トラック潰し
本日1回目の更新です。
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──トラック潰し
ヘルマン・ヒューンラインの邸宅を襲うのにはマーヴェリックとマリー。そして、『ツェット』が2個小隊動員された。
1個小隊は脱出経路を確保し、1個小隊はマーヴェリックとマリーとともにヘルマン・ヒューンラインを襲撃し、拉致する。
ヘルマン・ヒューンラインの屋敷は兵士が言っていたように厳重な警備下にあった。『ジョーカー』の兵士が巡回し、狙撃手が配置に付き、正門には機関銃座が土嚢で構築されている。攻め込むのは相当難しいものだと思われた。
「いけるね、マリー?」
「行ける」
魔導式対物狙撃銃を構えるマリーとその隣で魔導式自動小銃をスリングで背中に背負い、双眼鏡でヘルマン・ヒューンラインの屋敷を観察しているマーヴェリック。
「屋敷右手屋上に狙撃手」
「狙撃可能」
「やれ」
魔導式対物狙撃銃の銃声はサプレッサーで抑制され、放たれた弾丸が狙撃兵をミンチにする。この大口径ライフル弾ならどこに当たっても致命傷だ。
「屋敷4階左手から2番目の窓に狙撃手」
「狙撃可能」
「やれ」
再び狙撃手がミンチになる。
それからマーヴェリックとマリーは可能な限りの敵を狙撃で排除した。敵はまだ襲撃されてることに気づいてすらいない。『ジョーカー』の兵士は暢気に巡回しており、機関銃座では兵士たちが煙草を吸っている。
「そろそろ行きますか」
「ええ」
マリーは魔導式対物狙撃銃を脱出に使用する軍用四輪駆動車のトランクに収め、代わりにサプレッサーの装着された魔導式自動小銃を手にする。マーヴェリックも魔導式自動小銃にサプレッサーを装着する。
同じ装備の『ツェット』の隊員たちもサプレッサーを装着し、戦闘準備を整える。
「行くぞ。先導する」
マーヴェリックが先頭を進み、巡回している兵士の背後にナイフを持って迫る。そして、マリーと同時に2名の兵士に襲い掛かり、その喉笛を掻き切った。兵士たちは出血性ショックで即死し、マーヴェリックたちは死体を草陰に引きずり込む。
続いて屋敷の壁沿いに進み、裏口を目指す。裏口にも機関銃座はあったが兵士たちは油断しきっている。マーヴェリックたちは銃口を機関銃座の兵士たちに向けると、胸に二発、頭に一発食らわせて機関銃座を制圧した。
そして、裏口から中に入る。
「隠密なんて久しぶり。心臓が高鳴る」
「お喋りは後で」
愉快そうに呟くマーヴェリックをマリーが注意する。
「はいはい。できるなら、派手にいきたいが……」
曲がり角をクリアリングし、その先にいた『ジョーカー』の兵士を射殺する。
正確に胸に二発、頭に一発。マーヴェリックも他の隊員たちもしくじることはない。
屋敷内の『ジョーカー』の警備は少しずつ減っていき、マーヴェリックたちは確実に目標に迫っていく。目標の位置は事前の調査で判明している。この時間帯は4階の寝室だ。そこに妻子とともにいる。
「クリア」
「クリア」
他の部屋の中も調べ、『ジョーカー』の兵士がいないか確認する。廊下を進んでいるときに背後から現れた敵兵に襲われてはたまったものではない。
マーヴェリックたちは階段を上っていき、ヘルマン・ヒューンラインのいる寝室を目指す。『ジョーカー』の兵士はもういないようだ。
「この部屋だ」
「突入準備」
マーヴェリックたちが配置に付く。
「突入、突入」
ドアを蹴り破り、素早く室内に銃口をあらゆる方向に向ける。
「な、なんだ!?」
「あなた!」
子供は寝ていたが、ヘルマン・ヒューンラインと妻は起きていた。
「ヘルマン・ヒューンラインだな。同行してもらう。逆らえば家族を殺す」
「畜生。分かった」
マーヴェリックは冷たく言い放つのにヘルマン・ヒューンラインは寝間着のまま起き上がり、『ツェット』の隊員に素早く拘束された。
「家族も連れていけ。何かの役に立つかもわからないからね」
「やめて!」
「騒ぐな。殺すぞ」
マーヴェリックはヘルマン・ヒューンラインの妻の頭に銃口を突き付ける。
そして、『ツェット』の隊員たちがヘルマン・ヒューンラインの妻子を拘束すると脱出が始まった。
「家に帰るまでが戦争ですってな」
「お喋りは後で」
ふざけ気味のマーヴェリックにマリーがちょっと苛立ったように注意する。
所詮は軍警察に拘らず、ただの警察官で増員したためか、『ジョーカー』は攻撃に気づかず、増援も呼ばれていなかった。
マーヴェリックたちは少し歩くと妖精通信機で車両を要請する。
脱出のための車両が現れ、マーヴェリックたちはそれに乗り込むと『ジョーカー』の支配地域から脱出した。ヘルマン・ヒューンラインとその妻子を捕まえて。
車列はキュステ・カルテルの支配地域にある『ツェット』の拠点まで戻ってきた。
「よう。ボス。お土産だぜ」
アロイスの前にヘルマン・ヒューンラインたちが転がされる。
「初めまして。ヘルマン・ヒューンラインさん。我々が誰なのかは分かっているな?」
ヘルマン・ヒューンラインがアロイスを睨みつける。
「どうやらあなたを拷問するよりもこっちのふたりを拷問した方が早そうだな」
その態度を見て、アロイスの視線がヘルマン・ヒューンラインの妻子に向けられる。
妻はダクトテープでふさがれた口で何かを言おうとするが、伝わらない。
ヘルマン・ヒューンラインも呻くものの、伝わらない。
「マリー。準備を始めてくれ。ヒューンライン夫人から話を聞こう。その後は子供から。ヘルマン・ヒューンラインさんは最後に取っておこうか」
「了解」
そこで初めて口を塞いでいたダクトテープが外される。
「やめろ! やるなら私にしろ! 妻と子供に手を出すな!」
「あなたが必要な情報を喋ってくれれば、もちろんそうしますよ。ですが、あなたにはどうにも喋る気があるようには見えない」
「喋る! 全て喋る!」
「それでは話を聞きましょうか」
ヘルマン・ヒューンラインをふたりの『ツェット』の隊員が抱え上げ、椅子の上に座らせる。椅子にはこれまで拷問されてきた人間の血と汗と排泄物と肉片が染みついている。そのためか異様な臭いを放っている。
「あなたは『ジョーカー』のドラッグの輸送担当ですね。輸送はどのように?」
「トラック会社を保有している。“国民連合”に、だ。その会社を通じて、トラックの荷に紛れ込ませて、ドラッグを輸送している。保管もトラック会社で行っている。トラック会社の名前は『ランツベルクライン運輸』。所在は──」
それからヘルマン・ヒューンラインはペラペラとよく喋った。
自分以外の幹部の名前と居場所。ボスであるギュンターとの連絡の取り方。どのように資金洗浄が行われているか。ギュンターの愛人の名前まで口にした。
「よく喋るね」
「ああ。搾り取れるだけ搾り取ろう」
情報の正確性を期すために、マリーは共産圏で行われている尋問方法を試した。
発言を全て録音し、眠らせずに聴取を続ける。
普通の人間の場合、極度の疲労状態になると記憶の齟齬などが生じる。つまり、それは自然に行われた発言ということだ。
だが、疲労しても発言にぶれがない場合、それはあらかじめ考えられていたカバーストーリーの可能性があった。
マリーはそれを調べるためにジャンとミカエルと交代しつつ、5日間ヘルマン・ヒューンラインを眠らせずに聴取した。いや、これはもはや拷問だ。眠ろうとすれば大音量の音楽で起こされ、拷問が続けられる。
「マリー。結果は?」
「信頼できる情報を得た。これをどうするかはあなたの決めること」
マリーはそう返してアロイスにタイプした書類を渡す。
「では、我々の親愛なる“国民連合”政府に伝えてやろう」
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