第800海兵コマンド
本日1回目の更新です。
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──第800海兵コマンド
ヘリはフェリクスたちの心配の必要もなく、“連邦”海兵隊の基地に降り立った。
「提督がお待ちです」
海兵隊の兵士の案内で室内を進む。
そこは軍の基地というよりも普通のオフィスのようであった。
タイピストが忙しく書類をタイプし、ファックスされた書類が封筒に収められ、運ばれて行く。職員が迷彩服を着ておらず、軍の基地だという説明がなければ、フェリクスたちはここをごく普通のオフィスだと思っただろう。
「ようこそ第800海兵コマンド、オメガ作戦基地へ」
フェリクスたちを出迎えたのはかなり大柄のスノーエルフとサウスエルフの混血である50代ほどの男性軍人であった。彼は友好的な態度でフェリクスたちを出迎えた。
「初めまして、提督。そちらはこちらのことをご存じのようですが」
「失礼。ヴィルヘルム・ヴァルター海軍少将だ。第800海兵コマンドの司令官を努めている。どうぞよろしく」
「こちらこそ」
フェリクスとエッカルトはともにヴィルヘルムと握手する。
「ここではいったい何を?」
「国家機密だが、あなた方には打ち明けておこう。通信傍受だ」
「通信傍受?」
「ええ。ドラッグカルテルを相手にしている限り、通信傍受が許可されます。我々もあの廃駅には目を付けていましてな。そこから『ジョーカー』の総司令官と思われるギュンター・グリュックスに電話が繋がったと来た」
パチリと指を鳴らして、ヴィルヘルムは嬉しそうにそう言う。
「海兵隊は『ジョーカー』には屈していないのですね」
「『ジョーカー』だけではない。“連邦”の全てのドラッグカルテルに屈していない。我々は戦い、義務を果たす。“連邦”の市民を守るという義務を。そのために私は宣誓して軍人となったのだ」
「“連邦”政府はこのことを?」
「『ジョーカー』は“連邦”政府にとって頭痛の種だ。それが取り除かれるならば、政府はなんだろうと許可するだろう。我々は事実上のフリーハンドを手にしている」
なるほど、“連邦”政府も対策を考えていたわけだ。『ジョーカー』のような新顔なら政府とは癒着していない。政府は癒着していないから忖度する必要はない。
そして、“連邦”政府は海兵隊を投入した。
「信頼のできる人間たちですか?」
「もちろんだ。海兵隊の忠誠心は絶対だ。陸軍とは違う。陸軍は恥ずべきことに『ジョーカー』と取引している。連中からドラッグマネーを受け取り、武器を横流ししている。だが、陸軍も責められない。『ジョーカー』は狂っている」
「それについては同意します。連中の縄張りから脱出してきましたが、悲惨なものでした。だからと言って、キュステ・カルテルの縄張りがまともだとは言えませんが」
「皆がそう思っている」
ヴィルヘルムはため息をついて同意した。
「しかし、これでギュンターの電話を傍受できるのですね?」
「できる。奴が何を命令し、ドラッグをどこに運んだかを把握できる。もっとも、こちらが電話を傍受していると気づかれないように、全ての取引を押さえたり、全ての作戦を失敗させたりすることは不可能だが」
「それは分かります」
「理解してもらえて嬉しい。政治家たちにはなかなか理解してもらえない話だからな。情報の優位はさらけ出すべきではない。切り札として取っておかなければならないのだ」
ギュンターが電話の傍受に気づき、番号を変えたり、電話以外の方法で通信するようになったら、この作戦は失敗に終わる。敵が気づかないように慎重に敵に対して使用する情報を選び、カバーストーリーを準備して、情報は使うべきだ。
敵に敵の情報を知っていることを知られてはならない。基礎中の基礎だ。
「では、今回の情報でどう動きますか?」
「今は情報収集の段階だ。動きはしない。奴らが何か決定的なことを行うまでは我々は情報を集め続ける。『ジョーカー』の指揮系統。『ジョーカー』の装備。『ジョーカー』のボスであるギュンター・グリュックスに関する情報を集め続ける」
「賢明です」
どうやらヴィルヘルムは手を組むには丁度いい相手のようだった。
「麻薬取締局としてはどう動く? そっちのボスもうちのボスと一緒で目に見える形での成果を求めているだろう。どうするつもりだ?」
「うちの上司は慎重かつ着実な捜査を好むんです。早急な成果は期待していないでしょう。我々のお手伝いできることがあるならば、なんなりと手伝いますよ」
「それは心強い」
ヴィルヘルムが喜びに顔を微笑ませる。
「ところで我々が捕らえたふたりの『ジョーカー』の兵士は?」
「尋問中だ。なかなか強情で情報を吐こうとしない。我々は司法取引などできないから、奴らも慎重なのだろう」
確かに海兵隊に司法取引を行う権限はない。
「“国民連合”に引き渡してもらえば、司法取引で何か分かるかもしれない」
「奴らは“国民連合”と司法取引するような材料は持っていない。“国民連合”の市民を殺害したわけでもないし、“国民連合”にドラッグを密輸したわけでもない。もし、そういう罪があるのならば自分たちから“国民連合”への移送を望んだだろう」
「確かに……」
“国民連合”に対して犯罪を犯していない人間を、“国民連合”の司法制度でどうこうすることはできない。ヴィルヘルムの言うようにできるなら、とっくに“国民連合”への移送を要求しているはずだ。
「何はともあれ、君たちが入手してくれた情報のおかげで捜査は進展する。“連邦”海兵隊を代表して感謝する。これからも『ジョーカー』を追い詰めよう」
「『ジョーカー』を排除したのちは?」
フェリクスが聞きたいのはそれであった。
海兵隊が『ジョーカー』抹殺部隊で終わるのか、それとも引き続きドラッグ戦争を継続する有力な同盟者となってくれるのか。
「私の心情的には全てのドラッグカルテルが打倒されるのが望ましい。だが、政府は違う。そして、軍隊とは政府の刃だ。軍隊が軍隊自身の意志で勝手に動き回ってはいけないのだよ、ミスター・ファウスト」
「しかし、それでは連中のドラッグ戦争の手伝いをしてやるだけです」
「そうかもしれない。そこで、だ。我々は『ジョーカー』壊滅後も活動を続けようと思う。もちろん、政府の意向に反しているのは百も承知。だが、我々は宣誓したのだ。“連邦”の市民を守ると。それは果たさなければならないだろう」
ついでに、とヴィルヘルムは続ける。
「我々は極秘作戦のエキスパートだ。政府にも感知されずに行動できる」
「頼もしいパートナーになってくれそうですね」
「我々も麻薬取締局という有力なパートナーを手に入れた」
再びフェリクスとヴィルヘルムが握手を交わす。
「では、『ジョーカー』の動きについて把握しましょう。奴らが何を狙っているのかを突き止め、その先にあるものを分析しましょう」
「ああ。この狂った内戦を終わらせなければ」
そう、これは内戦なのだ。
勝者も敗者も皆等しく打撃を受けるはずの内戦。
そこから利益を得ようとしている人間がいる。フェリクスはそう確信していた。
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