“大共和国”にて
本日2回目の更新です。
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──“大共和国”にて
アロイスは2名の部下とともに“大共和国”への船旅に向かった。
“連合帝国”船籍の船なので入港拒否はされないはずだった。保有しているのもネイサンに教わった方法で“連合帝国”のペーパーカンパニーになっている。“連邦”と“大共和国”に国交がないわけではないが、それは冷え込んでいるのが現状だ。
船旅はと言えば、最悪だった。
アロイスが乗ったのは旅客船ではない。貨物船だ。
船の積み荷はしっかりと固定されているが、人間を固定するわけにはいかない。
アロイスは胃液しかでなくなるまで吐き続け、それでも吐き気に襲われた。
そんな旅が15日続き、“大共和国”の港に着いたときにはアロイスは憔悴しきっていた。何とか水を飲み、身だしなみを整えて、アロイスは“大共和国”の港湾管理の職員及び税関と取引する準備を整えた。
港湾職員は何も言わなかった。彼らは既にアロイスから金を受けとったネイサンによって買収されており、これが自分たちの関わる仕事ではないということを理解しているのである。そのため問題は起きなかった。
問題が起きたのは税関と入国管理局だ。
“大共和国”の税関と入国管理局は軍が行っているとネイサンから聞いていた。階級は最高でも中佐程度。買収は可能だという話だった。
だが、今、アロイスの目の前にいるドラゴンは中佐とは思えなかった。
「サイード陸軍中将だ。積み荷はドラッグだそうだな?」
「ええ。エルニア国などの資本主義陣営でこれを売り捌くんです」
「ふむ。どれくらいの量だ?」
「この船には300キロのホワイトフレークが」
「いくらになる?」
「エルニア国で売るとすれば2兆4000億ドゥカートってことですかね」
サイード将軍が目を見開いた。
「そうか。そんなにも儲かるのか」
「ええ。儲かりますよ」
サイード将軍の表情は窺えない。
「“大共和国”でお前たちがこのドラッグを売り捌かないという保証はあるのか?」
「共産主義者はドラッグなどに頼らないでしょう?」
「言ってくれる」
サイード将軍が黒い煙を吐く。ドラゴンの不満の現れだ。
「どうやってここからエルニア国に運ぶつもりだ?」
「陸路で。サウス・エデ連邦共和国を経由して、エルニア国に入ります」
「サウス・エデ連邦共和国からエルニア国に入るには検問があるぞ」
「サウス・エデ連邦共和国で通行許可書を発行してもらいます」
「ふううむ」
サイード将軍が考え込む。黒煙は吐いていない。
「“大共和国”で売買目的でドラッグを所持していたものは死刑だ。その法律に照らし合わせるなら、お前たちは死刑だ。広場で絞首刑にされる」
「ですが、あなたには何か別の考えがある。そうでしょう?」
段々、アロイスはこの強欲なドラゴンの望むものが分かってきた。
「そうだ。ここから陸路はリスクが大きいし、時間もかかる。我々に密輸を任せろ。ヘリコプターでも潜水艦でもいかなる手段であってもドラッグをエルニア国に届けてやる。当然、手数料は受け取ることになるが」
「3割でどうです」
「5割だ」
「4割」
「いいだろう。4割、手数料を受け取る。ドラッグはエルニア国のどこに届ければいい? 倉庫なりなんなりがあるのだろう?」
サイード将軍が満足そうにそう述べる。
「エルニア国の港、ダルマチアの6番倉庫です。そこにドラッグを一度集めます」
「分かった。我々に任せておくといい。“大共和国”は何度もエルニア国に侵入している。低空で飛べばヘリコプターは気づかれないし、陸軍が保有する奇襲用の半潜水艇ならばまず見つかることはない。だが、手数料を忘れるな」
「分かっています。閣下のご協力に感謝します」
ふう。どうなるかと思ったが、予想外の収穫を得たなとアロイスは思う。
国家ぐるみでドラッグの密輸に手を貸してくれるならいうことはない。国家の有する装備は大抵の場合ドラッグカルテルの保有しているものより上等だし、彼らには多数の選択肢がある。
それら全てを活かせるならば、東へのパイプライン構築は夢ではない。
アロイスは“大共和国”を出て、エルニア国に向かう。
ドラッグが送られてくるなら、受け取る準備を進めておかなければならない。ペーパーカンパニーが所有する倉庫は人気もなく、寂れていた。機械油の臭いと金属のさびた臭いだけがする。
そのころ、サイード将軍は部下のヘリコプター部隊に命じて、低空飛行でエルニア国のダルマチア港に向かえと指示していた。アロイスにも連絡が来たが、ドラッグはプラスチックの袋とダクトテープで厳重に封がされ、ヘリコプターから海上に投下するとのことであった。
アロイスたちは海上でそれを回収する。
“大共和国”のヘリコプターは超低空飛行でエルニア国のレーダー網を躱し、ダルマチア港周辺の海域に来ると、ドラッグの入った包みを投下した。
アロイスたちは残さず、ドラッグを回収する。浮き輪替わりの救命胴衣が巻き付けられているドラッグは発見しやすく、アロイスたちはボートで先を越されることなく、完全に回収を終えた。これがもし、地元の漁師やエルニア国の沿岸警備隊に発見されでもしたら、アロイスたちは纏めて破産である。
ものがものだけに東西冷戦の緊張はさらに高まり、第五元素兵器戦争すらも起きかねないような、それだけ危険な行為であった。
だが、アロイスたちにとってはいつものビジネスの延長線だ。ドラッグを密輸し、密売する。その密輸に“大共和国”という国家が関わっているだけの話であり、それ以外はいつもと変わらないビジネスなのである。そう、ドラッグビジネスなのである。
「ひとつも残すな。全て回収しろ」
「了解」
事前に準備しておいた高速艇でアロイスたちは波間に浮かぶドラッグを回収する。
こうして300キロのホワイトフレークがエルニア国に入った。
サイード将軍との取引はこの後も続いていくこととなり、ヘリコプターからの荷物投下や半潜水艇による輸送が行われ、エルニア国にドラッグが流入し続ける。
サイード将軍は相当な立場にあるのか、ドラッグの密輸に関わっていても、それに部下を使っていてもとがめられる立場にはないようだ。彼のヘリコプター部隊と半潜水艇部隊はフル稼働でドラッグの密輸を続ける。
「さて、問題はこれからだ」
アロイスが呟く。
「ここから密売ネットワークを作らなければならない。エルニア国のギャングかマフィアの中でも信頼のおける人間にに商品は任せたい。だが、俺にはエルニア国のマフィアやギャングなんかに伝手はない。普通はね」
それが問題であった。
アロイス=ヴィクトル・ネットワークとアロイス=チェーリオ・ネットワークの優れたところは商品さえ届ければ、残りのことは向こうが全てやってくれることにあった。
だが、そんな便利なネットワークはエルニア国には存在しない。
なので、アロイスは事前にそういうネットワークが構築できそうなグループを探しておいたのである。
「マーヴェリック。問題だ。ドラッグをどう売り捌こうか?」
「なら、ベスパってギャングを頼れ。力になるはずだ。その代わり、エルニア国のギャングは“国民連合”のギャングより引き金が軽いぞ。機嫌を損ねるとドカンだ」
「まあ、どうにかしてみるよ」
そして、そのマーヴェリックと話していたギャングと会う日がやってきた。
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