帰国命令
本日2回目の更新です。
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──帰国命令
フェリクスの手術は大手術になった。
フェリクスの体には釘とネジという鉄片が20個近く叩き込まれていたからだ。
その中には辛うじて主要な血管を裂いたものの、それそのものが止血のためのものとなり、大出血を防いでいた。だが、いくつかの部位の血管は出血し、大量の血液が失われていた。救急搬送され、輸血を受けたために出血性ショックで死ぬことは避けられたが、全ての鉄片を取り除くのと、衝撃を受けた体の骨折を直すのに時間がかかった。
全身麻酔から目が覚めたとき、フェリクスは体を動かせなかった。
自分が非武装の状態にあるのに少し混乱し、自分の魔導式拳銃を探したが、やがてここが病院だということに気づき、そういうものは押収されているのだと理解した。
フェリクスは苦痛に耐えてナースコールを押し、看護師が来るのを待つ。
「フェリクス・ファウストさん? ここがどこか分かりますか?」
「病院だとしか。どこの病院だ?」
「メーリア・シティ国立病院です」
「そうか。ここの警備は?」
「連邦捜査局の方が」
連邦捜査局には貸しひとつというわけだなとフェリクスは思う。
「いつ、動けるようになる?」
「ご自分がどのような状況になっていたのかお分かりでなかったでしょうが、体中に金属片が食い込み、主要な血管を傷つけていたんです。そう簡単には動けませんよ。今は回復に専念されてください」
「分かった」
本当に自分が生き残れたのは奇跡だったんだなとフェリクスは思った。あの距離で死体爆弾を食らって生き残れた兵士は見たことがない。
咄嗟に死体爆弾だと気づいて伏せたものの、それぐらいで助かったのは相手が使用した爆薬の量が少なかったからだろう。鉄片でなくとも爆発の衝撃によって内臓を潰されてもおかしくはなかった。
自分が助かったのは幸運だとフェリクスは実感する。
だが、自分だけが助かってしまった。
スヴェンは死んだ。俺が無理な捜査を頼んだばかりに。スヴェンの家族に伝言を伝えなければならない。辛い仕事だが、死んでしまったスヴェンと比べれば、何が辛いというのだろうか。
スヴェンは義務を果たしたとしても何の慰めにもならない。スヴェンは“国民連合”政府内の内通者の存在を報告した。それが彼の得た最大の情報だった。
だが、この情報をどう使えというんだ?
これからの捜査で麻薬取締局本局を信用するなとでも? 司法省も信用するなと? そしてあらゆるものを疑って、どうやって捜査を進められるというのだ?
スヴェンは義務を果たし、死してなお情報を残した。フェリクスの手にはあまりにもあまる情報を。国家の陰謀と言ってもいい情報を。
動けるようになるまで何日かかるだろうかとフェリクスは天井を見て考える。
体中がズタズタにされた。そして、心もズタズタにされた。
スヴェンの死。“国民連合”政府内の裏切者。
もし、“国民連合”内の裏切者が麻薬取締局本局のデータベースを見て、ドラッグカルテルのボスにスヴェンの情報を渡していたとしたら?
絶対に許さない。法の裁きを受けさせてやる。
だが、どうにも情報が食い違う。もし、“国民連合”内の裏切者が潜入捜査官の情報をドラッグカルテルのボスに渡していたとしたら、それが発覚するようなことをするだろうか? こうしてフェリクスが裏切者の情報を得たことは、その裏切者にとっても、ドラッグカルテルのボスにとっても望ましいものだっとは思えない。
「スヴェンは泳がされた……?」
“国民連合”政府内に裏切者がいると思わせて、スヴェンを釣り上げたのだとしたら? それならばドラッグカルテルのボスもダメージを受けない。スヴェンという潜入捜査官だけを処理できただろう。
しかし、これは完全なフェリクスの憶測だし、スヴェンは訓練を受けた捜査官だ。自分の身が本当に危険にさらされていなければ、あんな警告を残すとは思えない。
だとすると、スヴェンは別のルートで裏切りが発覚したのだろうか。
そこでフェリクスはため息を吐く。
どれも憶測だ。憶測でしかない。捜査の現場に立てない今、フェリクスにできるのは憶測に憶測を重ねて疑心暗鬼になることと、スヴェンの死の責任を感じ続けることぐらいしかできない。
早く現場に戻らなければ。戻って捜査を再開しなければ。
いつになったら動けるだろうか。早く体を回復させなければ。主治医と話せればいいのだが。病院というシステムはなかなか医者に患者が会えるようにはできていない。
そう考えて最初の2日が過ぎた。
「ファウストさん。お客様ですよ」
看護師がそう言って面会人を連れて来る。
「フェリクス。無事か? いや、無事ではないな。君を探すのに時間がかかった。すまない。もっと早く来るつもりだったのだが」
「スコット? あなたがどうしてここに?」
面会人は麻薬取締局局長のスコット・サンダーソンだった。
「部下の無事を確かめるのも局長としての仕事だ。その、スヴェン・ショル特別捜査官のことは残念だった。家族には私から彼の死について知らせおいた」
それは俺の仕事だったんですよ、スコット。そうフェリクスは思う。
「帰国しろ、フェリクス。治療は“国民連合”の病院で続ける。搬送用の飛行機も準備した。捜査は終わりだ。今は我々には何もできない。また小規模なドラッグビジネスの摘発を続ける。大規模な捜査は暫くは中止だ」
「そんな馬鹿な!? 我々はもう一歩のところでシュヴァルツ・カルテルやヴォルフ・カルテルを摘発できたんですよ! それを引き上げるなんて……」
フェリクスが叫ぶと全身が痛みを訴えた。彼はまだ回復しきっていないのだ。
「摘発なんてできそうにもなかっただろう。物的証拠も、証人も、身柄の確保もなし。これでどうやってお前はふたつのカルテルを上げようって思ったんだ?」
「それは……」
畜生。もうスヴェンは死んだのだ。もうシュヴァルツ・カルテルの情報は手に入らない。新しい潜入捜査官を送り込まない限り。
「自分が潜入捜査を行います。それでドラッグカルテルを検挙して見せます」
「馬鹿を言うな。その体でか?」
「傷はやがて癒えます」
「だが、お前は顔も名前も知られている。だから、今回のテロのターゲットにされた」
スコットが冷たく言うのにフェリクスは黙り込んだ。
「議会はグライフ・カルテルの摘発で喜んでいた。そこに潜入捜査官の死と、死体爆弾だ。議会は責任を追及するつもりだし、下手をすればお前もそのターゲットになる」
「政治のために引けと?」
「そうだ。全ては政治だ。恐らく、私の首は飛ぶだろう。ふたりの捜査官を不用意な危険にさらしたとして議会で吊るし首にされる。お前がそうならないのは私が吊るし首にされるからだということをよく理解しておけ」
スコットはやや諦めた様子でそうフェリクスに言う。
「ですが、捜査は進んでいたのです。もう一歩だったのです」
「そうかもしれないな。だが、来年は大統領選だ。今の政権が生き延びるには無能は容赦なく切り捨てて、責任の所在が大統領官邸にないことを示さなければならない。そして、恐らく政権は続く。その時真っ先にやるのは人事の入れ替えだ。お前も麻薬取締局で生き残りたければ、政権にごますりしておけ」
私はもう手遅れだがなとスコットは自嘲気味に笑った。
「残念です、スコット」
「ああ。残念だ、フェリクス」
スコットからの要請でフェリクスが“国民連合”の病院に移されたのは翌日のことであった。
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