蜂起前夜
本日1回目の更新です。
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──蜂起前夜
その男は『ジョーカー』の指揮官を任される前は、軍警察の特殊作戦部隊にいた。
軍警察の特殊作戦部隊でのコールサインはジョーカー・ゼロ・ワン。彼を指揮官として36名の部下がいた。それぞれジョーカーのコールサインとナンバーが割り当てられていた。ジョーカー・ゼロ・ツー。ジョーカー・ゼロ・スリー。そういう具合に。
軍警察──あるいは国家憲兵隊の役割は国家警察としての役割だ。連邦捜査局とともに、連邦全土を捜査範囲としてカバーしている。連邦捜査局とともに地元警察では手に負えない犯罪の場合、出動し、強力な制圧力を以てして制圧する。
指揮系統上は内務省の管轄下にあり、軍の指揮下にはない。だが、訓練は軍と同等のものを受けさせられる。射撃訓練から、室内戦、野戦におけるまで、様々な訓練が軍と同等のものだった。
だが、仕事は軍とは違う。
彼らの仕事は街の安全を守ることにある。連邦捜査局よりも早く現場について標的を発見し、包囲し、撃破する。連邦捜査局が捜査は始まる前に、事件を片付けてしまうのが彼らの役割だった。
だが、彼らもまた汚職警官であった。
ドラッグカルテルに事前に調査情報を流し、捜査の進展を伝えた。ドラッグカルテルはその情報を基に行動し、数々の捜査から逃れていた。軍警察は彼らの行動を内部監査しなかった。何故ならば軍警察もまた腐敗していたからだ。
そして、男は直接ドラッグカルテルに雇われる日が来た。
キュステ・カルテルという旧知の仲であるヴェルナーの率いるドラッグカルテルが彼を勧誘した。『俺たちは自分たちの身を守るのに軍隊を組織することにした。お前も部下と一緒に来ないか?』と。
男は応じた。
男は部下たちを率いてキュステ・カルテルの私設軍に加わった。部隊名は『ジョーカー』だ。彼が軍警察で呼ばれていたのと同じコールサインの部隊名が割り振られた。
男は最初はドラッグカルテルであるキュステ・カルテルに従順だった。彼らからドラッグカルテルのやり方を学び、ドラッグカルテルは如何にして儲けているのかを学び取った。それらは汚職警官時代から知っていることでもあったが、ドラッグカルテルと間近に接することによって、より深く、より詳細にビジネスを学ぶことになった。
ドラッグカルテルのやり方を学んでいくごとに、自分たちでも同じことがやれるのではないかという気分がむくむくと湧き上がってきた。
彼らはスノーホワイト農園の警備と運営を任された。彼らはドラッグの輸送の護衛を任された。彼らはドラッグの密売を任された。
やることが増えていくごとに彼の自信は強まっていった。
このままドラッグカルテルの下っ端として生涯を終えるのか。それともドラッグカルテルとして立ち上がり、自分たちも儲けを手にするのか。
決断するべき時が訪れた。
「俺は反乱を起こす」
男が仲間たちに宣告する。
ドラッグカルテルの結びつきよりも、彼らの結びつきは強い
ともに危険な捜査を乗り切り、苦楽を共にし、ともに勝利を祝ってきた仲だ。ドラッグカルテルのような金だけの繋がりではない。
結びつきは兄弟のように強く、指揮系統は親子のように強かった。
「キュステ・カルテルを乗っ取る。俺たちならばそれができる。キュステ・カルテルの連中は儲けに儲けてる。そこからちょっとばかりおこぼれをもらうだけか。それともカルテルを掌握して大金を手にするかだ」
男たちが頷く。
「そうだ。俺たちには大金を手にする権利がある。キュステ・カルテルに全てを任せてぼーっと突っ立てるだけなんて考えられないだろう。俺たちが得るべきものを得る。それだけだ。大義は俺たちにある」
そう言って、男たちは沈黙の中で頷く。
「俺たちは得るべきものを得る。邪魔はさせない。誰にもだ。ヴォルフ・カルテルにも、シュヴァルツ・カルテルにも。もちろん、キュステ・カルテルにもだ。絶対に邪魔はさせない。邪魔するならば叩きのめす」
男は拳を握りしめた。
「俺たちは警官だった。地の利がある。どこからどこを狙えるか。どこからどこに逃げられるか。どこからどこに敵が移動するか。それら全てを分かっている。だからこそ、勝利することができる」
そうだ。彼らには地の利がある。この“連邦”各地の都市の構造について彼らは知っている。ドラッグカルテルの知らないような裏道も、抜け穴も知ってる。彼らは正義の味方として戦い、そしてそうやって得た知識を悪のために使おうとしているのだ。
「俺たちは勝利する。勝利して大金を手にする。乗らない奴はいないな?」
男が最後の確認を行う。
全員が頷いた。
「まずはボスのヴェルナーを仕留める。それからキュステ・カルテルの幹部たちを仕留めていく。そうすればキュステ・カルテルは俺たちのものだ。俺たちに歯向かう奴は殺せ。皆殺しにしろ。敵が子供でも、女でも容赦するな。とにかく殺せ」
男の言葉に熱が込められる。
「今この時を以てして、俺たちはキュステ・カルテルの指揮下から離脱する。全ての『ジョーカー』部隊は予定位置に就き、指示を待て。開戦のゴングはヴェルナーのクソ野郎の頭が吹き飛んでからだ。いいな?」
「了解」
だが、男は考える。
ここ最近、電話に奇妙なノイズが入るようになった。
男は電話について詳しいわけではなかったが、立てこもり事件の際などに電話を盗聴しているのを聞いたことがある。そのときもノイズが入っていた。ごくわずかな、気にしなければ電話の擦れる音と聞き間違えてしまえるような。
「作戦変更だ。敵はこちらの襲撃を察知している可能性がある。全部隊、同時攻撃だ。ヴェルナーの頭が吹き飛ぶ前に幹部たちを殺して、キュステ・カルテルを掌握しろ。幹部の部下たちが従わなくても殺せ。金庫は爆破してこじ開けろ」
「いいんですか?」
「ああ。どうにも敵がこの動きに気づいている可能性がある」
男はそう言って全員を見渡した。
「電話を使う時は公衆電話を使え。この番号にはかけるな。別の番号を準備する。妖精通信の周波数は適時変更。戦争は情報を制したものが勝利する。この場合は相手に先手を取られた可能性がある。用心してかかるぞ」
男はそう宣言して決起集会を終わらせた。
男の名はギュンター・グリュックス。元“連邦”軍警察大尉。今はキュステ・カルテルの私設軍『ジョーカー』の総司令官。
そして、今まさにギュンターは飼い主であるヴェルナーを裏切ろうとしていた。
「A班は予定通りヴェルナーを襲撃。B班からD班は幹部を始末。E班、F班はバックアップだ。確実に進めていけ。他のカルテルの介入にも警戒しろ」
「了解」
そして、『ジョーカー』たちが動き出す。
だが、その動きはヴォルフ・カルテルの私設軍『ツェット』に漏れていた。彼らは電話を傍受し、妖精通信を傍受し、録音する。録音されたテープはただちにアロイスの下へと届けられ、彼はテープの内容を聞く。
「ヴェルナーのホットラインに繋げ。緊急事態だ」
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