反乱勃発
本日2回目の更新です。
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──反乱勃発
ギュンター・グリュックスに指揮される『ジョーカー』の中でも、ギュンターが最初に引き抜いた最精鋭の部隊がヴェルナーの襲撃を任されていた。
ヴェルナーの予定は全て分かっている。
この土曜の夜にはナイトクラブに行って、女とアルコールを楽しむ。ヴェルナーもアロイス同様に商品に手を出さない。商品に手を出して破滅してきた連中を山ほど見てきてるからだ。
様々なカクテルと美しいストリッパー、そして極上の葉巻があれば土曜の夜は十分に楽しめる。ヴェルナーは買収したホテルのロイヤルスイートの出口を出て、ナイトクラブに繰り出そうとしていた。
そこで電話のベルが鳴った。
「もしもし」
『ヴェルナーか。アロイスだ。黙ってこれを聞け』
「何を言って──」
『A班は確実にヴェルナーを仕留めたら連絡しろ。幹部たちも始末し次第連絡。今日この日にキュステ・カルテルを乗っ取る。ミスは許されない。慎重を期して書かれ。ジョーカー・ゼロ・ワン、アウト』
電話から流れてきたのは、『ツェット』の傍受した『ジョーカー』の反乱計画だった。その言葉を聞いてヴェルナーの表情が青ざめる。
『アドバイスだ。窓際を離れて遮蔽物に隠れ、伏せていろ。こちらから救援部隊を向かわせている。それが到着するまで決して外に出るな。殺されるぞ』
「しかし……」
『しかしもクソもあるか! 聞いただろう? 俺が言った通り、ジョーカーは反乱を起こした。だからやめろってあれほど言ったんだ。だが、起きたことはどうしようもない。あんたの身の安全を最優先に行動する。『ジョーカー』はイカれている。交渉できる相手じゃない。そんな連中にキュステ・カルテルを明け渡すわけにはいかない』
「分かった、分かった。俺が悪かった。まだ助けてくれるのか?」
『これからの交渉次第だ。東海岸の港を自由に利用させてもらい、西南大陸でのドラッグビジネスを自由に行える許可がもらえるなら協力する』
「それは……」
抗議しようとしてヴェルナーが頭を上げたとき、銃弾が彼の頬を掠めていった。
「飲む! 全ての条件を飲む! だから、頼む! 助けてくれ!」
『そちらに味方が急行中だ。合言葉は『世界を与えよう』に対して『主に尽くすのみ』だ。メモはするな。頭に叩き込め。では、生きていたらまた会おう』
「ああ。生き残れたらまた会おう」
ヴェルナーはソファーの陰に隠れて蹲る。
その間、ホテルの外では銃撃戦が始まっていた。
ヴェルナーの護衛と『ジョーカー』が衝突していたのだ。ヴェルナーの護衛は粘り強く戦ったものの、火力と練度の差から瞬く間に制圧されて行く。『ジョーカー』の部隊は自分たちの敵となったヴェルナーの護衛を排除し、ホテル内に突入する。
エレベーターのスイッチが押され、それと同時に階段からも『ジョーカー』のヴェルナー暗殺部隊がヴェルナーたちの立て籠もるロイヤルスイートに迫る。
殺戮の足音が聞こえてくるのにヴェルナーの部下たちが扉を家具で封鎖する。だが、爆薬でも使われたらどうしようもないし、ヴェルナーは『ジョーカー』たちに爆薬を装備として与えている。
こんなことになるのならばアロイスの言うことを聞いておくべきだった。ヴェルナーはそう後悔するがまもなく暗殺者の手はヴェルナーに届く。暗殺者たちはホテルのロイヤルスイートに突入して、ヴェルナーを蜂の巣にするだろう。
そして、キュステ・カルテルを乗っ取る。
畜生。畜生。畜生! こんな話があっていいのか? 自分の飼い犬に手を噛まれるようなことがあっていいのか?
ヴェルナーは必死に考えるが打開策は出て来ない。
やがて暗殺者たちが扉の前に到達した音がする。
ヴェルナーも覚悟を決めて魔導式拳銃を構える。
外から銃声が響いて来たのはその時だった。
再び、狙撃かと思いヴェルナーたちが床に伏せる。
だが、銃弾はヴェルナーを狙ったものではなかった。窓ガラスの割れる音がロイヤルスイートの外から響き、怒号が響く。銃を乱射する音が聞こえたかと思ったら、やがてそれは不意に静寂へと変わる。
再び怒号が響いたとき、すぐにそれは悲鳴に変わった。
外から人間の焼ける臭いが漂い始め、ヴェルナーは恐る恐る外の様子を見ようと頭を窓の外に向ける。しかし、ヴェルナーを狙った狙撃はない。
ヴェルナーが安堵するのも束の間、ドアを叩く音がする。
「生きてるか? ああ、そうだ。『世界を与えよう』と」
女のハスキーな声がそう声をかけてくる。
「『主に尽くすのみ!』」
ヴェルナーは大声で合言葉を告げた。
「確認した。無事だな? 今、残敵を掃討中だ。それが終わったらここから出て、安全な場所まで避難するぞ。準備を整えておけ」
ヴェルナーはようやく安堵できた。アロイスの救援が間に合ったのだ。
それから銃撃戦の繰り広げられる音と炎が撒き散らされる音がする。硝煙と人間の焼ける臭いがドアの隙間から流れ込んでくる。
銃撃戦は15分ほど続いたが、それからまた静寂が訪れた。
ドアを叩く音が響く。
「準備はできたか? 出発するぞ。急いで出てこい」
ヴェルナーは本当にこれが罠ではないのかという疑問が生じ始めていた。
ヴェルナーを罠に嵌めようというならば今が好機だ。ヴェルナーが少人数の護衛だけでロイヤルスイートを出た途端にドカン。護衛ごと纏めて始末される。そうならないという保証がどこにあるというのだ?
「早くしろ! 新手が来るぞ! そうしたらあたしたちは撤退するからな!」
扉を蹴る音が響く。
「い、今行く!」
だが、ヴェルナーたちを消そうと思えば、狙撃で始末できたはずだ。
今、明らかに『ジョーカー』の狙撃手は排除され、アロイスが派遣してきた救援部隊が代わりに陣取っている。そいつの狙撃によって『ジョーカー』の襲撃部隊は排除されたのである。
彼はそう確信して家具を取り除き、ロイヤルスイートの扉を開く。
サディスティックな笑みを浮かべたサウスエルフの女がボディアーマーとタクティカルベストで武装し、魔導式自動小銃を握っていた。妖精通信も近くの兵士が背中に背負っているものを利用して連絡を取っている。
それからこの暗闇の中でも目立たないように顔にドーランを塗ったスノーエルフの吸血鬼。サウスエルフの女と同じ装備で、死んだ『ジョーカー』の隊員に細工を施している。手榴弾などを仕掛けているようだが。
「よう。救援部隊だ。あんたのおしめを換えに来たぞ。さあ、来い。表に装甲車が止まっているそれで基地まで案内する。そこからはボスと話し合ってくれ。あたしたちが言われたのは安全にあんたを基地まで連れて来いってことだけだ」
サウスエルフの女が述べる。
「分かった」
救援に派遣された『ツェット』の部隊は明らかに練度の上で『ジョーカー』を上回っていた。高度な訓練が施され、それぞれがそれぞれの死角を潰しながら、階段を降りていく。エレベーターは待ち伏せを恐れて使用しない。
そして、ヴェルナーはサウス・エデ連邦共和国製の装甲車に放り込まれると、そのまま揺れる装甲車の中で神に祈り続けた。
爆発音が後ろのホテルの方から聞こえてくる。
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