逆巻の旅人
案だけは前々からあった話
最近忙しいので息抜きに軽い話をと思い書いてみました
彼は不思議な人だった。
彼は枯草色のローブから覗く黒髪黒目が特徴的な青年だった。
僕はその日、その時、初めて彼と出会ったはずなのだ。
黒髪黒目というのは、僕が住んでいる国ではいないわけではないけどかなり珍しい部類の容姿で、生憎とそんな人物は僕の知り合いにはいない――――いないはずなのだ。
なのに、彼は僕のことを知っていた。
まるで、旧知の友と話すように、まるで、久しぶりに出会った幼馴染と再会したように嬉しそうに僕を見て笑い声をかけてきたのだ。
「久しぶり」
「え…?」
僕を見て笑みを浮かべたあたりから、僕は彼に話しかけられるような気はしていた。
しかし、いきなり「久しぶり」と言われると思っていなかった僕は悪くないだろう。
なんて言ったって、僕は彼のことを知らなかったし、実際それが初対面だったはずなのだから。
僕がどう返すのが正解だったのか、なんて考えていた間にも時間は進む。
彼は優しげな眼で、戸惑っている僕に語り掛けてくる。
「そして、さようなら。今までありがとう」
「え…?」
「久しぶり」というあいさつから始まり、次の言葉が「さようなら」という、意味不明な彼の言葉に、僕の頭はさらに混乱した。
「今までありがとう」というのも、意味が解らなかった。
僕は、当然の話であるが完全に初対面の彼に何かしてやった記憶はなかった。
しかし、僕は完全な生き物ではないただの人間だ。
だから、自分の記憶に抜けがあるのかも知れない。
そう思い、目の前にいる彼に、もうどこかに立ち去ろうとしている彼を呼び止めて聞いた。
「あの!! 君、名前は? 僕たちって、いつ出会ったっけ?」
何から聞いていいかわからなかった僕は、彼が誰なのかをはっきりさせることにした。
すると彼は、こんなことを言ったのだ。
「俺の名前は"リフレ"って言うんだ。そして今日、君とここで初めて出会った……はずだよ」
「リフレ…」
知らない名前だった。
それに、彼はおかしなことも言っていた。
「久しぶり」と話しかけてきた彼は今日、僕とはここで初めて出会ったというのだ。
それで、僕は『あ、からかわれているんだな』と思い、そう急に立ち去ろうとしていた彼にその意趣返しとして少し意地悪に質問した。
「君は、僕の名前は知ってる?」
知っているはずがなかった。
なんてったって、僕と彼はあの日、あの時初めて出会ったのだから。
そう思い、得意顔で質問した僕に彼は優しい笑みのまま答えた。
「知ってるよ"エスクレール"、愛称は"エスト"だ」
「え…」
「バイバイ。楽しかったよ」
僕が名前をいい当てられて茫然としている間に、彼は忽然と姿を消した。
まるで夢でも見ていたみたいだった。
彼と出会った次の日、知っている人に片っ端から黒髪黒目のリフレという人を知らないかと聞いてみたが、誰一人として首を縦に振らなかった。
この不思議な体験は、僕が10歳の時の出来事。
それから長い年月が経ち、今、僕は今年で56歳だ。
僕はあの出来事がきっかけで、世界を旅する旅人になった。
旅の先でたどり着いた街で路銀を稼ぐために働き、その合間に街の人物を調べ、ある程度したら別の場所に旅立つという生活を15の時から続けた。
こうして旅を続けていれば、あの日の謎が解けるかもしれない。
そんな希望を持って僕は旅をつづけたのだ。
だが、しかし、あれから一度たりとも僕の目の前に彼が姿を現すことはなかった。
世界は広い。
40年、それなりに長い時間を旅に費やしてきたが、彼の影すらとらえることはできなかった。
もう今年で56だ。
僕の誕生日は明日だから今日まで55。
最近は歳のせいか、体を動かすのが少しずつつらいものになっていくのを感じていた。
僕の、人生の謎を探した旅は結局、何を得ることも無く終わりを告げる。
だが、不思議と悲しくはない。むしろ充足感でいっぱいだった。
「ふふっ…僕の旅の果ては、何の変哲のないただの街……まぁ、何も成し遂げられなかった凡人の僕にはぴったりじゃあないか」
僕は、昨日たどり着いて借りたばっかりの宿の一室、ベッドの横たわり一人そうこぼした。
僕は今まで根無し草だった。
だから伴侶もいないし、友人はいるがみんな別の街だ。
明日は記念するべき、僕の旅人生が終わる日だが、それを一緒に祝う人はいない。
それは、少し寂しいな。
そんなことを考えていた時だった。
コン、コン、コン
宿の扉がノックされる音がした。
はて? 一体誰が?
そう思い、僕は扉に向けて声をかけた。
「誰だい?」
「俺だよ"トラ"だ。明日の記念日のための酒を買ってきてやったぞ」
トラ、という名前に聞き覚えはなかった。
これまた、僕の旅人の起源になっている彼と出会った時と同じような、不思議な感覚だった。
「入るぞ」
トラと名乗った男性は、僕が何かを言う前に勝手知ったるように扉を開けて中に入ってきた。
僕は少し警戒して、旅のお供としていつも持ち歩き、ベッドの横の壁に立てかけてあった一振りの剣をつかもうと考えた。
だが、入ってきた男が持っていたのがワインボトル一つというのを見て、僕は少しだけ警戒を緩めることにした。
「じいさん、今までお疲れさんってことで明日これを呑めよ。好きだろ?」
「む? お前さんはいったい…?」
明日、旅人を止めるというのは今まで自分の胸の内にのみ存在していた予定だから、目の前の男がそれを知っているのはおかしな話だった。
そのことを疑問に思い、僕がトラの容姿を中止すると、彼は黒髪黒目の中年の男だった。
「んじゃあ、俺は今日はこれを届けに来ただけだからな。じゃあなじいさん、明日は楽しいぜ」
トラは、ワインボトルを置いてそのまま退室してどこかに行こうとしているようだった。
それを見たとき、何故か僕の脳裏によぎる"これが最後のチャンス"という言葉。
これを逃したら、もう二度と真実を知る機会は訪れないという直感。
根拠はなかった。
だが、僕はこの勘というのもを信じている。
今まで、旅の中で絶体絶命の危機に陥った時、僕を幾度となく救ってくれたのがこの時のようなただの勘だったからだ。
僕は、背を向けているトラに向けて声をかけた。
何を言うのかも、完全に勘で、気づけば口が動いていた。
「君、僕たちの出会いはいつだったかね?」
僕の質問に、トラは振り向きながら答えた。
「俺たちの出会い――――は、多分20年くらいのはずだよ」
「……そうか」
「…じゃあ、俺は行くわ」
「…ああ、ところで、明日は来るのかね?」
「いいや? かなしいことにじいさんは明日は一人寂しくそのワインを飲むだろうさ」
「…そうか。じゃあ…昨日はきたのかね?」
「ああん? じいさんもうボケが来たのかい? 昨日は―――そうだな。ここには来てねえな。じゃ、俺はそろそろ本当に行くわ」
「…そうか。ところで最後に一つ意見を聞きたいんだが…私は、いつまで生きられるんだろうね?」
「そんなことが気になるのか? ま、安心しな。じいさんは長生きするぜ。俺が保証してやる」
トラは、そう言って今度は本当に出て行ってしまった。
再び、宿の一室に静寂が訪れた。
今のは夢だったのだろうか?
そう思うが、机の上に置かれたワインボトルがそれを否定する。
知らない人間が自分を知っていて、そして別れるこれが夢ではなかった。
「とすれば、彼との出会いも夢ではなかった…ということだろうな。そして彼はきっと―――――」
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平行世界という概念がある。
今、自分たちが生きている世界と同じようで、少しだけどこかが違う世界が決して交わることなく無数に存在しているという概念だ。
もし、その平行世界を斜めに横断している者がいたとしたならば、どうなるだろうか?
きっとその者はある一定の期間のみ、その世界に存在し、その後は影響だけ残してどこでもない場所に消えてしまうことだろう。
そして、その斜めの流れが、通常の世界の流れとは逆方向であったならば―――――
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「きっと―――――終らない旅を続ける旅人なのだろう」
僕は、旅人を引退した後は旅の経験を活かして小説を書いて余生を過ごした。
僕は98歳まで生き、そして数多くの物語を世に排出した。
評価されたものも、されなかったものも多種多様だった。
そんな僕が、最初に書きはじめて、最期まで完結させることがなかった小説が一つだけある。
その物語のタイトルは『逆巻の旅人』といった。
永遠に旅を続ける、黒髪黒目の男たちの出会いと別れの物語だ。
一体、彼らはどこから来てどこに行くのだろうね?
僕には想像すらできなかったから、この物語は未完のままだ。
彼らがどこからきてどこに行くのかは、読者の判断にゆだねていくスタイルでいきます。
理由は―――――僕がエスクレールと同じ人種だからです。
ところで、この話のジャンルって何が正しいのでしょうね?