お茶会
本日2回目の更新です。
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──お茶会
「隠しカメラも盗聴器もなしだ。気づかれたら終わりだし、連中は調べる」
これから会議に向かうドミニクがフェリクスにそう言い切った。
「だが、それでは立件するのに必要な証拠が揃わない」
「俺が死んで、隠しカメラと盗聴器がパーになってもいっしょだろ?」
「それはそうだが」
フェリクスとしては3大カルテルのボスの名前と顔写真が欲しかった。
だが、ドミニクはドラッグカルテルのボスを直接売ることは拒否した。その代わり、この『ジョーカー』との戦争がどこに向かい、誰が得をするのかというのを調べるということを確約していた。
「質問内容を再確認しよう」
エッカルトが横から口を挟む。
「第一の質問。本当にシュヴァルツ・カルテルの縄張りを荒らしたのは『ジョーカー』なのか。以前と比較して答えにぶれがあったら、襲撃を仕込んだのはヴォルフ・カルテルとキュステ・カルテルだ」
「あの野郎ども」
襲撃の件でドミニクは面子が潰れたというレベルではないほどのダメージを受けた。面子に馬糞を投げつけられて、ついでに油性ペンで落書きされたような勢いだ。
「まだ決まったわけじゃない。では、次の質問だ。『ジョーカー』との戦いに参戦したら、どのような利益が得られるのか。そして、こう踏み込む。実際に支援しているヴォルフ・カルテルはどのような恩恵を受ける予定なのか」
「戦争で得をする人間か」
フェリクスたちが知りたいのはこの抗争で得をする人間だった。
キュステ・カルテルは大損だ。だが、ヴォルフ・カルテルは? 彼らは何の目的があってキュステ・カルテルを支援しているというのだ?
ヴォルフ・カルテルの他にも『ジョーカー』との戦いで得をしている人間が知りたい。そいつが戦後の“連邦”のドラッグカルテルの顔役になる。
「最後の質問はいつまで戦争を続けるつもりなのか。相手が長期戦を覚悟しているのか、それとも泥縄式にずるずると抗争に引きずり込まれているのか」
ヴォルフ・カルテル弱体化説を裏付ける証拠にもなる戦争の期間の予想。
ヴォルフ・カルテルとキュステ・カルテルがただただ『ジョーカー』に引きずられるままに戦争をしているならば、ヴォルフ・カルテルの弱体化はあながち嘘でもないかもしれない。ヴォルフ・カルテルは泥沼の内戦に引きずり込まれて弱体化している、と。
だが、ヴォルフ・カルテルが長期戦を想定して戦争を進めているならば、ヴォルフ・カルテルにはそれだけの備えがあるということだ。それはヴォルフ・カルテル弱体化説を否定し、ヴォルフ・カルテルの強大化を意味する。
「質問はこの3つ。後は雑談でもして過ごしてくれ。それとなく参戦をちらつかせてもいい。だが、参戦そのものには同意しないでほしい。戦争が拡大すれば、民間人が犠牲になる。俺はドラッグカルテルのクズどもが何人死のうが気にしないが、民間人の死傷者には目を瞑ることはできない。いいな?」
「向こうが参戦を強く要求してきたら?」
「突っぱねろ。得意だろう」
「言ってくれるぜ」
フェリクスと言葉を交わしたドミニクが車を降りて、自分のSUVに乗る。
「上手くいくと思うか?」
「祈るしかないな」
ドミニクのSUVが会談の予定地点であるシュヴァルツ・カルテルの縄張りにあるホテルに向かうのをフェリクスたちは見送った。
ドミニクはこれが友好的な会談であり、敵対行動を誘発するものではないということを示すために家族を連れてきていた。家族をドラッグカルテルのメンバーに合わせるのは不安ではあったが、逆に妻子だけを置いてくるのも今は不安だった。
「パパ。今日は何をするの?」
「パパのお友達とお話をするんだ。大人しくしておいてくれよ」
「分かった」
娘は歳の割に物分かりがいい。誰に似たのかは分からないが。
「ボス。アロイスの旦那とヴェルナーの旦那がお見えです」
「ふたり揃ってきたのか?」
「そのようです。どうしますか?」
「予定に変更はない。案内しろ」
「了解」
ホテルのロイヤルスイートにアロイスとヴェルナーが案内される。
「ドミニク。参戦する気になってくれたのか?」
「それを決めるための会議だ」
早速それか。アロイスの奴、追い詰められてるのか?
そう思いつつドミニクは家族を呼ぶ。
「まずは紹介しよう。俺の家族だ。妻のエリザベスと娘のセシリアだ」
「初めまして」
セシリアが頭を下げると笑いながらアロイスとヴェルナーも頭を下げた。
ドラッグカルテルの人間にとって家族が弱点であることはドミニクも知っている。だが、家族のいない男は哀れだ。死ぬときにも家族に看取ってもらえないというのはどれだけ虚しいことだろう。現世でいくら金を稼いでも、あの世には持っていけないのだ。
「さて、聞きたいことがある。この前の『ジョーカー』の襲撃。あれはやはり『ジョーカー』の仕業で間違いなかったのか?」
「間違いない。だが、より正確に質問に答える前にやっておくべきことがある」
アロイスの背後から工具箱を持った男と“国民連合”の戦闘服姿の女が現れる。
「万が一、盗聴器や隠しカメラが仕込まれていたりすると全員が損をするだろう? うちの技術者は優秀だ。確実に盗聴器や隠しカメラを探し出す」
ほら、言ったことか。連中だって伊達にドラッグビジネスに関わっている人間ではないんだ。この手のことには人一倍敏感になっている。
技術者による“掃除”は45分ほどで終わった。何もなしというのが確認されると、アロイスは満足そうに頷いた。
「あれは『ジョーカー』の仕業だった。『ジョーカー』がシュヴァルツ・カルテルの縄張りを通ってこちらに襲撃を仕掛けてくるという情報があった。だから、迎え撃った」
「誰が知らせたんだ?」
「匿名の通報だ。だから疑いもしたが、万が一を重視した」
「そうか」
発言にぶれはない。これは本当に『ジョーカー』が仕掛けたらしい。
「次だが、あんたらは俺に参戦を求めるが参戦することで何かいいことがあるのか? アロイスはもうそういう利益を得ているのか?」
「今のヴォルフ・カルテルとキュステ・カルテルは対等の立場だ。親として守ってやる義理はない。それ相応の利益は得ている。まあ、キュステ・カルテルもない袖は振れないから、与えられる利益というのは限られるがね」
そう言ってアロイスはヴェルナーの方を見る。
「ああ。できる限りの礼はする。縄張りを完全に取り返し、『ジョーカー』を殲滅した暁には。だが、期待はし過ぎないでくれ」
それ相応の利益ってのはどんな利益だ?
「それにしてもやけに質問が多いな、ドミニク。これじゃあ、まるで取り調べだぞ。俺たちは対等な立場にいると思っていたんだが、俺の思い違いだったのか? あんたがボスで、あんたが仕切るのがこれからのドラッグビジネスということか」
アロイスがあくまで無表情を崩さないままに述べる。
「お前は抗争に参戦していないから無傷だものな。戦後はお前の天下か? それとも誰かに聞いてこいとでも頼まれたのか?」
「誰がこんな話を聞きたがるっていうんだ?」
「それもそうだな。失礼した」
アロイスは頭を下げて見せる。
「質問はこれで最後だ。戦争の期間は決まっているのか? それとも相手を倒すまでずるずると続けるのか?」
「そうだ。『ジョーカー』が殲滅されるまで続ける。期間は決めてない。予算も決めてない。抗争というのはそういうものだろう?」
アロイスは引っかかるものを感じながらもそう返した。
フェリクスたちがドミニクからの情報を入手したのはこれから48時間後のことだった。彼らはヴォルフ・カルテル弱体化説の証拠を手に入れてしまった。
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これにて第四章完結です!
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