混乱の活用
本日1回目の更新です。
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──混乱の活用
『ミスター・アロイス。今の状況は“国民連合”としても無視することはできない』
ブラッドフォードが電話口でそう語る。
『『ジョーカー』などという無法者集団が暴れていることを我が国が放置すれば、それこそ“社会主義連合国”に付け入られる。国連でもし『ジョーカー』のようなドラッグカルテルを許さないという方針にでもなったら。そうなればこちらからの支援は行えなくなるだろう。こちらもそちらからの支援が受けられなくなる』
「分かっている、ブラッドフォード。そちらの懸念はもっともだ。我々も事態を憂慮している。早急にこの抗争に決着をつけなければ、と。非人道的行為が継続すれば、そちらも動かなければならなくなることも分かっている。“国民連合”が地上軍を派遣する可能性もある。そうだろう?」
『大統領は地上軍の派遣には慎重だし、そもそも軍事介入は今のところオプションにない。“連邦”政府が自分たちで解決してくれることを望んでいる。もちろん、あなた方にも協力はしてほしい』
ブラッドフォード、ブラッドフォード。お願いには代償が必要だ。悪魔を呼び出しても、生贄を捧げなければ願いは叶わない。
「もちろん、我々も解決の努力は行う。むしろ、我々でなければ解決はできないだろう。あなた方は我々の力を必要としている。そうだろう、ブラッドフォード」
『そうだ。あなた方の力が必要だ。“連邦”政府には正直あまり期待できない』
よし。言質は取ったぞ。
「我々を当てにするならば、それ相応の支援をお願いしたい。でなければ、我々は戦えない。特におたくの麻薬取締局に背中から銃を突きつけられているのでは。知ってるぞ。パラスコ支部はまた捜査官を送り込んできたな。そういうのは伝えてくれるはずじゃなかったのか、ブラッドフォード?」
パラスコ支部からの捜査官というのはフェリクスのことだ。
国境沿いを監視しているドラッグカルテルの構成員からの通報だ。国境沿いのドラッグカルテルの構成員は大勢いる。フェリクスたちは気づかれずに入国したつもりだろうが、ドラッグカルテルは空港以外の場所も見張っている。
『私は麻薬取締局の関係者ではない。全ての情報をそちらに渡すのは不可能だ。潜入捜査官のリストを渡しただけで私がどれほどのリスクを背負ったのか理解しているのか? 国家機密の意図的な漏洩は重罪なんだぞ』
「ブラッドフォード。落ち着いてくれ。あなたは確かに麻薬取締局の関係者じゃない。そして、俺もキュステ・カルテルの関係者じゃない。なのに、あなたは俺だけにリスクを背負わせるのか? 国家機密の漏洩も重罪だが、ドラッグビジネスも決して合法というわけではないということを理解しているはずだ」
アロイスは冷たく、淡々と言葉を紡ぐ。
「こちらばかりにリスクを押し付けるのはなしだ。我々は共犯だ。証拠の録音テープもある。写真だってある。俺が麻薬取締局に追われるようなら、俺の部下がエリーヒル・タイムスにそれを持ち込んで全てぶちまける。我々は運命共同体だ。そうだろう。だが、お互いの頭に銃を突きつけ合いながら握手する必要はない。ただ、握手をすればいい」
『も、もっともだ』
「麻薬取締局に圧力をかけてほしい。ヴォルフ・カルテルには手を出すな、と。例のヴォルフ・カルテル弱体化説をしっかりと叩き込んで、連中が我々を探るのを阻止してほしいだけなんだ。それだけなんだ。そうすれば『ジョーカー』を喜んで叩こう。戦略諜報省はあなたのお友達だろう?」
『……分かった。万全を尽くそう。ただし、現場の捜査官に直接圧力をかけるのは無理だ。彼らは彼らの情報源で動いている。戦略諜報省から麻薬取締局に情報を流し、それとなく圧力をかけることはできるが、捜査官個人までには責任を負えない。すまないが、ここまでなんだ、ミスター・アロイス』
「こちらとしても分かった。それで妥協しよう。では、よい週末を、ブラッドフォード。こっちは血に塗れた週末になりそうだ」
アロイスは笑いながらそう言って電話を切った。
「言質が取れた。ブラッドフォードはこちらを支援する。麻薬取締局に圧力がかかる。現場の捜査官までは責任が取れないとも言っていたが」
「上出来」
アロイスの言葉にマーヴェリックが笑みを浮かべる。いつものサディストの笑みだ。
「これで好き放題できる?」
「現場の捜査官が独自の情報源で動いてると奴は口走っている。どこかに内通者がいる可能性は否定できない。怪しい連中は纏めてキュステ・カルテルへ応援に行かせて、『ジョーカー』と殺し合わせる。死んでくれても、『ジョーカー』を殺してくれても万々歳」
自棄になったようにアロイスは両手を上げた。
「麻薬取締局の潜入捜査官の情報は全て分かったんじゃないのか? それとも別の情報源があるっていうのか?」
「潜入捜査官の情報は分かった。だが、カルテルの中で転んだ連中がいるかもしれない。裏切者はどこにでもいるというだろう。このヴォルフ・カルテルの中にもこっそりと金目当てで麻薬取締局に飼われた奴がいるかもしれない」
「そうだったな。分かったのは政府の所有物の情報だけか。それ以外には責任を持ちませんと。ブラッドフォードのおっさんも随分な狸だ」
「所詮は化かして騙して化かされての関係だ。ブラッドフォードを全面的に信用し過ぎるのもよくない。だから、俺はわざわざ“大共和国”に伝手を作ったんだ」
「この件で“大共和国”の連中が役に立つのかよ?」
「手数料を上乗せすることでネイサンに安く武器を売ってもらえるようになった。当然、それらは俺たちが独占する。キュステ・カルテルにも与えるが、武器を握っているというのは大きい。そうだろう」
「認めるよ。あんたの勝ち」
マーヴェリックはお手上げだというようにアロイス同様手を上げた。
「さて、ふたりともお手上げになったところでどうするか。内通者狩りなんて始めたら、粛清再びになる。粛清はそうなんども繰り返したら、それこそ本格的に内通者が出始める。恐怖はちらつかせるが、行使するのはそう何度もというわけにはいかない」
「どうちらつかせる?」
「殺して、死体を吊るす。いや、バラバラにして飾る。とにかく、惨い殺し方だ。そういうのは得意だろう、マーヴェリック。俺は君のそういうところを踏まえて、雇ってるんだよ。残虐な殺し方のプロフェッショナル」
「照れるね」
「そういうところ」
アロイスは胡乱な目でマーヴェリックを見た。
だが、彼自身もそういうことを望んでいた。見せしめに残虐に人を殺す。良心が痛む。だが、そういうことを望んでいる。マーヴェリックが何度もやったように、ドラム缶に人間を入れて蒸し焼きにしたり、マリーのやるように人間を腹を割いて爆薬を詰め込んだりすることを望んでいるのである。
アロイスは10年間と3年間。この残酷な世界にいたのだ。彼が純粋であろうとしても、過去の記憶がそれを許さない。今の状況もそれを許さない。何もかもが彼を残酷な人間であるように操ろうとする。
だが、彼は笑う。
運命を笑う。己を笑う。殺し屋たちを笑う。敵を笑う。全てを笑う。
そうするしか彼には残されていないのだ。
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