心をさがす少女
とある小さな町に、女の子が住んでいました。
女の子は小さい頃、両親に捨てられ、生きていくのがやっとの生活をしていました。
さて、その女の子は昔から『ある物』を探していました。それは『心』です。
それというのも、女の子が捨てられた理由にあります。
彼女は、何をしても泣くことも、怒ることも、笑うこともなかったのです。ずっと無表情のままでした。
そんな彼女を、両親は「気味が悪い」と捨てました。
両親に捨てられると分かった時も、女の子の表情は少しも変わりませんでした。それを見た両親は苦い顔をして言いました。
「お前には、心がない」と。
捨て台詞を吐いて、両親は去ってしまいました。
心がない。
この言葉は、職場の同僚や上司にも言われるようになります。何が起きても常に無表情な彼女は、遠巻きにされるようになりました。
そこで、女の子は考えました。
(心って、なんだろう。心って、何処にあるのだろう)と。
みんなが持っていて自分には無いのだから、落としたか、失くしたに違いありません。そう考えた女の子は、心をさがすことにしました。
とはいえ、心は何処にあるのか分かっていません。家の中にあるのでしょうか。それとも、道端に落ちているのでしょうか。
彼女は、手当たり次第さがしてみることにしました。
最初に、家の中をさがすことにします。彼女の家は大変小さく、物も少ないのでさがすのは簡単です。
家中をさがし回った結果、心は見つかりませんでした。あったのは、最低限生活に必要なものと、ネズミの巣だけです。
次に、外をさがすことにしました。外は家と違って大変広いので、家の近くから少しずつさがすことにします。
キョロキョロと周囲を見渡したり、地面にはいつくばっている女の子を見て、何か探しているのと問うてくる人が時々いました。その度に彼女はこう答えます。
「ええ、わたしの心をさがしているの」
彼女の答えを聞くと、誰もが腹を抱えて笑いました。何故笑うのと聞いても笑い続け、そうして最後には「じゃあ、頑張って」と行ってしまうのです。彼女は応援されたのだと思い、また心をさがすのに専念するのでした。
そんなある日、町に高名な学者がやってくることになりました。どこかに向かう途中で、この町に一泊していくそうです。
報せを聞いた女の子は思いました。
(そうだ、学者様ならわたしの心が何処にあるか知っているかもしれない。尋ねてみよう)
最初の頃は馬鹿にしていた町の人々も、この頃になると、すっかり遠巻きに眺めるようになりました。彼女は周囲の視線などものともせずに、直向きに心をさがしていました。
学者が訪れる日も、女の子はさがし続けていました。辺りはしんしんと雪が降り出し、彼女の手や顔が、寒さで赤くなっていてもさがし続けました。
すると、最近はもう誰も気に留めなかった彼女に、一人の老人が話しかけてきたのです。
「もし、お嬢さん。何か探し物かね」
彼女は答えました。
「ええ、わたしの心をさがしているの」
彼女はいつも通り笑われると思っていましたが、老人は笑いませんでした。老人は、眉をひそめて言いました。
「心? 心はこんな所をさがしても、見つからないよ。今日は寒いだろうから、早くお家に入りなさい」
彼女はさがす手を止めて、初めて老人の方を見ました。一目見て、尋ねようと思っていた学者だと分かりました。女の子のみすぼらしい格好と違って、上等だと分かる服装をしていたのと、町では見たことのない顔だったからです。
彼女は老人に学者がどうか聞きました。老人は「そうだ」と答えました。
喜んだ彼女は、彼女が心をさがすことになった経緯を説明しました。たくさん話すことはあまり得意じゃなかったのですが、拙い言葉で一生懸命に話しました。
そして、最後に聞いたのです。
「心って何処にあるの?」
彼女の問いに、老人は答えました。
「心はね、自分の身体の中にあるんだよ。お嬢さんの心も、わしの心も、みんなみんな自分の中にあるんだ。つまり、お嬢さんはもう心を持っているんだ。こんな所をさがしていても見つからないんだよ」
「わたしが心を持っている? そんなはずないわ。だって、みんな、わたしには心がないって言うのよ」
「きっと、お嬢さんの心の声はとても小さいんだろうね。でも、ちゃんとあるんだ。お嬢さんが心をさがしたいと思ったのも、わしに聞こうと思ったのも、心の声なんだよ」
学者に説明されても、女の子はよく分かりませんでした。
首を傾げている彼女に、学者は言いました。
「お嬢さんには家族がおらんのだろう? だったら、わしの家族にならないか? 一緒に暮らしているうちに、心について分かってくるかもしれんよ」
老人の提案に、彼女は少し考えてから頷きました。この町に彼女を必要とする人はいなかったし、心につ
いて知りたいと思ったからです。
こうして、女の子と学者は家族になりました。
老人は、女の子を本当の娘のように可愛がりました。
温かくて美味しいご飯が食べられるのも、つぎはぎのない服を着るのも、ふかふかのお布団で寝るのも、彼女にとっては生まれて初めてのことでした。
老人は、彼女にいろいろなことを教えてくれました。物の名前や文字の読み書き、計算などです。新しいことを覚える度に、老人はたくさん褒めてくれたので、彼女は学ぶことが好きになりました。
老人と暮らしていると、時々彼女の胸の辺りがぽかぽかと温まるような、不思議な感じがしました。どんな時になるかというと、一緒に食事をしている時や談話する時、たくさん褒めてもらった時などです。
(これが『心』なのかもしれないわ)
そう思ったけれども、老人には聞きませんでした。誰かに聞いてばかりではなく、自分で考えることも大切だと教わったからです。
女の子と老人の穏やかな生活は、数年続きました。
それから、女の子が大人の女性へと成長したある日の朝、老人は安らかに息を引き取りました。まるでただ眠っているかのような、穏やかな笑みを浮かべていました。
起こしに来た女の子は、老人が永い眠りについたことを知りました。彼女はしばらく呆然とした後、自分の頬が濡れていることに気づきました。彼女は泣いていたのです。それは、生まれて初めての涙でした。
次第に、彼女の胸は張り裂けそうなほど痛くなりました。その間も、涙はずっと止まりませんでした。
彼女は言いました。
「ああ、これがわたしの心なのね。わたしの心の声なのね。ようやく、ようやく見つけたわ」
初めて気づいた彼女の心は『かなしい』と言っていました。
それからしばらくして、女の子は一緒にいると胸がぽかぽかと温かくなる男性に出会いました。これがなんなのか、彼女はもう知っています。
その男性と結婚した彼女は、五人の子供とたくさんの孫に囲まれて最期を迎えました。息を引き取る直前まで、彼女の胸はぽかぽかと暖かいままでした。そう、彼女の心は『幸せ』なまま最期を迎えられたのです。
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