10キログラムのドラッグ
本日2回目の更新です。
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──10キログラムのドラッグ
レッドロック港の25番倉庫に役者は揃った。
フリーダム・シティ市警麻薬取締課の刑事4名。重武装のSWAT。麻薬取締局の特殊作戦部隊。全員が魔導式自動小銃や魔導式散弾銃で武装し、スタングレネードを装備している。ボディーアーマーとヘルメットも揃え、完全武装だ。
「倉庫内に動きは?」
「さっきトラックが入ってからそのままです。動きはありません」
「監視を続けろ」
トマスが刑事にそう命令する。
「トラックは中に入った。ドラッグは運び込まれている。“ガーネット”の情報通りならば。これから倉庫内でドラッグを小分けにする作業が行われ、それから街中にドラッグがばら撒かれることになる」
「それは防がなければ」
トマスの言葉に刑事が頷く。
「10キログラムとは言え、ドラッグだ。何十人もの人生を台無しにし、破滅に追い込む代物だ。何としても検挙する。準備はいいな?」
待機しているSWATたちから応答がある。『準備完了』と。
倉庫を見張れる位置に狙撃手が配置され、いつでも狙撃可能。SWATの突入部隊は麻薬取締局の特殊作戦部隊と一緒にバンの中に潜んでいる。倉庫によく停まっている流通業に関するバンだ。それが2台。
彼らは作戦開始の合図を待っている。
「では、行くぞ。突入開始だ」
倉庫の表に突入部隊が魔導式自動小銃を持って進み、裏口からはブリーチングチャージを装備した突入部隊が裏口の扉に爆薬をセットする。
3カウントで裏口と表からの突入が同時に行われる。
「動くな! フリーダム・シティ市警だ!」
「麻薬取締局だ! 全員手を頭の上に置いて床に伏せろ!」
魔導式自動小銃が火を噴くまでもなく、マフィアたちは全員が揃って床に伏せた。こういうときに下手に突っ立っていると蜂の巣にされても文句は言えないのだ。
「畜生。令状はあるのか?」
「ああ。あるとも。それからお前の権利について読み上げてやろう」
トマスはにやりと笑ってそう言った。
逮捕手順は順調に進み、ドラッグが押収される。
「スノーパールとホワイトフレークか……?」
ホワイトフレークらしき錠剤をフェリクスが見つけた。
「ホワイトフレークだ。間違いない。最近、末端の売人も扱うようになっていた。スノーパールが5キロにホワイトフレークが5キロ。計10キロ。大戦果だな。ええ?」
「ええ。大戦果ですね」
畜生。たったの10キロの押収か。
だが、5キロのホワイトフレークはちょっとしたご褒美だろう。スノーパール5キロよりホワイトフレーク5キロの方がいい戦果として示せる。マスコミにもよく映るし、あのハワードも大満足の結果となるだろう。
これで政治的取引とやらは終わりだ。
お手伝いをしたからケーキをもらう。
再び“連邦”の最前線に向かう。
今回の捜査の結果はマスコミに盛大に発表された。
見出しはこうだ。『フリーダム・シティ市警及び麻薬取締局、10キロのドラッグを押収。中毒性の高いホワイトフレークについても押収することに成功』と。
新聞の写真にはトマスと麻薬取締局の特殊作戦部隊の隊長の姿が写されていた。
「大した戦果じゃないか、フェリクス。君もやればできる。この調子で本国での成績を稼がないか? 毎日のようにドラッグを押収してやれば、ドラッグカルテルとて、ただでは済まないだろう。連中にとって大打撃になるはずだ」
畜生。話が違うぞとフェリクスは思う。
「政治的取引では?」
「口約束を信じるのは馬鹿のやることだ。私は君に提案したんだ。このような取引に乗ってみてはどうかと。それだけだ。契約書を交わしてもいないし、宣誓もしていない。君が勝手に信じ込んだだけだ」
「率直に申し上げて、あなたはペテン師だ」
「そうとも。だが、私の立場も考えてくれ。君は麻薬取締局の英雄なんだ。それをむざむざ死なせるようなことがあれば、私の評判はどうなる? 私は大統領から前任者の失敗を踏まえた上で今の地位に任命されたんだぞ」
ハワードはそう言って、首を横に振る。
「そんなことは知ったことじゃない! なんなら、今からマスコミに駆け込んで人間爆弾の件を全て暴露してやる。前局長のスコットに非はなかったと。非があるのはあんたらが今英雄だと持ち上げてる自分だと」
「そんなことをして君に何の利益がある!? よく考えろ。君は現場を担当し、同僚を失いつつも、優秀な結果を残した捜査官だ。英雄だ。今からデスクワークに戻って、これからは後方で椅子を磨け。そうすれば君は将来、高い地位に就く。ドラッグカルテルと自由に戦うことができる」
「私は今戦いたいんです。別の時代ではなく、今。この瞬間。“国民連合”史上、最悪のドラッグクライシスを迎えている今戦いたいんです。あなたが拒否するなら、マスコミに駆け込む。ドラッグから市民を守る。私はそのために宣誓した。そのために宣誓したんです」
「宣誓なら私もした。私がドラッグカルテルを放置しているとでも思っているのか? 今も多くの潜入捜査官がドラッグカルテル内で活動している。ヴォルフ・カルテル、シュヴァルツ・カルテル、キュステ・カルテル。3大カルテル全て、そしてちんけなドラッグカルテルにおいても。彼らは第二のスヴェン・ショル特別捜査官になるかもしれない。そうなれば私はお終いだ。それでも私は捜査を進めている!」
両者の間に沈黙が流れ、やがてハワードがゆっくりと口を開いた。
「悪かった。だが、ああでも言わないと君はスヴェンの復讐に向かってしまうだろう。私も彼の死には心を痛めている。だが、復讐は不味い。我々は法の正義の下で行動しなければならない。私情でドラッグカルテルのボスを殺した、なんてことになっては困るんだ。連中はちゃんと法廷で裁かなければ」
「つまり、まずは頭を冷やせ、と?」
「そういうことだ。冷静になれ。スヴェンの死を忘れろとは言わない。だが、怒りに身を任せるな。捜査に支障が出る。我々の目的はなんだ? ドラッグカルテルのボスの暗殺か? 暗殺は大統領令12333号がどんなクソ野郎だろうと国家による暗殺を禁止している。ドラッグカルテルのボスたちには法の裁きを受けさせるんだ」
「分かりました。こちらこそすみません。冷静さを欠いていました」
「分かってくれればそれでいい。いずれ、君をパラスコ支部に送ろう。“連邦”での捜査も認めるつもりだ。だが、これだけは覚えておいてくれ。捜査に私情を挟むな。スヴェンの報復を行おうとするな。そして、死ぬな。君が死ねばもう麻薬取締局は完全に国外での活動を禁止されるかもしれない」
そうなれば笑うのはドラッグカルテルのボスたちだとハワードは付け加える。
「連中を笑わせたりしませんよ。連中にはこれから苦しんでもらう。確かに法の裁きを受けさせる必要はあるでしょう。だが、猟犬に追い詰められる獲物は恐怖するものです。そうでしょう?」
フェリクスはそう言って、局長室を出た。
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本日の更新はこれで終了です。
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