消耗戦
本日1回目の更新です。
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──消耗戦
ドミニクは結局、参戦を決断しなかった。
戦争は依然としてヴォルフ・カルテルとキュステ・カルテル対『ジョーカー』で行われている。どちらも多大な収入があり、武器の入手経路を有する。
これではいつまで経っても戦争が終わるはずはないとアロイスは思う。
そんな中、ひとりの男の話を聞いた。
新教の聖職者で、メーリア防衛軍が弾圧し、難民になった少数民族を保護しているとのことだった。アロイスは少しばかり興味が出たが、すぐにそれは消えた。
というのも、戦争が転換点を迎えたからだ。
これまでの抗争では狙いはあくまで相手のカルテルの構成員だった。恐怖を示すために無関係な市民を殺すことはあれど、それはあくまでおまけのようなものであるはずだった。だが、それが変わったのだ。
キュステ・カルテルの縄張りに入り込んだ『ジョーカー』の兵士がキュステ・カルテルの所有するナイトクラブを爆薬で吹っ飛ばす。そこにドラッグカルテルの構成員はほぼおらず、店と店員、そして客の命だけが失われた。
その後も似たような攻撃が続き、キュステ・カルテルからも報復を求める声が上がる。こうなるともう止めようがない。
お互いの所持する物件や店舗に対する攻撃から始まり、対立するカルテルにみかじめ料を収めている店舗に攻撃が加えられ、攻撃がエスカレーションしていく。
「マーヴェリック。どうやら敵は戦略を変えてきたらしい。このままだと焦土になる」
「しちまおうぜ、焦土に。相手のカルテルの財産を焼けばいいんだろう?」
「連中が倒れた後はキュステ・カルテルのものに戻るんだ。そんなことをして損をするのは、結局は自分たちだ。短期的には連中の財産を焼いてやったりするとして、連中は打撃を受ける。だが、長期的にはキュステ・カルテルが弱体化する」
「いいじゃないか。焼こうぜ」
「君は人間といい何といい焼くのが好きだな。まあ、俺もその方が好きだけど」
アロイスはもう全て投げ出して焼き尽くしてしまいたい気分だった。
キュステ・カルテルの今後のことなど考えず、『ジョーカー』の保有する全てを焼き尽くしてしまいたかった。ヴェルナーは文句を言うだろうが、そもそもこの問題が起きた原因はヴェルナーがアロイスの猿真似して私設軍など作ったりするからだ。
ヴェルナーが文句を言ってきたところで知ったことかとアロイスは突っぱねることはできる。だが、そうすることで両者の間の同盟にひびが入ることは否定できない。
「君にいいものを焼かせてあげよう。裏切者の汚職警官だ。連中、『ジョーカー』に俺たちの情報を売りやがった。奴らは倉庫に閉じ込めて、逆に『ジョーカー』の連中の情報を聞こうとしたが、何も知らない。こいつは始末しないとな?」
「まさしく」
マーヴェリックがサディスティックに笑う。
アロイスも笑い出したかった。
馬鹿な『ジョーカー』。馬鹿なギュンター。馬鹿なヴェルナー。馬鹿なドミニク。
突っ込みを待っている馬鹿ばかりで、突っ込みは不在だ。鉛玉を叩き込むことはあっても、突っ込みを入れることはない。
「それから、これからは汚い戦争をすることになるよ。前に話した通り、俺たちの戦争に正義はない。俺たちの戦争に大義はない。ただ、邪魔な連中を消すだけ。教師、学生運動家、ジャーナリスト、弁護士、聖職者、その他もろもろ。ドラッグビジネスに異論を唱える人間は消さなければならない。我々は今戦時下にあるのだ」
「そう、そういう連中は殺さないとな」
汚れた戦争は既に始まっているではないか。
俺たちは民間人を巻き込んで殺しているのだ。民間人はとっくに巻き込まれている。むしろ、狙い撃ちにしていると言ってすらいい。敵対するカルテルの所有物件だけならともかく、みかじめ料を収めているからという理由で民間人を殺すのはもう次元が違う。
みかじめ料はそのドラッグカルテルの縄張りにいる限り絶対に収めなければならない税金のようなものだ。税金を支払ったからと言って、兵士ではなく、民間人に爆弾を降り注がせるのはヒッピーでなくとも時代遅れの発想だと思うし、それに効率が悪い。
だが、キュステ・カルテルも『ジョーカー』もその効率のよくない方法を使い始め、恐怖によって勝利しようとしている。
恐怖を振りまけば勝利できるとどちらも考えているらしい。
それは確かにそうだ。だが、完全な事実ではない。
前線で敵を苦しめた方が勝利には近づく、恐怖という間接的アプローチ手段は結果がでるまでに時間がかかる。敵と直接戦ってか、潜水艦で輸送船を沈めて物資不足に陥らせて勝利するか。どちらも勝利には繋がるだろうか、直接戦わないことには勝利できない。
「じゃあ、警官たちを焼きにいこうか」
「行こう、行こう」
まるでクリスマスパーティーに行くみたいにマーヴェリックが興奮する。
マーヴェリックが防弾SUVに乗って、目標の汚職警官たちのいる倉庫に向かう。
やはり、俺の決断は正しかったのだとアロイスは思う。
こういうときに“連邦”の汚職警官だけを当てにしていたら、情報はだだ洩れになり、その原因は分からなかっただろう。
だが、アロイスたちには『ツェット』がいる。
今回の情報漏洩も『ツェット』が突き止めた。『ツェット』の兵士がわざと偽情報を流し、それに乗った人間こそが情報漏洩の元凶だった。
仕組みは簡単だ。
疑わしい汚職警官に別々の情報を流す。その流された情報の何に反応したかで、情報漏洩がどこから起きているのかが分かる。
二重の意味で裏切者の汚職警官がそうやって焙り出され、マリーによる拷問を受けた。マリーは拷問の天才だ。同業者からは“ブラッディ・マリー”と呼ばれるほどに。
彼女は医学に精通し、どうすれば相手を殺さずに苦痛を与え続けられるかを理解している。だが、その分、見ていてアロイスですら気分が悪くなるような凄惨な拷問を行う。相手が悲鳴を上げようと、殺してくれと懇願しようと、平気で苦痛を与え続ける。
電気を使って。工具を使って。手術器具を使って、化学物質を使って。あらゆるものを使ってマリーは相手に苦痛を与える。
それでも汚職警官は何も喋らなかった。本当に何も知らないのだろう。
そして、処刑が決まった。
死刑執行はマーヴェリックが行う。彼女が恐怖を示すために残酷に汚職警官を殺す。
汚職警官は縛られて、ドラム缶の中に入れられていた。
「試してみたいことがあるんだけど、ここに水を入れてもらえる?」
マーヴェリックがそう求めると、『ツェット』の兵士がドラム缶に水をホースで注ぐ。汚職警官の肩ほどまで水が来た時点でマーヴェリックがそこまでと合図する。
「カエルの話を知ってるか? 鍋でカエルをゆっくりと煮ると、足のタンパク質が固まって外に出れなくなってそのまま茹で上がるんだ。人間でも同じことが起きるか試してみようぜ」
「お好きにどうぞ」
マーヴェリックが炎を放つ。ドラム缶がゆっくりと過熱され、汚職警官の顔が赤くなっていく。やがてぐつぐつと水が沸騰を始め、汚職警官も悲鳴を上げる。
「どうだ? 立てるか?」
マーヴェリックが尋ねるのに汚職警官はドラム缶の中でもがく。
「いい感じにゆで上げってきたみたいだな。このまま弱火でコトコトだ」
ぐつぐつとドラム缶の中の水が沸騰し、汚職警官は悲鳴を上げる。体中が赤く腫れあがり、激痛がするのだろう。それでもまだ死ぬことはできない。マーヴェリックはじっくりと汚職警官を煮込んでいるからだ。
やがて悲鳴は小さなものとなっていき、途絶えた。
「お料理完了。ローストもいいけどこういうのもいいな」
「君のセンスには脱帽だよ」
全身が真っ赤に腫れあがって死亡した警官の死体は街頭に吊るされた。
首から『裏切者の末路』という看板を下げられて。
だが、これはほんの始まりすぎない。
これからもっと凄惨な地獄が現れるのだ。
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