『ジョーカー』の台頭
本日2回目の更新です。
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──『ジョーカー』の台頭
ヴェルナーが『ジョーカー』にドラッグ取引の一部を任せ始めたと聞いたのは、アロイスがエルニア国から飛行機で帰国の途についてからだった。
いよいよ、始まるのだ。流血と硝煙と裏切りの時代が。
アロイスは最後まで『ジョーカー』による反乱を防ごうとした。
そのためにはまずヴェルナーに会わなければならなかった。
「ヴェルナー。会えて嬉しい。だが、残念な知らせがある」
「俺もだ、アロイス。会えて嬉しいが、残念な知らせがある」
ふたりは握手を交わし、ロイヤルスイートのソファーに腰を落とす。
「『ジョーカー』に取引を任せているだろう。奴らはこれで自分たちで利益を得る方法を確保した。こうなってしまえば、もうキュステ・カルテルは関係ない。連中はキュステ・カルテルを裏切って独立するだろう。証拠はまだないが、いずれ手に入れる」
アロイスは『ツェット』に命じて『ジョーカー』の基地の電話を傍受し、そして妖精通信を傍受していた。そこから裏切りの証拠が出れば、流血は最小限で『ジョーカー』を切り捨て、キュステ・カルテルは安定する。
いずれは生贄の羊になってもらうにしても、アロイスにとって有益な形で生贄の羊になってもらいたい。無意味な抗争で潰れてもらっては困るし、抗争になればアロイスたちも巻き込まれる。
今の『ジョーカー』の規模は分からないが、連中は急速に勢力を伸ばし、元キュステ・カルテルの構成員などを吸収して、一大勢力になる。
そして、3大カルテルの全てを敵に回して戦争を始める。
アロイスはそんなことはごめんだった。
そんなことはアロイスにとって全く利益にならないどころか、損失しか生まない。抗争で失われる財産、人材を考えると憂鬱な気分になってくる。『ジョーカー』の攻撃性はドラッグカルテル史上最悪と呼ばれるほどであり、民間人がいようと、警官がいようと銃を乱射し、他のカルテルを攻撃する。
そんな連中と付き合うのは無理だ。連中はキュステ・カルテルを一時的に押しのけて最大勢力に登りつめるが、最後はヴォルフ・カルテルに敗れる。だが、それまでの出血はヴォルフ・カルテルに多大な影響を与える。
だからと言って、ヴォルフ・カルテルから『ジョーカー』に先制攻撃はできない。今はまだ『ジョーカー』はキュステ・カルテルの下部組織なのだ。『ジョーカー』に手出しできるようになるときは全てが手遅れになった時だ。
アロイスは最悪を避けるためにヴェルナーを説得するつもりだった。
「『ジョーカー』を武装解除して、解雇しろ。今のままでもやっていける。そうだろう? 俺たちの誰がキュステ・カルテルを攻撃するっていうんだ? それに麻薬取締局の捜査官を追い払うつもりなら『ジョーカー』では力不足だ」
「誰が俺たちを攻撃するかだって? よくも抜け抜けと。知ってるぞ。俺たちの縄張りの港を使って、ホワイトフレークを東大陸に輸出しているだろう。それに西南大陸。そこは俺たちの縄張りだったはずだ。それが共産ゲリラはあんたにスノーホワイトを売っている。ふざけるなよ、アロイス。あんたはもう俺たちを攻撃しているんだ」
港を使われたぐらいで攻撃だって?
それに西南大陸は誰の縄張りでもない。ただ地理的にキュステ・カルテルが取引に向いていただけの話だ。
「あんたの言っていることは間違ってる、ヴェルナー。俺たちに攻撃の意志はない。取引を望むならば、あんたも加わってもらって構わない。俺たちはあんたの財産にも、縄張りにも手を出すつもりはない」
「嘘をつけ! メーリア防衛軍からの武器の供給もあんたらは止めただろうが! 武器を独占してどうするつもりだ? 戦争でも始めるつもりなのか? シュヴァルツ・カルテルもグルなのか?」
「落ち着け。誰もあんたたちを攻撃しない。その、『ジョーカー』が暴走するまでは」
畜生。ヴェルナーまで商品に手を出したか? この偏執病的感触はヤク中の臭いがする。ろくでもないことになっていそうだ。
「『ジョーカー』は俺を守ってくれる。確かに連中にはどこか余所余所しい感じがする。こちらと距離をおこうとするような。それでも俺にとっての軍隊だ。あんたが『ツェット』を保有するように、俺も『ジョーカー』を保有する。こういうのはなんていうんだったか。そうだ。相互確証破壊だ。あんたたちが俺たちを攻撃すれば、俺もあんたたちに致命傷を負わせてやる!」
ダメだ。ヴェルナーは完全な偏執病だ。世界が敵だと思っている。
確かにヴェルナーには無断で港を使ったが、ヴェルナーだって西海岸の港を使う権利はある。西南大陸は誰の縄張りでもないし、武器の流入を止めたのは『ジョーカー』が肥大して手に負えなくなるを防ぐためだ。
もう『ジョーカー』は裏切りの算段を始めている。1度目の人生で夥しい血を流した事件をもう一度繰り返したいとはアロイスは思えない。どうにかして阻止したいと思っている。だが、ヴェルナーは耳を貸さない。
「そうか。これは冷戦だというんだな。俺はあんたに密輸・密売ネットワークを使わせてやり、ホワイトフレークの扱いだって許してやったのに、あんたはこれを冷戦だと、お互いの頭に銃を突き付け合っている状態だと言うんだな」
「ああ。その通りだ。ネットワークから離脱してもいい。『ジョーカー』が新しいネットワークを作り始めている」
「そうか」
恩知らずのクソ野郎め。くたばりやがれ、ヴェルナー。お前に呪いあれ。
「冷戦ならばホットラインは必要だろう。不意に全面戦争に突入しないための話し合いのための回線。それを設置することには同意するよな?」
「ああ。それぐらいはかまわない」
「では、番号を渡す。ここにかければ俺は絶対に出る」
「絶対にか?」
「ああ。部下が俺を呼び出す」
ヴェルナーはあまり信用してなさそうにメモを受け取った。
「そっちはどこにかければいい?」
「この番号に。ほとんどの場合、ちゃんと出る。流石に俺も1か所に留まていられるわけではないからな。“国民連合”の大統領や、“社会主義連合国”の書記長じゃないんだ。俺たちには俺たちでしなければならない仕事がある。そうだろう?」
「ああ。そうだな」
そうだよ。俺はこれからあんたのケツの拭いてやらないといけないんだ。
もはや『ジョーカー』がどれほどの規模と脅威になっているのか想像できない。武器の流入は止めたつもりでもどこからか武器が流れてくるはずだ。連中は元警官どもなのであるからにしてコネはある。
そして、規模。
こっちの『ツェット』は中隊規模だが『ジョーカー』はもっとデカい。連中は安く雇えるからだ。金に任せてヴェルナーは『ジョーカー』の指揮官が言うがままに、元警官たちを雇いまくっただろう。
潰すとしたら総司令官からだ。
だが、それが困難であることはアロイス自身にも分かっている。そう簡単に敵の総大将を叩き潰せていたら、苦労しない。相手はドラッグカルテルを相手に戦争を仕掛けることを覚悟しているんだ。
「こいつは長い戦争になるな」
アロイスは車でそう呟いた。
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