シュヴァルツ・カルテルの沈黙を破る
本日2回目の更新です。
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──シュヴァルツ・カルテルの沈黙を破る
アロイスとヴェルナーはヴェルナーが仮の司令部を置いているホテルで会った。
かつての拠点に比べれば何段階も質の落ちる場所だが、今は戦時なのだ。戦時に贅沢は言ってられない。防空壕に三ツ星ホテルのようなサービスを求めるべきではない。
そして、ホテルの中でも地下室で話し合いは行われた。
「手狭なところですまないが」
「いいや。構いはしないよ」
ヴェルナーが憔悴しきった様子で言うのに、アロイスはそう返した。
「戦況は芳しくないみたいだな」
「ああ。こっちの構成員が次々にやられている。ただ、いいニュースもある。そちらからの武器援助に加えて、兵員への訓練の援助が加わったことで、構成員たちも『ジョーカー』の連中から一方的にぶんなぐられることはなくなった」
「それはいいニュースだ。支援した甲斐があった」
「支援には感謝している。本当に感謝しているんだ、アロイス」
アロイスはキュステ・カルテルに大量の援助を行っていた。
武器弾薬の提供。この中には装甲車などの提供も含まれる。
これは兵器ブローカーであるネイサン・ノースが“大共和国”から格安で購入した品であり、今や東大陸までドラッグのパイプラインが通っているアロイスのヴォルフ・カルテルにとっては大して懐の痛まない取引だった。
ネイサンはこの混乱でもっとも荒稼ぎしていると言える。ヴォルフ・カルテルとは長年の付き合いとなるので、足元を見ることはないが、そうでなくともヴォルフ・カルテルは大量の武器を購入してくれる。これは彼にとって笑いの止まらない取引であっただろう。兵器ブローカーとは言ったものである。
死の臭いを嗅ぎつけた兵器ブローカーたちは次々に抗争が続く“連邦”にやってくる。だが、彼らが足元を見た取引をすることはできない。
ここ最近、『ジョーカー』は軍の弾薬庫を襲撃し、武器弾薬と装甲車を奪った。それから軍と『ジョーカー』の間で取引が取り交わされ、軍は犠牲を避け、『ジョーカー』は武器を手にするようになった。
全く以て忌々しいとアロイスは思う。
軍がこうも簡単に降伏するとは思わなかった。軍はもう少し粘るだろうとアロイスは思っていた。だが、軍は呆気なくジョーカー相手に降伏した。アロイスは軍の軟弱さに酷く落胆した。
ただ、軍が『ジョーカー』に対していい感情を持たなかったことは事実だ。
軍はこの件で『ジョーカー』を憎んでいる。もちろん、利益を得ている司令官は違うかもしれないが、他の兵卒や将校は仲間や部下が惨たらしく殺されたことに怒りを燃やしているに違いない。
軍を味方に付けるのはたやすいことかもしれないなとアロイスは思う。
どうにかして『ジョーカー』の勢いを削げば、軍は忠誠心を『ジョーカー』からヴォルフ・カルテルに移すだろう。軍を敵に回せば、『ジョーカー』とてただでは済まない。いや、ただで済んだからこそ、軍と『ジョーカー』は取引しているのか。
だが、本気で“連邦”が軍を動員すれば、元軍警察に過ぎない『ジョーカー』──ここ最近では軍警察だけではなく、ただの警察官や警備員を雇い入れているという──など踏みにじれるだろう。
例えば『ジョーカー』は空軍を持っていないが、“連邦”は空軍を持っている。空から爆撃されれば『ジョーカー』とてひとたまりもない。もちろん、『ジョーカー』もそれを見越して対空ミサイルを手に入れているのだが。
それでも本格的な“連邦”の軍事作戦が始まれば、『ジョーカー』は大打撃を受ける。ただし、問題は“連邦”政府の意志の欠如だ。“連邦”政府には軍事行動を行おうとする兆候がまるで見られない。ドラッグカルテルに軍を一度出せば、他のドラッグカルテルを潰すのにも軍を、という声が上がるのを恐れているのだ。
“連邦”政府とドラッグカルテルは癒着している。ドラッグカルテルを潰せとの声が高まるのは困る。ドラッグカルテルからの選挙資金の有無でこの“連邦”の大統領は決まっているようなものなのだから。
だから、軍は動かない。アロイスはそう見ていた。
小規模な作戦ならば軍は行うだろうが、完全な殲滅戦となると軍を投入することを“連邦”政府は嫌がることだろう。
腐敗した政府の下で暮らすのも楽じゃないとアロイスは思った。
「ヴェルナー。どうあっても俺たちは勝利しなければならない。3大カルテル体制が今、『ジョーカー』の手によって崩壊すれば、あちこちで反乱ののろしが上がる。それは俺たちにとって全く望ましくないし、誰にとっても望ましくない」
「分かっている。だが、『ジョーカー』は強い。連中は認めたくないが上手く戦う。装甲車の扱いも向こうが上、銃の扱いも向こうが上、軍事行動についても向こうが上だ」
「だから、俺は『ジョーカー』なんて作るなと言ったんだ」
「それについては申し訳なく思っている。忠告を聞いておくべきだった」
アロイスはこうなるのを避けようと努力したが、努力は実らなかった。
馬鹿なヴェルナー。哀れなヴェルナー。奴は裏切られて、縄張りを奪われ、ヴォルフ・カルテルに助けを求める嵌めになったのである。せめて、死ぬならひとりで勝手に死んでほしかった。周りを巻き込まないでくれ。アロイスはそう思いつつも、これを好機と見ることもできていた。
兵器ブローカーは足元を見れないが、アロイスは足元を見る。
ヴェルナーからは様々な譲歩を引き出す。港の無料の使用許可。上納金。情報提供。そして、万が一の場合の関与の否定と保険の破棄及び司法取引をしないという取り決め。
これでアロイスはいつでもヴェルナーを生贄の羊に捧げられるが、今はまだ生贄としての価値がない。『ジョーカー』を屠り、縄張りを取り戻して、始めてヴェルナーのキュステ・カルテルは生贄の羊に相応しくなるのだ。
麻薬取締局という神は生贄をえり好みするのだ。
「まあ、過ぎたことは置いておこう。我々は明日を見るべきだ。この戦争の明日を」
「何か新しい支援があるのか?」
「シュヴァルツ・カルテルだ」
アロイスがそう言うと、ヴェルナーの眉が歪む。
「シュヴァルツ・カルテルは味方だ」
「敵ではない。ただ、味方かというと意見は分かれるだろう」
「シュヴァルツ・カルテルは戦争から得られる利益がない」
そうだとも。シュヴァルツ・カルテルが戦争に参戦しないのは、戦争に参加したって何の利益もないからだ。シュヴァルツ・カルテルはこれでヴォルフ・カルテルとキュステ・カルテルが弱体化すれば、大儲けだと思っていることだろう。
だが、そうさせるつもりはないんだよとアロイスは思う。
「シュヴァルツ・カルテルを戦争に引き入れようと思う。『ジョーカー』にシュヴァルツ・カルテルを攻撃させる。それでシュヴァルツ・カルテルが否応なしに戦争に参加せざるを得なくさせるんだ」
「そうはいうが、どうやって? 『ジョーカー』の司令官ギュンターはイカれた男だが、それでも多正面作戦は馬鹿のやることだと理解しているぞ」
「そう、ギュンターは馬鹿じゃない。だが、部下を完全に管理できていると思うか?」
「それは……」
まだ分からないのか、ヴェルナー。もう答えは半分言ったようなものだぞ。
「連中の部下に成りすまして、シュヴァルツ・カルテルを攻撃するんだよ。それでシュヴァルツ・カルテルを戦争に引きずり込む。俺たちが抗争で大損しているのに、奴らだけ得をするなんてあり得ないだろう?」
「それは不味い。不味い、アロイス。下手をすればシュヴァルツ・カルテルが俺たちの敵になる。止めた方がいい」
臆病者! あんたが招いたことだろうが。責任はあんたが取れよ。
「いいや。実行する。実を言うと既に許可を出している。もうじき始まる」
アロイスは無情にそう宣告した。
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