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幸せな結末 ~優しさに対する免疫、不倫の末に~

作者: Shinkai

 既婚男性と不倫関係にある馬鹿な女の結末なんて、正直とてもつまらないものだと思う。飽きられてあっさり捨てられるか、「妻と別れるよ」というわかりやすい嘘にすがりついて関係を続けるか、奥さんにバレて慰謝料を請求されるか、本当に結ばれるか……。結末がそのどれであったとしてもやはりとてもつまらないではないか。

 関係を続けたとしても歳をとれば捨てられるだろう。慰謝料を請求されれば生活が苦しくなる。結ばれたとしても相手はまた別の女と不倫するかもしれない。幸せな結末なんて夢のまた夢だ。結末がつまらないとわかっている不倫、そんなことをしている私の人生そのものが実はつまらないものなのかもしれない。


 私は中学、高校、大学と実に10年間も女子校に通っていた。それを言うと「男に免疫がないんだね」と言われるが、そんなことはない。確かに彼氏は出来たことはなかったが、高校生の頃から合コンも参加していたし、大学生の頃にはインカレのサークルにも顔を出したことがある。正確な回数は覚えていないが、男性と体を重ねた回数は両手では足りないくらいにはある。だから私は『男に対する免疫』はある。強いて言うなら『男の優しさに対する免疫』がなかったのだ。


 社会人2年目の春に彼と出会った。正確には、それまでに何度も会社ですれ違ってはいた。しかし、同じミーティングに出席してお互いの顔と名前が一致したのがその時だった。彼は身長が170センチ前後で中肉中背と普通だった。顔も特別イケメンというわけでもなく普通、服装も普通だった。特徴的なことと言えば、私よりも8つ歳上とは思えないくらい若々しく見えるということくらいだ。しかし、普通がいくつも揃うとそれだけでかなりの高スペックに変わってしまう。後から知ったのだが、一部の女子社員達のお気に入りらしい。清潔感があり、普通を極めたその風貌に人が魅了されるのもうなずける。


 営業部に所属する彼から、アドバイスをもらいながら企画書を作ることが私に与えられた仕事だった。彼との仕事はとても上手くいった。OJTで1年間私の担当になってくれた女の先輩とは違って、こちらのミスに感情的になることもなく、他部署の私に対してとても熱心に仕事を教えてくれた。何より彼はとても優しかった。合コンやインカレのサークルで知り合った男達の、体目当ての優しさとはまったく違う日常に溶け込んだ本物の優しさがそこにはあった。

 ある日、私が生理でつらい時に彼は心配して声をかけてくれた。「慣れてるんで大丈夫です」とだけ言った私に、彼はそれ以上何も聞かなかった。しばらくすると「良かったら飲まない? 温かいのだけど」と言って温かいココアを買ってきてくれた。生理だということがきっとわかったのだろう。気遣い方が凄く大人に思えた。少し肌寒い日に温かく甘いココアは私の心と体に染み渡った。

 別の日には、ミーティング前にふたりで会議室の準備をしている際に、机や席を移動させる仕事はすべて彼がやってくれた。スーツの上着を脱ぎ、シャツを腕まくりする彼の姿がとても印象的だった。

 彼は仕事中に私のことをよく褒めてくれた。それも抽象的なことではなく、私が本当に頑張ったところをピンポイントで褒めてくれた。彼に評価されているとより仕事を頑張ろうと思えた。『男の優しさに対する免疫』がなかった私は、完全に彼の虜になっていた。


 一緒に残業を繰り返し、何度も食事に行くうちに彼とは自然と男女の関係になった。『自然と~』というと語弊があるかもしれない。正確には私からさりげないアプローチを何度もしていた。彼はとうとう根負けしたのだ。私は幸せだった、彼の左手の薬指さえ見ないようにしていれば。


 彼とは仕事中か平日の夜しか一緒にいられない。どんなに遅くても23時には帰ってしまうし、土日に会えることもない。それでも私は良かった。馬鹿な女と思われるかもしれない、都合の良い女だと思われるかもしれない、それでも私はそれで良かった。友達や同僚が彼氏と旅行に行った話をしてきても、私はちゃんと我慢が出来た。

 彼とは奥さんの話をしないようにしている。一度、彼の口から奥さんの実家に行ってきた、というありふれた休日の話を聞いた時に、何故だか涙が出てきたからだ。


 我慢が出来ていたはずなのに、彼との関係が2年を過ぎた頃、つい口を滑らせてしまった。「一緒に暮らせたら食べさせてあげられるのにな」と言ってしまったのだ。毎日のように作っている簡単鍋料理の話をした時に、彼の口から「食べてみたいな」という言葉が漏れた。私はそれにつられてしまったのだ。そう言った私の目を真剣に見つめて、彼は「もう少し待って欲しい」とだけ言った。私はそんなに馬鹿じゃない、彼が私を繋ぎ止めるために言ったということはすぐにわかった。でも嘘をついてまで私を繋ぎ止めようとした彼が愛おしく思えた。


 それからまた1年が過ぎた。相変わらず彼の左手の薬指には指輪が光っているし、会えるのも平日の夜だけだ。私はこの恋の結末がわかっている。とてもつまらない結末だ。それでも私には彼のぬくもりが必要だし、彼にとっても私が必要だと思っている。


 ある時、彼が夜景の見えるレストランに連れていってくれた。普段は安い居酒屋からのラブホテルコースだったため、私は何故か不安な気持ちになった。「ここで別れ話をされるのかな」漠然とそんなことを考えてしまっていた。ワインを飲みながら、メインディッシュを待っていると、彼が「大事な話がある」と告げてきた。私はそれまで食べた食事を吐き出しそうになった。心臓は痛くなり、目には涙が浮かんでいた。「なに?」私は恐る恐る彼にそう聞いた。


 それから半年、私は新居を探している。新居はペット可の物件で、会社のある最寄り駅に乗り換えなしで行けることが条件だ。彼と別れて心機一転するための引っ越しではない。彼と一緒に住むための引っ越しだ。自分でも信じられない。あの時レストランで「妻と別れることが決まった。待たせてごめん」と言われたあの瞬間を何度も思い出す。彼はそれから奥さんとのことを色々と話してくれた。奥さんがずっと不倫していたこと、奥さんの不倫を理由に別れ話を切り出しても逆ギレされて進展しなかったこと、それでも奥さんを家族としては大切にしていたこと。そして奥さんが不倫相手との間に子供が出来てあっさり離婚することになったこと。

 すべてを聞いて妙に納得してしまった。誘った私が言うのもおかしいが、彼ほど真面目な人間が奥さんを愛しながら長い間不倫をしていることが不思議でしかたがなかった。彼は私に何も話さないことで、変な期待を持たせないように逃げ道を作っていたとのことなのだ。「もう少し待って欲しい」と言ったことは忘れていた。お酒が入ってつい本音が出てしまったようだ。


 既婚男性と不倫関係にある馬鹿な女の結末なんて、正直とてもつまらないものだと思う。その考えは今でも変わらない。それでも私は私の人生を幸せな結末にしてみせる。彼とならそれが出来ると信じている。

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