輸送担当
本日2回目の更新です。
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──輸送担当
アロイスは言論の自由というものを感じながらも、次の手を打とうとしていた。
それは『ジョーカー』の幹部の暗殺だ。
マーヴェリックは派手に暴れ続けている。『ツェット』の1個小隊が彼女とともに任務に当たり、『ジョーカー』の兵士を殺しまわっていた。鉛玉で、炎で、できる限り残虐にマーヴェリックは『ジョーカー』の兵隊を殺していく。
生きたまま相手を焼く。炎に包まれた『ジョーカー』の兵士が地面をのたうつのを笑いながらマーヴェリックたちは見ていた。
時にはドラム缶に全裸にしたジョーカーの兵士を詰め込んでローストすることもあった。人間のロースト。そして、死体は見せしめのために高々と吊るされる。警官が3人しか残っていない東部ではもはやドラッグカルテルこそが法だった。
ドラッグカルテルの法。それは暴力。
暴力に勝る暴力が正義となる。原始的で、野蛮で、退廃的で、クソッタレな体制。
もちろん、マーヴェリックたちは『ジョーカー』の兵隊を捕虜にすることも忘れなかった。アロイスにそう命じられていたので、捕虜のうち、まだ喋る元気のある人間は拠点に連れてきて、マリーが拷問した。
“ブラッディ・マリー”の腕前は優れたものだった。絶対に情報を吐かないと覚悟してきた『ジョーカー』の兵士が泣き叫びながら、あらゆる情報を吐き出すのだ。マリーはそれを記録していき、情報はアロイスに渡される。
アロイスは段々と『ジョーカー』について理解し始めていた。
連中はいくつかのセクションに分かれて行動している。
ドラッグを精製する製造部門。ドラッグを輸送する輸送部門。抗争をメインにする戦闘部門。大きく分けてこの3つに別れて、『ジョーカー』たちは行動している。
製造部門はキュステ・カルテルに本来所属していたものだ。『ジョーカー』によるクーデターで乗っ取られる形になった。他は『ジョーカー』の独自のものである。
そう、連中はテクニカルを乗り回すだけではなく、大型トラックで積み荷を“国民連合”に密輸してもいるのだ。その後の販売について部門が存在しないのは、販売は現地のちんけなギャング頼りだからだろう。
キュステ・カルテルに所属していたときはアロイス=チェーリオ・ネットワークが使用できたが、今アロイスは『ジョーカー』に対する経済制裁として、そのネットワークに『ジョーカー』が加わることを阻止ししている。
チェーリオにも何度も電話し、質の悪い『ジョーカー』製のドラッグを扱うことの危険性とお互いの信頼を損ねるという事実を伝え、『ジョーカー』が接触してきても『ノー』と行ってやるように促している。
チェーリオは全面的にこれに同意し、『ジョーカー』をネットワークから締め出した。それによる『ジョーカー』の経済的損失はかなりのものだろう。何せ事実上東海岸の全てのドラッグビジネスを仕切っているチェーリオから拒否されたのだから。
それでもまだ『ジョーカー』が戦えているという事実は、ネットワークに頼らなくともドラッグを売り捌く手段はあるということ。
それはそうだ。売人はドラッグにいくらでも値段をつけられる。ぼろ儲けの商売であり、かつ需要は底なしにある。“国民連合”でヤク中が増えれば増えるほど、『ジョーカー』はより多くの武器を手にし、無実の民間人が死ぬ。
ヤク中はオーバードーズで死に、“連邦”の市民は鉛玉で死ぬ。死に方が変わっただけで、結局のところ権力のないものたちは暴力に巻き込まれれば死ぬしかないのだ。
だから、アロイスは権力を求めた。自分が野良犬のように打ち捨てられないように。
「ほら、新鮮な捕虜だよ」
マーヴェリックがまた戦闘から戻ってきて捕虜を拠点の倉庫に転がす。
「彼はどういう情報を持ってるかな?」
「確かめればいい」
マリーが連れられてきた兵士たちのうち、階級の低い兵士から拷問を始めた。他の捕虜たちの目の前で。今回は酸を使った拷問だった。
絶え間なく悲鳴が響くのを捕虜たちは顔面蒼白で聞いている。
肉が酸で溶ける音は独特だ。骨が酸で解ける音は独特だ。だが、悲鳴はどれも同じだ。人間の発音になっていない獣のような悲鳴を捕虜は叫び続ける。
質問に答えているのか、そうでないのかすらも分からない。マリーは淡々と質問を繰り返し、淡々と拷問を続ける。捕虜がショック死しないように用心しながら、的確に苦痛を与え続ける。
「死んだ」
「死んだね」
最初の捕虜は悲鳴ばかり上げていて話にならなかった。
「次」
「次を連れてこい」
次はもっと階級の高い『ジョーカー』の兵隊が連れて来られる。
「質問。幹部について知っていることは?」
「ゆ、輸送担当の幹部を知っている! そいつはドラッグを“国民連合”に送るのを仕切っている! 名前も居場所も知っている! しゃ、喋るから、拷問は止めてくれ」
「なら、教えて」
「ヘルマン・ヒューンライン。居場所は地図を貸してくれ。そう、ここだ。要塞みたいな家に住んでいる。警備の規模? そこまでは……」
また拷問が始まる。
悲鳴が何度も何度も響き渡り、マーヴェリックは音楽でも聴くように楽し気にそれを聞きながらビールを飲んでいた。アロイスも途中までは真剣に付き合っていたが、特にこれといった情報を彼らが持っていないことが分かると煙草を吸って退屈そうにした。
捕虜たちは酸で全身を焼かれ、酷いありさまだった。
「ヘルマン・ヒューンラインを襲撃しよう」
全ての捕虜が死んだ後にアロイスがそう宣言した。
「輸送担当を叩こうってわけか」
「そうなる。輸送担当が死ねば混乱が生じるだろう。『ジョーカー』の収入源にも支障が生じるはずだ。連中は軍と取引しているが、それを台無しにしてやろう」
「いいね。そいつは破滅的だ。補給を失った連中がどういう暴挙に出るか楽しみじゃないか。暴れるだけ暴れてくれると楽しいんだけどね」
「俺としてはそれは勘弁してほしいかな」
くたばるなら静かに、穏やかに死滅していってもらいたい。
死兵になられては困るのだ。
そのためには相手を一気には叩かず、じわじわと締め上げていくことだ。マーヴェリックが以前試したように、カエルを茹でる実験と同じ。弱火でゆっくりと足のタンパク質を変性させていき、気づいた時にはもう手遅れという状況を生み出す。
自棄になった兵隊は損害だけばら撒いて、なんなら焦土作戦すら実行しかねない。そうならないようにカエルが跳ねないようにじわじわと熱を込めて殺す。
まずは輸送担当。輸送部門の幹部を始末することで『ジョーカー』の収入源を叩く。
もちろん、『ジョーカー』も後任をすぐに決めて対処するだろうが、ヘルマン・ヒューンラインにはしっかりと『ジョーカー』の輸送計画について話してもらうつもりだ。そして、今度からはそれを国境のこちらと向こうで妨害する。
そう、アロイスは麻薬取締局に情報が流せるのだ。『ジョーカー』のドラッグを乗せた車両だけを摘発することもできる。
「ヘルマン・ヒューンラインは生け捕りにして尋問を。聞きたいことはいろいろとある。よろしく頼むよ」
「任せときな。ところで、死体はどうする?」
マーヴェリックが尋ねる。
「お好きにどうぞ」
アロイスはそう返したのみだった。
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