新しい政権に乾杯
本日2回目の更新です。
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──新しい政権に乾杯
「何を見ているんだい?」
アロイスの屋敷でアロイスがテレビを見ていると、マーヴェリックが頭の上にのしかかってきた。アロイスはそれを気にせずテレビを見続ける。
「“国民連合”の大統領選」
「随分と退屈なもの見てるね」
退屈じゃないさ。この選挙の結果次第で『クラーケン作戦』が続くかどうかが決まるのだから。“国民連合”というご主人様にはまだ自分たちが役に立つということを示し、尻尾を振っておかないといけないのだ。
そうすることで“国民連合”はヴォルフ・カルテルに庇護を与えてくれる。その庇護のおかげでフェリクスは何も掴めずに、“連邦”の地を去ったのだ。
「今、優勢なのは?」
「現政権。現政権の政治的スキャンダルは少なかった。彼らもまた生贄の羊を使って、自分たちが非難されることを避けていたからね」
現在の反共保守政権も政治的スキャンダルは他人に擦り付けていた。
例えば、麻薬取締局局長なんかはその典型例だ。彼がひとりの潜入捜査官を死体爆弾にされ、ひとり──フェリクスが重傷を負った時、政権は彼に全面的な責任があるとして議会で公開処刑した。他にも政治的スキャンダルが起きるたびに政権はそれを現場の責任にし、議会でつるし上げた。
そして、政権は無傷のまま。
今の政権は頭の固い保守政権のようで根回しが上手い。元々政治家であり、数々の法案に賛成票を入れてきた人間だからなのだろう。こういう人間は自分の政策も通しやすくなっている。反共保守的改革──保守的な改革というのは矛盾しているが──を進めるに当たって、大統領は賛成票を多く得られ、政治的な実績も示した。
同性婚反対。銃規制反対。妊娠中絶やや反対。ドラッグ規制の緩和断固として反対。
ドラッグカルテルのボスとして注目すべき政策は銃規制反対とドラッグ規制緩和反対という点についてだ。それは“国民連合”内での取引をスムーズに進める上に置いて欠かせない政策なのである。
アカ狩りや戦略諜報省の予算増額、国防予算増額は些細な政策に過ぎない。
宇宙開発においても現政権は“社会主義連合国”に対し、優位に立とうとしている。ロケットを1機作るだけで、ロケット工場のある政治家たちの労働者たちは大きく潤うのだ。そして、それだけ政権の支持者が増えることに繋がる。国防予算の増額も国内の重工業への投資と支持基盤の強化と見るべきだろう。
まあ、アロイスにとってはこの偉大な大統領の政権が続いてくれることを祈るばかりだ。この大統領が南部と中部を支持基盤とし、反共保守政権である限り、『クラーケン作戦』は続きアロイスは保護を得られるのだ。
どれだけ根回しの上手い大統領でも軍事政権や虐殺を繰り返す反共民兵組織は支援できない。非合法な作戦には非合法な金が必要だ。『クラーケン作戦』はその問題を解決する。軍事政権や反共民兵組織を支援するための指揮を生み出す。
ニュースはずっと大統領選について報じ続けていた。“国民連合”の政治的植民地である“連邦”にとってのご主人様が決まる大事な瞬間なのだ。
「何か食べない? 腹が減ったよ」
「ピザでも食べようか?」
「ドラッグカルテルのボスがデリバリーのピザ?」
「じゃあ、エルニア料理のフルコースでも注文する?」
「ははは。そりゃ無理だ」
アロイスは目立つことを避けていた。
父ハインリヒから教わった唯一重要な教え。目立つべき人間の前では目立ち、そうでない人間の前では目立つな。
いつもデリバリーのピザばかり食べているわけではないが、無駄な豪遊はしない。時々、マーヴェリックやマリーと一緒に高級レストランで食事をしたりするが、普段は使用人が作る家庭的なメーリア料理を味わっている。
そのことにマーヴェリックもマリーも文句は言わない。彼女たちは彼女たちで遊びたければ、休暇を取って遊びに行けるのだから。
アロイスは常にジャンとミカエルか、マーヴェリックとマリーかに守られている。警備には隙はない。アロイスが10代のときに見た頭を吹き飛ばされた“国民連合”の大統領より守られていると言っていい。
アロイスは自分で電話してピザのデリバリーを頼む。
アロイスは家に商品を置かない。アロイスは建築企業の取締役という身分にある。それは実際に開発が進むメーリア・シティで活動している会社であり、アロイスの表向きな身分を作ることにも手を貸していた。
アロイスはこの職に就くに当たって、建築の勉強もしたし、会社にも姿を見せている。誰もがアロイスのことを堅気の人間だと思っている。
正直、建築のことは勉強したもののいまいちだったため、仕事は部下たちに任せきりになっている。だが、その部下たちに給料を支払うのはアロイスの仕事であり、給料がもらえていれば部下たちは満足する。
他にもアロイスはナイトクラブを数件保有している。だが、そこで馬鹿騒ぎをするようなことはしない。自分たちはもう大人なのだ。ナイトクラブで静かに酒を飲むことはあっても、ドラッグをつかったり、ストリッパーを呼んだりして、遊び惚けることはしない。そのナイトクラブが資金洗浄の一環となっているならばなおのことだ。
アロイスはハインリヒから資金洗浄手段も相続した。
いくつもの口座、銀行、ペーパーカンパニーを通じて、ドラッグマネーは洗浄される。追跡不可能になる。
今のところ、全てのシステムは順調だ。
「マリー。ピザを頼むけど何がいい?」
「好きにして」
本当にマリーとは会話が進まない。
「マーヴェリックは?」
「ハラペーニョ入りの奴。名前は覚えてない」
「分かった」
アロイスは電話でデリバリーを頼むと再び大統領選を見る。
改革派の野党はいまいち票が伸びきれていない。依然として保守政党が優位だ。
改革派が勝つのだけはどうしても避けてほしかった。彼らは軍事政権も反共民兵組織も支援しないだろうし、ましてドラッグマネーで戦争をするとは全く思えなかった。あの連中はドラッグ犯罪を止めるためにドラッグの一部合法化を進めようともしている。ドラッグが合法になれば、ドラッグビジネスは儲からない。
儲からないだけならばアロイスにとっては構わない。ドラッグカルテルが根こそぎ倒れるならば、アロイスは命を狙われる心配をせずにこのビジネスから引退できる。
だが、そうはいかない。政権が変わればドラッグカルテルへの姿勢も変わる。これまでのような取り締まりごっこではなく、本格的な取り締まりが始まるのだ。文字通り、ドラッグカルテルのボスたちを纏めて逮捕するような。
そればかりは絶対にごめんだ。保守政権が倒れたら、改革派が政権を担ったら悪夢がやってくる。その悪夢は本当に最悪の悪夢になるだろう。
「ピザをお届けに参りました」
「あたしが出るよ」
ドアを開けたら麻薬取締局の特殊作戦部隊という可能性も否定できない以上、こういうものはマーヴェリックがやってくれる。
「さあ、ピザが届いたぞ」
「盗聴器は?」
「冗談だろう?」
「もちろん」
ピザ屋まで疑い出したら切りがない。
だが、ドラッグカルテルのボスとはそういうものまで疑わなくてはならないのだ。
今ならば、自分の商品に手を出したドミニクの気持ちが少しばかり分かるような気がした。これはドラッグでもやってないと乗り越えられない悪夢だ。
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