浸けられ、生きたまま人間のシチューにされた。
ヘルマン・ヒューンラインの首は残され、広場に妻子の死体とともに飾られた。
いつものように『ジョーカー』はメッセージを残す。『裏切りは最も重い罪である。死によって償われなければならない』と。
フェリクスも他の市民たちもこの事実について知った。
ドミニクは何が起きたのかを探る。
「アロイス。『ジョーカー』の幹部を尋問したか?」
「どうしてそんな話を? 参戦する気になってくれたのか?」
アロイスは電話ではドミニクと話さなくなった。
盗聴器の所在を調べた安全な場所でしか、ドミニクと話そうとしない。
それはドミニクを疑っているからというよりも、ドミニクが参戦しないことに不満を覚えているからだ。ドミニクが参戦すれば『ジョーカー』は一気に殲滅される。なのに、ドミニクが参戦しないということにアロイスは正直腹を立てていた。
だから、待遇も敵扱い。
それでもドミニクは参戦しない。参戦すれば彼の妻子が危険にさらされると分かっているからだ。そのことはヘルマン・ヒューンラインの末路を見れば分かる。ドミニクは既にアロイスたちを裏切っている。
裏切りがバレれば?
彼の妻子は殺される。彼は自身の死を受け入れる準備があるが、妻子は別だ。彼の妻子は民間人なのだ。たとえ、ドラッグカルテルのボスの妻子だろうと民間人なのだ。
自分はハインリヒとは違う。子供にドラッグカルテルを継がせたりしない。関わらせたりしない。そんなことをするのは愚か者だ。ハインリヒは妻の死を受けて、精神が不安定だった。だから、自分の息子をドラッグビジネスに引き込んだのだ。そう思っている。
彼は自身の妻子の安全のためにもフェリクスたちに協力する。フェリクスは協力すれば、妻子の安全は保証すると言っているのだ。
「参戦は考えてる。だが、まだ決断できていない。分かるだろう、アロイス。抗争はそう簡単に決断していいことではない。争いは避けるべきだ」
「俺たちが殺し合っている間に勢力を増すのか?」
「無駄な血を流したくないだけだ」
「無駄じゃない。『ジョーカー』を討つのは大義がある。連中は裏切者で、3大カルテル体制を脅かしている。連中は倒すべき相手だ。3大カルテル体制が結束しなければ、俺たちに未来はない。そうだろう」
「分かっている。だが、俺の縄張りが聖域である方が、あんたらにとっても都合がいいだろう。聖域がなければ武器の輸送にも、人員の輸送にも危険が伴う。キュステ・カルテルにとっても、聖域は都合がいいはずだ」
「まあ、認めよう」
実際にキュステ・カルテルの構成員への訓練はシュヴァルツ・カルテルの縄張りで行われている。『ジョーカー』には手が出せない、安全な場所で。
「それよりも『ジョーカー』についてはどうなんだ?」
「知らない。連中は内部分裂を始めている。そのせいだろう」
アロイスは最近のドミニクは妙だと思っていた。
やけにヴォルフ・カルテルやキュステ・カルテル、今進行中の『ジョーカー』との抗争について聞きたがる。
アロイスはドミニクを疑いたくはなかったが、こうも様子がおかしいと何があるのではないかと思ってしまう。
「分かった。『ジョーカー』について具体的な情報が分かれば、参戦する可能性もある。俺も熟慮した上で参戦を決めたい」
「そうか」
アロイスはそう返して、ただ頷いた。
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