廃駅にて
本日2回目の更新です。
……………………
──廃駅にて
“連邦”には廃棄された路線や駅が大量にある。
財政難から切り捨てられたもので、地方の過疎化と都市部への一極集中を招くものであった。都市部に集中したインフラはこの“連邦”の地域格差を生み、それと同時に地方の貧困から来るスノーホワイト農園の活性化の原因となっていた。
その廃駅のひとつにフェリクスたちはやってきていた。
「ここが取引場所で間違いないな?」
「間違いない。だが、取引まで5時間もある」
「待つさ」
フェリクスもエッカルトも空腹は感じていない。睡魔もない。
ただ、あるのは獲物への執着のみ。
もう少しで大物が釣り上げられるかもしれない。その思いがフェリクスとエッカルトを突き動かしていた。
ロートはびくびくした様子で時間が経つのを待っていた。
ロートは裏切りが知れれば、『ジョーカー』から追われる身となる。自業自得だとフェリクスは思うが、それと同時に同情してもいた。『ジョーカー』から逃げ切るのは困難だろう。そして、捕まれば凄惨な報復を受けることになる。
生きたままバラバラにされたブルーボーイのように。
あれはドラッグカルテル式の処刑方法だ。見せしめ。恐怖の示威行為。恐怖の教育。自分たちに逆らえばどういうことになるのかというのを相手に叩き込む方法だ。その相手という物には一般市民も含まれている。
だから、『ジョーカー』は街中を銃撃して回ったし、店舗に火炎瓶を投げ込んだ。自分たちの恐ろしさを示す。そのためだけに。
反吐が出る。腐ったクソ野郎どもめとフェリクスは思う。
お前たちが恐怖で世界を支配できると思っているならば、それが間違いだと教えてやる。恐怖に抵抗する人間が存在するということをしっかりと教え込んでやる。
恐怖の教育に対して、正義の教育を成してやる。
「なあ、俺たちだけで大丈夫だと思うか?」
「念のために本局には連絡を入れておいた。死体ぐらいは探してくれるだろう」
「そいつは嬉しくて涙が出てくるね」
フェリクスもエッカルトも死ぬつもりはない。
なんとしても『ジョーカー』の上層部に迫り、この事態の解決の糸口を掴む。
彼らはそう決意していた。
時間が過ぎていくのが酷く遅く感じる。
「そろそろ時間だ。エッカルト。そっちは援護に当たってくれ」
「了解」
エッカルトが廃棄された車両の中に消える。
「そろそろ時間だぞ。案内しろ」
「分かっている。ただし、前にも言ったが取引が終わったら速攻で俺は逃げる」
「好きにしろ」
ロート、お前が逃げられるのを神に祈っておいてやるよ。
「来たぞ」
そして、ロートが言う。
「案内しろ。ただし、ゆっくりと」
「分かってる」
フェリクスはロートを連れて、廃棄車両のひとつに近づいていく。
「ロート。その男は誰だ?」
取引にやってきていたのは4名の『ジョーカー』の兵士たちだった。
彼らはロートの背後にいるフェリクスを睨みつける。
「友達だ」
「お前はこの仕事を何だと思ってる? お遊びか? 『ちょっとドラッグ取引に行くから一緒に行かないか?』ってか? 馬鹿か、お前は」
そして、『ジョーカー』の兵士たちが一斉に銃口をフェリクスに向ける。
「動くな! 麻薬取締局だ!」
その側面からエッカルトが『ジョーカー』の兵士たちを奇襲した。
彼は一瞬で2名を射殺し、それと同時にフェリクスも魔導式拳銃を構える。
「さて、お話を聞くとしよう。お前たちのボスの話をな」
「畜生」
「ああ。畜生だ。俺もお前もな。ほら、行け、ロート。生き延びられることを祈ってる。割と真剣にな」
ロートは脱兎のごとく取引現場から逃げ出した。
「それで、お前のボスは? 誰からドラッグを買っている?」
「分からないのか? 俺が末端のヤク中の売人に見えるのか?」
「そうでないとしても誰から?」
「ボスから」
さっさと話せ。それとも時間稼ぎか。
「そのボスは誰だ?」
「間抜け。俺はギュンター・グリュックス本人からドラッグを仕入れているんだよ」
その言葉に思わず、フェリクスの言葉が詰まる。
「それは本当か?」
「嘘だと思っているのか? 嘘ならよかったな。お前はギュンター・グリュックスのドラッグを押収しようとしているんだ。報復は覚悟しろ。ボスは必ずお前たちを殺す。そして、死体をバラバラにして、野良犬の餌にしてやるだろうさ」
まさかここにきてギュンター・グリュックス本人と繋がっている売人を捕まえられるとは。完全に予想外だ。
「本局に知らせるか?」
「待て。欺瞞情報の可能性もある」
エッカルトが興奮気味に尋ねるが、フェリクスは待ったをかける。
「ボスに電話しろ。後で確認する。ボスに『ロートは死んだ』と言え」
「ボスはあんなちんけな売人のことなんて気しない」
「いいからかけろ、クソ野郎」
エッカルトはひとりの売人にフェリクスはもうひとりの売人に銃口を向けている。
「……分かった。かける」
「電話番号を先にメモしろ。後で確認するのに使う」
売人はフェリクスに促されるままにメモを書き、廃駅に残された公衆電話にコインを入れて、ギュンターに電話する。
『なんだ?』
「ボス。ロートの野郎が逃げました」
『それだけか?』
「それだけです」
『くだらないことで俺に手間を取らせるなな!』
そうギュンターが叫ぶのがフェリクスまで聞こえて電話は切れた。
「満足したか?」
「ああ。満足した」
フェリクスはそのまま売人を廃棄車両の中に連れていく。
「なあ、後であれは麻薬取締局の罠だったから電話番号を変えろとお前が言う可能性はどれくらいなんだろうな?」
「ま、待て。俺は言われた通りに電話したぞ」
「そうだな。その時点でお前は用済みだ」
この電話番号を盗聴すればどれだけの『ジョーカー』に関する情報が手に入るだろうか。『ジョーカー』を丸裸にできるかもしれない。麻薬取締局の大勝利に終わるかもしれない。それをひとりふたりの殺人でつり合いが取れると言えるだろうか。
フェリクスは悩んでいた。どうしようかと。
「どうする、フェリクス」
「考えている」
ヘリのローター音が響き、やがてダウンウォッシュが吹き荒れ始めたのはフェリクスたちが2名の売人をどうすべきか迷っているときだった。
「フェリクス・ファウスト特別捜査官ですね!?」
「ああ! そうだ! そっちの所属は!?」
ヘリのローター音にかき消されないように大声で会話する。
「“連邦”海兵隊です! 提督から捜査官たちをご案内するようにと言い使っております! どうぞ、ヘリに乗ってください!」
海兵隊?
ヘリは軍用の汎用ヘリだ。だが、今やカルテルはヘリすらも手に入れている。これがドラッグカルテルの罠ではないとどうして言い切れる?
「どうするんだ、フェリクス!?」
「乗り込もう! 信じるしかない!」
「了解!」
こうして、フェリクスとエッカルトは“連邦”海兵隊のヘリに乗り込んだ。
……………………
本日の更新はこれで終了です。
では、面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!




