ベスパ
本日1回目の更新です。
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──ベスパ
東方に生息するオオスズメバチは一刺しで人を殺すと聞いたことがある。そう、アロイスは教授が冗談交じりに話した話を思い出した。
今、アロイスの前にいるスズメバチの入れ墨を入れた男も引き金を搾るだけでアロイスを殺すことができる。銃口は既に額に突き付けられており、引き金を引けばドカンだ。脳みそがまき散らされて全てお終い。
「我々は取引のためにここに来たんだけどな」
「スノーエルフとサウスエルフの混血野郎と話すことなんてない」
純血のハイエルフの男がそう返す。
エルニア国の人口の70%は純血のハイエルフだ。かつてから、エリティス帝国時代から、この国はハイエルフ至上主義だった。
北ではハイエルフ至上主義、南では有鱗種至上主義。
それは対立するわけだよなとアロイスはぼんやりと考えた。
ちなみに、アロイスたちは貴族の名前に付くものであるフォンを名乗っているが、あれは移民したときにご先祖様が勝手につけたものだ。エリティス帝国はスノーエルフとサウスエルフの混血を貴族にするなんてことはしない。
それでも、アロイスたちのご先祖様は入植後に成功し、ノイエ・ネテスハイム村を作り上げた。常在している医者はいないし、薬局すらない村だが、ご先祖様たちはようやく貴族を名乗るに相応しい立場を手に入れたのだ。
まあ、それは今はどうでもいいとアロイスは思う。
まずはベスパのメンバーを説得しなければならない。
「種族の壁は横に置こう。俺たちは言葉も通じるし、お互いに金が欲しい。そうだろう? 不名誉除隊した軍人たちの集まりなんて金がなければやっていけない。君たちは祖国のために尽くしたのに、祖国は君たちを見捨てた」
「畜生。その通りだ。金がいる。だが、混血野郎と取引はしない」
マーヴェリックは南部人らしいが、南部人も似たようなものなのだろうかとアロイスはうんざりしながら考えた。
「いいかい。金は手を汚さなければ手に入らない。混血と握手した後で、アルコール消毒してもらっても結構。そして、俺たちは君たちの娘さんや嫁さんに手は出さない。神に誓って。ここでは売春婦のひとりも買わない」
「当り前だ」
畜生。どうすればこいつらは納得するってんだ?
「あー。分かった、分かった。別の連中に取引を持ち掛けるよ。この国のスラム街でくすぶっているような混血たちと手を結ぶさ。あんたたちは数千億の取引をふいにして、その混血のギャングが数千億を手にする。その金で混血のギャングは何を買うかな? 別嬪さんの純血のハイエルフの娼婦? それともあんたらを殺すための魔導式短機関銃?」
アロイスがそう語るのにベスパの男たちは顔色を変えた。
「ふざけるな。誰とも取引はするな。混血ともだ」
「ふざけてるのはそっちだ。商品は買いたい人間の手に渡る。混血だろうと純血だろうとお構いなしに。俺はあなたたちに敬意を示して最初にこの取引をあんたらに持ち掛けた。だが、どうだ? あんたは俺に銃口を向けてる」
アロイスは銃の銃身を掴んで銃口を自分の額に合わせる。
「ふざけんなよ。あんたたちが買わなきゃ、俺の後任が混血に売るだけだ。そして、そいつらは報復するぞ。あんたたちを生きたままバラバラに切り刻み、クリスマスツリーみたいに街路樹に飾ってやる。いいか、ドラッグカルテルを舐めるな」
自分から銃口を逸らさせずに、アロイスは相手を睨みつける。
「わ、分かった。ちょっとした冗談だ。勘違いしないでくれ」
「ああ。面白い冗談だったな。腹がよじれそうだ」
アロイスは大笑いすると銃を手放した。
「それで俺たちに何を求める?」
「これからダルマチア港6番倉庫か9番倉庫。あるいはトリエステ港の4番倉庫か8番倉庫に荷物が届き始める。中身は錠剤に加工されたホワイトフレークだ。ホワイトフレークは知ってるよな? 使ったことは?」
「ない」
「結構。ヤク中は信用できない。これを1錠3ミリグラムで800ドゥカートで売る。誰に売っても構わない。純血に売るのが嫌なら混血に売ってもいい。ただし、エルニア国の捜査機関にバレない方法で、だ。できるか?」
アロイスが声を落としてそう尋ねる。
「ドラッグを扱うのは初めてだが、銃器の類は今まで何度も密売してきた。サツにバレたこともない。手順を踏めば安全に取引できる。俺たちは混血を相手に商売をするつもりだが、最近多い混血にも同等の権利をとかいう連中にも売る。連中がドラッグで破滅すればいいざまだからな」
「そこら辺はお任せする。足が付くことだけは避けてくれ。ただし、ドラッグが10キロ、20キロ程度押収されても騒ぐことはない。俺たちは200キロ、300キロ、400キロの荷物を扱うんだ。10キロ程度損害のうちにも入らない」
「太っ腹だな」
「ドラッグカルテルは仲良くしておけば気前がいい親戚のおじさんみたいなものだ」
そうとも。ドラッグカルテルはよほどの大損害を出さない限り、取引相手を罰そうとは思わない。無意味に敵を増やすより、気前の良さを見せて仲間を増やした方が都合がいいのだ。北風と太陽のおとぎ話と一緒だ。
「ちなみに初回はサービスだ。ただで100キログラムを進呈する。これで警察を買収したり、売人を雇ったり、密輸のためのトラックを買ったりとインフラ整備に励んでくれ。インフラ整備ができたら、本格的な取引開始だ」
「こっちは大陸中で好き放題に取引できる。ECEC──東大陸経済共同体が国境の行き来きを自由にしてくれている。大陸のあちこちに根を張って、取引をしよう。それでそっちからはいくらでこれを買えばいい?」
「3ミリグラムにつき400ドゥカート。こっちも流通網の維持費がかさんでね。それにあんたらはいくらで売ろうと構わない。安値の500ドゥカートでも、金持ち向けに1000ドゥカートでも。価格は好きにしてくれ。東大陸ではこの手のドラッグは出回ってないから、価値があるだろう?」
「確かにあるな」
東大陸には大西洋という壁があった。
だが、今やアロイスはその城壁の抜け道を見つけた。
ドラッグは一度“大共和国”に入り、アロイスの儲けの4割をもらうことでサイード将軍がヘリコプター部隊や半潜水艇部隊を使って、ドラッグをエルニア国に届けてくれる。それからはベスパが引き継ぎ、彼らはアロイスからホワイトフレークを400ドゥカートで買い、大陸各地で売り捌いてくれる。
東大陸の城壁は今や無用の役立たずだ。どれだけ水際でドラッグの流入を防ごうとしても、ドラッグは運び込まれる。
アロイスは冷戦構造というものすらも利用して、ドラッグを密売する。
共産主義者は今やアロイスのビジネスパートナーだ。西南大陸のドラッグカルテル、“大共和国”のサイード将軍。そして、資本主義者もまたアロイスのビジネスパートナーだ。メーリア防衛軍、ブラッドフォード。
彼らの政治的な地位を利用してアロイスは儲ける。
堕落は続く。
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