下から上へ
本日1回目の更新です。
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──下から上へ
フェリクスとエッカルトは下から上へという作戦を進めていた。
彼らは売人を見定める。
「周囲をやたらと気にしている奴が『ジョーカー』の売人だ。『ジョーカー』の売人はスパイも兼ねている。キュステ・カルテルの縄張りに入って、キュステ・カルテルの動きについて報告する」
「ふむ。そういうのは得意だ」
「俺も得意な方だ。どっちが先に見つけるか、賭けるか?」
「やめておく」
不謹慎な奴めとフェリクスは内心で毒づく。
だが、気持ちは分からなくもない。
ついさっきまで死ぬかもしれなかったのだ。『ジョーカー』に拘束され、麻薬取締局の捜査官として拷問を受け、あの街に散らばっていたバラバラ死体のひとつに加わっていた可能性は否定できないのだ。
そんな状況を何とか切り抜けた。それは冗談のひとつも言いたくなる。フェリクスも海兵隊時代はこの手の冗談を言い合ったものだ。
「見つけた。恐らく当たりだ。やたらと人目を気にしている男がいる。金を受け取って、ドラッグらしきものを渡すのも見えた。どうする?」
「キュステ・カルテルに血祭に上げられる前にとっ捕まえよう」
「了解」
フェリクスとエッカルトは目標の男に向けて周囲にキュステ・カルテルの構成員らしき人間たちがいないのを確認して近づく。
ドラッグビジネスは何も“国民連合”への輸出だけで稼いでいるわけではない。国内需要も存在する。事実、アロイスは最初のビジネスで“連邦”の大学でドラッグを売り捌いていた。組織の末端になると給料は現金の代わりにドラッグで支払われる。それをいかに売り捌くかが、昇進の目安にもなっている。
まあ、大抵はヤク中である末端の売人自身の手で消費されるのだが。
「おい。お前、見ない顔だな」
エッカルトが厳つい顔を作って売人に話しかける。
「き、気のせいじゃないかな?」
「いいや。見ない顔だ。誰がここで商売していいって言った? ちゃんとボスの許可は取ってるんだろうな?」
売人はブルっている。今にもちびりそうだ。
「許可を取っているか確認してもいいんだぞ?」
「ま、待ってくれ。これには訳が……」
そこでフェリクスが麻薬取締局のバッヂを見せる。
「麻薬取締局だ。お前には選択肢がある。ひとつは俺たちがキュステ・カルテルの連中のところまでお前を連れて行き、後のことはキュステ・カルテルに委ねられるということ。もうひとつはお前の上の人間との取引場所と名前と外見的特徴を言って、俺たちに協力する代わりに見逃してもらうことだ」
「どうする?」
エッカルトがにらみを利かせる。
「きょ、きょ、協力する……」
「賢い選択だ」
フェリクスとエッカルトが頷く。
「上にいるのは?」
「ロートと言われている男だ。こちらにドラッグを運んでいる。場所は向こうの通りを進んで曲がった角の閉店した薬局。そこでロートと取引する。お、俺がいかないと、ロートは扉を開かないよ」
「じゃあ、付いてこい」
「取引したばっかりだよ。ドラッグを買う金はない」
「ほら、5000ドゥカート。これで仕入れると言え」
フェリクスはそう言って5000ドゥカートを売人に渡した。
「わ、分かった。ついて来てくれ。ロートは用心深いからレジの下に魔導式散弾銃を隠している。下手な真似はしないでくれよ。俺は撃ち殺されるのはごめんだ」
「俺たちだってそうだよ。さあ、行くぞ」
フェリクスとエッカルトは売人を逃がさないだけの距離を取りながら、閉店した薬局という取引場所に向かう。
しかし、閉店した売店でスノーホワイトを扱っているとはとフェリクスは思った。
まるで時代錯誤の世界だ。薬局でスノーホワイトが買えたのは1930年代まで。それ以降は禁止されている。“連邦”は単純所持を罪に問わないが、売買目的の所持には重い刑が課せられる。しかし、まあ閉店した薬局でスノーホワイトとは!
「この店だ」
売人が閉店した薬局を指さす。
「エッカルト。裏口に回れ。敵の銃火器に警戒。だが、殺すな」
「オーキードーキー」
エッカルトは薬局の裏口を探し、蹴り破る準備を始める。
「行け」
「あんたはどうするんだ?」
「ついていく」
「それじゃあロートは出て来ない」
売人は困惑した声を上げる。
「いいから、行け。出て来ないなら出るまで鉛玉を叩き込んでやる」
フェリクスはそう言って、売人に中に入るよう促す。
「お、俺を巻き込まないでくれよ……」
「じゃあ、キュステ・カルテルに引き渡してやろうか?」
「畜生」
売人は渋々と薬局の扉を潜る。
「ロート、ロート。いるんだろう。取引に来た」
売人がそう呼びかけると、薬局の裏の倉庫から男が姿を見せた。
「取引? この間やったばかりだろう。それに後ろの奴は?」
「友達さ。ここで作った」
「ふうん……」
ロートと呼ばれた男の手がレジの下に延びる。
咄嗟にフェリクスが魔導式拳銃を抜いて、男に銃口を向けた。
同時に裏口が破られ、倉庫からエッカルトが姿を見せる。
「裏の倉庫はスノーパールでいっぱいだ。さて、どう言い訳する?」
エッカルトはそう言って、麻薬取締局のバッヂを見せた。
「畜生。嵌めやがったな」
ロートが売人を睨む。
「このままキュステ・カルテルに連絡してもいい。キュステ・カルテルはきっと大喜びだろう。『ジョーカー』のスパイが見つかって。連絡しているんだろう? 上の人間に、キュステ・カルテルが何をしているか」
フェリクスが魔導式拳銃の銃口をロートに向けたま言う。
「何が望みだ」
「お前より上の人間。誰からドラッグを買っている? そいつを明らかにすれば見逃してやってもいい。さあ、どこの誰から、どこで、いつ、どうやってドラッグを仕入れているか教えろ」
「それを教えたら見逃すと?」
「ああ。俺たちはそれだけが知れればいい」
嘘だ。
八つ裂きにされた死体。スクールバスごと燃やされた死体。吊るされた死体。そういうものがもう二度と現れないことをフェリクスは望んでいる。そのためには『ジョーカー』を根絶やしにし、3大カルテルにも大打撃を与えなければ。
フェリクスはそう思っていた。
「上の人間の名前は知らない。ただ、取引する場所はひとつだ。ここから北に行った廃駅。昔の機関車などが放置されている。そのどれかの車両で取引することになっている」
「そして、お前が行かなければ取引は行われない。だろう?」
「その通りだ、クソッタレ。俺についてこいって言いたいのか?」
「別にここに留まってもいいんだぞ。ただし、キュステ・カルテルは密告を受けて、この薬局を調べ、ついでにそこで働いた人間も捕まえようとするだろうな」
「クソ警官め。お前らも俺たちと変わりねえ」
「いいや、違うね。俺たちはドラッグで人を廃人などしない」
そして、お前たちみたいにむやみやたらに人を殺したりもな。
「……分かった。取引現場に連れていく。俺はそれからすぐにずらかるからな。あんたらはどうせ俺の身の安全なんて保証してくれないんだろう?」
「分かってるじゃないか」
お前みたいなクソ野郎を守ってやる必要なんてない。
「取引は明日の8時だ。それまで待て。向こうが来ないと取引もクソもない」
「じゃあ、それまで廃駅探検といこうか」
「クソッタレ」
ロートはそう愚痴ると、フェリクスたちを廃駅に案内し始めた。
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