おとり捜査
本日2回目の更新です。
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──おとり捜査
アロイスがホワイトフレークの密輸・密売で大金を稼いでいるころ、フェリクスは政治の只中にあった。つまりは新任の麻薬取締局局長ハワード・ハードキャッスルが言う政治的駆け引きの中に。
「お久しぶりです、トマス」
「よう。“連邦”では酷い目に遭ったそうだな。あんたの相棒のために祈らせてくれ」
「ありがとう」
フェリクスは再びフリーダム・シティ市警本部麻薬取締課を訪れていた。
スヴェンの死体爆弾のニュースはフリーダム・シティでも報じられていた。当然だろう。マスコミはスコットが議会で吊るし首にされる様子を嬉々として報道していたのだ。部下を危険にさらした、無鉄砲な麻薬取締局局長が吊るし首にされるのは“国民連合”のどのニュース番組も報道していた。
「それで。捜査に復帰か?」
「ええ。ですが、これは政治的な取引です。我々とあなたたちは10キログラム程度のスノーパールを押収し、新聞の一面を飾る。そして、麻薬取締局局長であるハワード・ハードキャッスルは大統領からお褒めの言葉を賜る」
「クソみたいな話だ」
「同感です」
トマスが大きくため息を吐くのに、フェリクスも頷いた。
「しかし、10キログラムとなると現状でもそれなりだぞ。上司のご機嫌取りのために差し出すにしては多すぎる」
「頼みます。この政治的取引がなければ、俺は“連邦”での捜査に戻れないんです。麻薬取締局は俺をヒーロー扱いして、デスクに縛り付けておきたいようです。何せ、ハワードは着実かつ安全に捜査を進める局長として大統領に抜擢されていますから」
「あんたのような危険な捜査官はハワードの政治生命にとっての命取りってことか。気に入らないな。そういう刑事は。いや、刑事ではないか。麻薬取締局局長様だな。部下に政治的な駆け引きを求めるような奴は信頼に値しない」
「ですが、俺のことは信頼できるでしょう? 麻薬取締局は信頼してもらわなくて結構なんです。ただ、俺を信頼して、ハワードの顔を立ててくれればいい」
フェリクスは必死だった。
麻薬取締局本局には押収されたドラッグ量のグラフがある。それによれば、ただでさえ取引量が増えた去年からさらに5倍に取引量は増えているのだ。
このままドラッグカルテルを野放しにはできない。どうにかして前線に赴き、捜査に参加したい。そう思っていた。
何もしないでデスクに座っているなんてフェリクスには向いてない。確かにデスクでの仕事も重要だ。それは分かっている。分析官たちはもたらされる情報から、ドラッグカルテルの全貌を明らかにしようしていた。
だが、そもそも分析をしようにも情報が足りないのだ。
ドラッグカルテルはまるで秘密結社だ。潜入するだけでも相当苦労するし、そこから情報を吸い上げるとなるとさらに苦労する。そして、スヴェンは死亡し、死体爆弾として使用されたことでハワードは潜入捜査に後ろ向きになり、今いる潜入捜査官の引き上げすらも考え始めている状態だ。
情報は危険を犯さなければ手に入らない。
それぐらいのことはハワードにも分かりそうなものなのだが、ハワードは理解を示さない。彼が着実かつ安全に捜査を進める局長だからだ。
クソくらえとフェリクスは思う。
情報がなければ分析のしようもなく、デスクに座って税金を無駄遣いするだけじゃないかと。俺たちは宣誓したんだぞ? “国民連合”市民をドラッグ犯罪から守り、ドラッグ犯罪を根絶することを。
それがデスクに座っていつも同じ内容の分析会議?
税金の無駄遣いも甚だしい。
「まあ、そっちの状況は理解できた。協力もやぶさかじゃない。だが、俺の資産を危険にさらさないのが条件だ」
「あなたの資産とは?」
「おとり捜査官だ。今、カルタビアーノ・ファミリーに潜入している。こいつの安全を脅かす捜査には協力できない」
「分かりました。では、別のおとり捜査官を」
「いない。そんな人間はいない。せいぜい、ちんけな売人やヤク中を取り締まる程度のおとり捜査ぐらいしかやってない。カルタビアーノ・ファミリーに潜入している奴以外は。そして、10キログラムのドラッグを押収するにはそのおとり捜査官の情報が必要だ」
トマスがフェリクスを見る。
「着実かつ安全に、だったな。そうしよう。ギャンブルはなしだ。連中のドラッグの保管庫を強襲しよう。それはいくつかあるが、どれを取り押さえても連中にとっては決定打にならない。ドラッグカルテルは損失が出ると嬉々として次を送り込んでくる」
10キログラムのドラッグの押収はメディアにとっては大きな進展に見えるだろう。
だが、今の“国民連合”には500、600キログラムのドラッグが流入してるのである。10キロのドラッグなど連中にとっては些細な出血。紙で指を切ったぐらいの打撃だ。それぐらいは損失のうちにも入らない。
「仕組みはどういうことになっているんです?」
「仕組みはこうだ。ドラッグカルテルは枕に詰めたビーズみたいな状態でスノーパールをマフィアに渡す。この時点ではまだカルタビアーノ・ファミリーは関与してない。関与しているのはかつての5大ファミリーの下っ端どもだ。そいつらがドラッグを袋に小分けにして出荷する。そこからどういう経路かを辿って、カルタビアーノ・ファミリーに金が入る。カルタビアーノ・ファミリーは慎重だ。奴らはドラッグマネーをしっかりと洗浄しているし、直接ドラッグに触れるようなことはしない」
馬鹿を見るのは下っ端ばかりというのは警察と同じだなとトマスは愚痴る。
「あなたのおとり捜査官は今どの地位に?」
「詳しくはあんたにも話せない。これは市警の案件だ。そちらの政治的取引には協力するが、おとり捜査そのものには関わらせられない」
「信頼できないですか?」
「これは言いたくなかったが、あんたらの潜入捜査官の末路を見るとな」
スヴェンの死は麻薬取締局全体の信頼を揺るがすことになってしまっている。
「分かりました。そちらにお任せします。ただし、保管庫の襲撃には協力してほしい」
「向こうから連絡があるのを待て。連絡は一方的だ。俺もあんたの局長じゃないが、部下を危険にさらしたくはない。連絡は向こうからのみ。こちらから行って、向こうのカバーが剥がれるのは避けたい」
トマスもブルーボーイが死んだことで捜査が頓挫した過去があるので、人死にには慎重だった。それにおとり捜査官は身内でもあるのだ。
市警の団結は固い。仲間を大事にする。
「待ちましょう。いくらでも待ちます。その代わり約束してください。この捜査に麻薬取締局もかかわったことにしてもらうということを。こちらからも特殊作戦部隊を動員します。捜査の手伝いもできる範囲で行います」
「では、こっちは表向きの取り締まりの原因を作りに行こう。倉庫の場所がバレたのがこっちのおとり捜査官の手によるものではないという理由を作っておきたい。マフィアの連中と繋がってる売人を何人か押さえる」
「証人保護は」
「当然する。その方がマフィアの連中も情報漏洩がどこから起きたか分からなくなる。そうなるのが望ましいからな」
そしてブルーボーイみたいな可哀そうな奴も出なくなるとトマスは呟いた。
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