議題不明の会議
本日1回目の更新です。
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──議題不明の会議
アロイスは『ジョーカー』との戦いで多くの資産を消費した。
だが、得たものもある。
“国民連合”政府による麻薬取締局への圧力だ。
ヴォルフ・カルテル弱体化説を戦略諜報省が麻薬取締局に信じ込ませようとしている。『ヴォルフ・カルテルは幾たびもの粛清でがたがたになっている』と。『ヴォルフ・カルテルは兄弟分であるキュステ・カルテルを助けようとして泥沼の戦争に足を突っ込み、自滅しつつある』と。
もちろん、大嘘だ。
アロイスにはさまざななネットワークがあり、そこから大量の富が流れ込んでくる。ヴォルフ・カルテルは依然としてドラッグカルテルの中のドラッグカルテルだったし、それが揺らぐ傾向は欠片もない。
この調子で麻薬取締局の注意が『ジョーカー』に向けられているのは都合がいい。何ならこのままずっと戦争を続けていたいぐらいだとアロイスは思った。
だが、流石にそれは不味い。
キュステ・カルテルは弱体化が著しい。縄張りの3分の2を奪われ、辛うじてヴォルフ・カルテルの援助で今の縄張りを維持できてるだけだ。これではとてもではないが、キュステ・カルテルを生贄の羊にはできない。
そう、アロイスはこの場に於いてもキュステ・カルテルを生贄の羊にするつもりだった。『ジョーカー』が片付けば、麻薬取締局は次の獲物を探す。その時にはシュヴァルツ・カルテルかキュステ・カルテルに生贄の羊になってほしい。
それにキュステ・カルテルが東海岸の港を押さえていないと、東大陸へのパイプラインが遮断されてしまうのだ。それはアロイスにとって、大きな損失であった。
東大陸へのパイプラインを維持し、キュステ・カルテルを生贄の羊にするためにも、『ジョーカー』を血祭に上げないといけない。
そんな中だった。いきなりドミニクが3大カルテルのボスが集まって話がしたいと言い出したのは。
アロイスは罠を疑った。
あの偽装襲撃事件のことが発覚し、ドミニクを怒らせたのだろうかと。だが、証拠は何ひとつとしてないはずだ。使った戦闘員は丸焦げになっているし、電話の盗聴には特に注意を払っている。
だが、このタイミングでドミニクが会合を求める理由はなんだ?
彼らは『ジョーカー』との戦争には参加しないと言ったばかりだ。それが急に気が変わって、『ジョーカー』との戦争に加わるというのだろうか?
アロイスは疑念を抱きながらも、マーヴェリックにこのことを相談する。
「行ってみればいいじゃないか」
「簡単に言ってくれるな。罠かもしれないんだぞ」
気楽なマーヴェリックにアロイスは渋い表情を浮かべる。
「あたしが付いていけば問題ないだろう? 近くに『ツェット』の1個小隊も待機させておく。ヘリと装甲車でいつでも突入できるように手配して」
「そうなるか」
マーヴェリックと『ツェット』がいれば、アロイスのように私設軍を有さないドミニクは瞬く間に始末できる。マーヴェリックとマリーが率いる『ツェット』の戦闘力は馬鹿にできるものではない。
「分かったよ。出席しよう。その代わり、俺のことは頼むよ、マーヴェリック」
「イエッサー」
彼女はふざけた様子でアロイスに敬礼を送る。
「しかし、どういう用件なんだ、ドミニク。参戦か? それとも反逆か?」
シュヴァルツ・カルテルが『ジョーカー』の側に付くのは絶望的を通り越して致命的だ。西部に位置するヴォルフ・カルテルから東部にいるキュステ・カルテルを支援するためには、どうしても中央を支配するシュヴァルツ・カルテルの通行許可が必要になる。
今現在、シュヴァルツ・カルテルはヴォルフ・カルテルとキュステ・カルテルにとっての聖域だ。『ジョーカー』も敵を増やしたくないのか、シュヴァルツ・カルテルに手出しはしない。アロイスは偽装作戦でシュヴァルツ・カルテルを参戦させようとしたが、失敗に終わっている。だが、それでもシュヴァルツ・カルテルはヴォルフ・カルテルとキュステ・カルテル寄りの中立を維持している。
何かがドミニクの身に起きたのか?
訓練されたならず者の集まりである『ジョーカー』が彼を自分たちの陣営に引きずり込もうとした可能性もある。だが、どうやって?
考えれば考えるほど、分からなくなってくる。
馬鹿の考えなんとやらというが、頭脳労働が本業であるアロイスは考えなければならない。あらかじめ会議の内容を想定しておかなければ、質問に対する答えを準備できない。テレビではよく野党の政治家が与党の政治家を質問攻めにするが、あれはプロレスだ。与党の政治家には野党の政治家が何を質問するか分かっている。
弁護士もそうだ。弁護ドラマでは思わぬ質問などというのが出てくるが、弁護士は自分が答えを知っている質問しかしない。一か八かの賭けで答えの分からない質問をして、うっかり妙な答えを引き出してしまったら、その弁護士は首だ。
世の中はそうやって回っていく。
だから、アロイスも考える。今回の会議の目的というものを。
シュヴァルツ・カルテルを偽装作戦で嵌めようとしたのがバレたのか。ついに参戦するつもりになったのか。あるいは……。
「麻薬取締局というのはないだろうな……」
その線は考えていなかった。
麻薬取締局は絶対にドミニクと司法取引しないとの確信があった。連中のスヴェンという捜査官を殺したのはドミニクのシュヴァルツ・カルテルなのだ。捜査官たちは結束している。仲間が殺されれば報復する。
だが、もし麻薬取締局がドミニクに接触していたら?
考えすぎだろうか。被害妄想染みている気がする。
ドミニクの性格からして、よほどのことがない限り、麻薬取締局に協力するようなことはないだろう。家族が人質に取られているとか。それぐらいの危機がなければ。
「全く想像がつかない。これは会って話してみるしかない」
とうとうアロイスもお手上げになった。
「その前にヴェルナーと口裏合わせをしておく必要があるな」
アロイスはヴェルナーに電話する。
「アロイスだ」
『例のドミニクの会議の件か?』
「そうだ。シュヴァルツ・カルテルを偽装攻撃した件についてのカバーストーリーを再確認しておきたい」
『ドミニクは気づているのか?』
「それが分からないから口裏を合わせておくんだ」
馬鹿が。それぐらいのことも分からないのか。
「襲撃者は間違いなく『ジョーカー』の兵隊だった。俺たちは通報を受けて待ち伏せた。そして、運よく敵は待ち伏せ地点に現れて、俺たちは敵対する組織である『ジョーカー』のテクニカルを吹き飛ばした。いいな?」
『分かっている。俺も承知したシナリオだ』
「会議の場でヘマはするなよ。ヘマはしない。裏切らないだ」
『了解』
これでヴェルナーは問題ないだろう。
後はドミニク本人と話すだけだ。上手くいくことを祈りたいが、この手の物事で上手くいくことを望めば望むほど、事態は最悪の状況に向かうことがある。
「マーヴェリック」
「何だい?」
「君の他に『ツェット』の技術将校を連れてきてほしい。それで盗聴の可能性がないか確認をしてもらいたい」
「可能性としてあるのか?」
マーヴェリックが怪訝そうな顔をする。
「分からない。ただ、備えるだけだ」
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