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特別情報“ガーネット”

本日1回目の更新です。

……………………


 ──特別情報“ガーネット”



 フェリクスとトマスは覆面パトカーでフリーダム・シティを巡る。


 売人がいる場所は分かっている。売人にドラッグを渡すマフィアがいる場所もある程度分かっている。おとり捜査の成果だ。だが、潜入中のおとり捜査官を危険にさらさないためにおとり捜査官の情報は極力使わない。


「ここだ。ここら辺で売人とマフィアが取引している」


「おとり捜査官の情報ですか?」


「いいや。市警の地道な捜査だ」


 トマスがフェリクスの方を向く。


「どんな捜査にも魔法の弾丸はない。地道な捜査の積み重ねだ。俺はあんたに前線に行くなだとか、デスクワークをしろだとか言うつもりはない。だが、時として地道な捜査が大きな獲物を釣り上げることがある。分かるよな?」


「分かっています。市警の協力には敬意を示します」


「その言葉をあんたの上司から聞きたいところだ」


 覆面パトカーの中でフェリクスたちは売人が現れるのを待つ。


「……例の死体爆弾にされた潜入捜査官とは長かったのか?」


「そこまでは。半年ほどです。しかし、家族への言葉を託されました。バックアップも要求されました。できたのは前者だけです」


「そうか。俺みたいに長くなってくると仲間の死に段々と慣れてくる。嫌な慣れさ。葬儀に出て『あなたの夫は立派な警察官であり、よき男でした』と伝えるのが定型文のように思えてくる。第二次世界大戦中に大量につくられたタイピストによる戦死通告のようでな。俺とあいつはそこまで軽い関係だったのだろうかと自問する」


「これまでに何人死んだんです?」


「ドラッグの売人が抜いた銃で9名が死んでる。俺が課長を務め始めてからだ。その前はもっと多い。ドラッグの売人に銃の組み合わせは最悪だ」


 トマスはそう言ってリザードマン用の煙草を吸う。


 リザードマン用の煙草にはニコチンやタールはあまり含まれていない。その代わり別の種類の、リザードマンたち有鱗種にはニコチンとして作用する化学物質が含まれている。最近の学会では、そちらの化学物質はエルフなどに作用し、ニコチンより健康的であるため、人々にリザードマン用に煙草を勧める論文などが出ている。


 だが、他の種族に言わせればリザードマン用の煙草は“健康オタク”向けだと思われている。当のリザードマンたち有鱗族以外にとって。


「俺のようにはなるな、フェリクス。仲間を大事にしろ。あんたならまだ間に合う。俺のようになってからでは引き返せない。仲間を大切にし、自分を大切にしろ。デスクワークだってそう悪いものじゃない」


 分かっていますよ、トマスとフェリクスは思う。


 デスクワークをする人間のおかげで世界は回っている。デスクワーカーは世界にとって不可欠な存在だ。麻薬取締局でもそれは同じ。デスクワーカーのおかげで前線は支えられている。


 ですが、トマス。俺は前線に行きたいんです。


「来たぞ。備えろ」


 トマスが警告するのにフェリクスは腰のホルスターに下げた口径9ミリの魔導式拳銃に手を伸ばす。だが、それをトマスが押さえる。


「武器を見せるのは俺がやる。連中は武器を持っている人間から撃つ。死ぬなら年寄りからだ。俺が武器を見せ、取引現場を押さえる。後は口八丁手八丁で連行だ」


「それでは……」


「ここでは麻薬取締局は外様だということを忘れるな」


「……分かりました」


「では、行こう」


 トマスは覆面パトカーを降りて、売人の入っていった建物に向かう。フェリクスもそれに続いて、建物に向かう。


「フリーダム・シティ市警だ! ここを開けろ!」


 建物内がざわつくのが分かると、トマスは扉を蹴り破った。


「動くな! フリーダム・シティ市警だ! 両手を頭に! 地面に伏せろ!」


 45口径の魔導式拳銃を手にトマスが叫ぶ。


 中にいたマフィアと売人たちは指示通りに両手を頭の後ろにおいて地面に伏せる。


「畜生。令状はあるのか」


「現行犯に令状は必要ない」


 スノーパールがどっさり500グラムは入った袋を掲げてトマスがそう述べる。


「スノーパールの取引。懲役25年は確実だな。さあ、来るんだ。判事がお前たちを待ってるぞ。判事は苛立っている。どうしてフリーダム・シティにドラッグが溢れているんだと。その原因が分かれば、最悪なムショに25年だ。生きて出られる保証はない」


「何が望みだ?」


「話が早くて助かる。取調室に入ったら弁護士は呼ぶな。取引場所を述べて、次に倉庫の名前を上げろ。『レッドロック港の25番倉庫』と。それだけで無罪放免だ。証人保護してやるからマフィアの手の届かないところに逃げろ」


「畜生」


「お前たちに選択肢はないぞ。お前たちが言おうとそうでなかろうと俺たちは倉庫を強襲する。そのとき、お前たちがムショに入っていたら、どうなるか想像はつくな?」


 マフィアと売人たちは最悪を想定する。


 この状況でもし倉庫に『タレコミがあった』と言われて、強行捜査が行われたら、そのタレコミ屋として疑われるのは自分たちだ。そして、そんな状況で刑務所に入れられたら、マフィアが刑務所に飼っているギャングに殺される。


「わ、分かった。その代わり、司法取引を頼む」


「安心しろ。証人保護はちゃんと行ってやる。その代わり連中に捕まるな。遠くに逃げろ。必要なら西海岸行きの旅行券も準備してやる。分かったな?」


「分かった」


 マフィアと売人たちは頷く。


 全部で5名のマフィアと売人。それら全部に証人保護。今回はちゃんと証人保護が受けられるだろうか。受けられなければ、マフィアと売人はカルタビアーノ・ファミリーに拷問され、倉庫の場所を喋っていないことがばれる。


 そうなると疑われるのはおとり捜査官だ。


 トマスにとっては望ましくない。


「よおし。じゃあ、お客さんを署にご案内だ。いいか。取調室でのやり取りを間違うなよ。間違うと命取りだからな」


「分かってる」


 マフィアと売人は後からやってきたパトカーで最寄りの分署に送られる。


 取り調べはトマスの言っていた流れになった。


 マフィアたちは取り調べに応じ、倉庫の名前を口にする。全員が揃って同じ倉庫の名前を口にする。まるで合唱だなとフェリクスは思う。


「トマス、トマス。どういうことだ? タレコミがあったのは事実なのか?」


「事実です、ボス。取り調べ記録を見せましょうか?」


「必要ない。事実を言ってくれ」


 本部長がトマスに詰め寄る。


「特別情報“ガーネット”です。この件は立件できますが、証人保護の方をお願いできますか? 少なくとも我々のお手柄になりますよ」


「“ガーネット”か。分かった。手配しよう。しかし、本当に“ガーネット”を信用していいんだな? この手の捜査はその、裏返ることがあるからな」


「もっとも信頼できる情報です。ですが、秘密裏に。俺はもう部下を失いたくないんです。“ガーネット”を信頼してください。そして、レッドロック港の25番倉庫に麻薬取締課の刑事とSWATと、麻薬取締局の特殊作戦部隊を」


「連中を立件しないことの意味は分かっているな」


「分かっています」


 トマスは電話をし、フェリクスも電話する。


……………………

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