第七話 闇の都市
私が身支度を終えて部屋を出ると、宿屋の廊下の窓から外を眺めるパッシアさんがいた。
「お待たせしました!」
「お、来たわね。早速下の階でご飯にしましょ。」
私はパッシアさんと一緒に下の階まで階段で降り、宿屋のレストランへとやってきた。
まだ少し朝が早かった所為もあってか、レストランを利用している人が少なかった。
私は簡単な朝食セットを頼み、パッシアさんと共に食事をした。
「昨日はよく眠れた?」
「あ、はい。あのアイリス様からもらった飴を舐めたら、不思議と直ぐに眠ってて…。」
「そうよね…。私もアイリス様に見初められた一人なんだけど、最初はやっぱりアイリス様の飴を渡されて舐めることから始まるのよねぇ。」
「パッシアさんもアイリス様の飴を舐めたんですか?」
「ええ。宝石将になる前の話だけどね。」
「アイリス様の魔法はすごいですね…。私も魔結晶を授かったら、どんな魔法を使えるようになるんでしょう…?」
「それは誰にも分からないけれど…。きっと救世主として活躍できるくらいの魔法よ!自信を持って!イヴ!」
「アイリス様にも夢の中で言われました。闇の都市の竜は心を見透かして、自信がなければそこを責めてくるって。だから、自信を持って、って。」
「確かに…、あそこの竜は一番手ごわいわね…。私も苦労したもの。」
そういって朝食セットのパンを一口食べたパッシアさんは咀嚼してからごくんと飲み込むと話を続けた。
「闇の都市は入っただけでも迷うような暗黒の都市よ。ただの明かりじゃだめ。オーロラでしっかり準備をしてから闇の都市へ向かいましょう。」
「はい!」
そういって私たちは朝食セットを平らげると、宿屋を後にした。
「準備をするってなにからするんですか?」
「まずはあの闇の都市でも足元を照らすことができる光の都市原産の星の欠片を手に入れるところからね。」
「星の欠片…?」
「ええ。光の都市は闇の都市と対を成す都市でね。まぁ、闇の都市の後でまた行くんだけど、白く眩い景色が広がっているって噂よ!あれは感動すること間違いなしね。」
「へぇ…。」
私が相槌を打っていると、パッシアさんはオーロラの街の大通りにある一軒のお店の前で立ち止まった。
「ここが私たち宝石将が贔屓にしてる道具屋さんよ!」
「”道具屋、ミーラン”…。ここの店主の名前ですか?」
「その通り。ミーランさんはあのアイリス様にも認めらてもらった道具作りの天才なのよ!」
「へぇ!そんなすごい人なんですね!」
「さ、入りましょ!」
私はパッシアさんに続いてお店の中へと入って行った。
お店の中は明るく天井には無数のランタンが飾られていて、それがこの店内を明るく照らしているんだと気付いた。
「こんにちは~。宝石将のガーネットです。ミーランさん、いらっしゃいます?」
「お、ガーネットちゃんじゃねぇか。どうした、また武器の手入れか?」
「違う違う。今日はこの子のために準備しに来たのよ。」
私はパッシアさんの後ろに隠れるように店内に入ったのだが、直ぐにパッシアさんからぐいぐいと前へと押しやられてしまった。
「おっ、嬢ちゃんが新しいガーネットの相棒か?」
「あ、相棒だなんて、恐れ多い…!」
「随分腰が低いな…。ま、いいだろ、このミーランが嬢ちゃんにぴったりなアイテムを見繕ってやるよ!」
「すみません…、よろしくお願いします。」
「ミーランさん、今日はこれから闇の都市に行くの。できれば星の欠片が欲しいんだけど、入荷してるかしら?」
「星の欠片?ってことは嬢ちゃんは宝石将になるための試練を受けるのか!」
「は、はい…。」
私に話が降られて慌てて頷くと、ミーランさんは目を輝かせた。
「そうかそうか!なら、星の欠片はあるぜ!嬢ちゃんたちに安価で売ってやるぜ!また俺が未来の宝石将に道具を与えたことになるんだからな!」
「話が早くて助かるよ、ミーランさん。星の欠片があれば闇の都市で迷うことなく進むことができるし…。」
パッシアさんがそうブツブツ言ってると、ミーランさんは店内の奥の方へ消えていった。
「あの、パッシアさん。星の欠片っていうのは…。」
「ああ、話してなかったわね。星の欠片っていうのは、闇の都市と対を成す光の都市で夜になると地上に降り注ぐ流星群のことなの。地上に落ちた星の欠片は淡く光っていて、闇の都市の暗闇でさえ、明るく照らすのよ。」
「へぇ…、光の都市って行ってみたいです!」
「いずれ、竜に会いに行くんだから、その時までのお楽しみ、ってことで。」
「ふふ、そうですね。」
私たちが笑いあっていると。ミーランさんが店の奥から戻ってきた。
「あいよ、嬢ちゃん。これが星の欠片だ。」
そういってミーランさんが開けた小箱の中には小さな光る物体があった。
それは鉱石のように石の中心から淡く光っていた。
「へぇ、これが星の欠片…。綺麗…。」
私が小箱の中身を覗き込んで感嘆の声を漏らすと、ミーランさんは自信ありげにこう言った。
「俺が独自のルートで取引しているからな!そうだな…、この星の欠片…。千アルケで売ってやるぜ!」
「せ、千アルケ!?」
“アルケ”というのはこの国の通貨の単位であり、千アルケは私の今までの稼ぎの数倍はある。私はそんなお金があっただろうかと、ポーチに入っている貨幣袋を開けた。
「イヴ、ここは宝石将の私がお金を出すから心配しなくていいわよ。揃える道具に関しては宝石将の私が支払うように、アイリス様からも言われてるし。」
「そ、そうなんですか…?じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて…。」
「じゃ、そういうことでミーランさん。はい、千アルケ。」
「はいよッ、丁度千アルケ貰ったぜ。他には買うものあるか?」
「うーん…、私の装備は足りてるし、闇の都市から帰ってきたら、またオーロラに戻ってくるつもりだから。その時、また寄らせてもらうわ。」
「了解!道中気をつけてな、嬢ちゃん!」
「はい!あ、ありがとうございました!」
私とパッシアさんがお店を出ると、私は早速小箱を開けようとした。
が、それをパッシアさんが止めた。
「パッシアさん…?」
「ここでは開けないほうがいいわ。星の欠片は貴重でそれを狙う盗賊もいるくらいだから。どこで情報を得ているか分からないけれど、バレずに闇の都市まで行きたいから、見るのは我慢して頂戴。」
「す、すみません…!盗賊なんているんですね…。気を付けないと…!」
私は貴重な星の欠片が入った小箱をポーチに入れて、先を歩き始めたパッシアさんの後をついて行った。
「闇の都市まではまた飛ぶんですか?」
「ええ。闇の都市の近くの小さな村まで飛んでいくわ。飛んだまま闇の都市に入るとどこからやってきたのか分からなくなるから。」
「そうなんですね…。すみません、私飛べなくて毎回パッシアさんに魔法をかけてもらって…。」
「そんな気に病むことじゃないわ。いくらでもかけてあげるわよ。それに魔結晶を手に入れることができれば、その先はイヴ、あなたの力で飛ぶことができるんだから。」
「はい!魔結晶が手に入るよう、頑張ります!」
ふんす、と気合いをいれる私に、パッシアさんは”頼もしいわね”と笑った。
そう言っていると、オーロラの都市と風の都市ウェントゥスの境目の検問所が見えてきた。
「あの検問所を抜けたら、早速飛ぶわよ。」
「はい!」
私とパッシアさんは検問所をなんなくスルーすることができ、風の都市、ウェントゥスへと入った。
風の都市、ウェントゥスには都市のあちこちに風車があり、今日は天気がいいこともあって、その風車はくるくると翅を回していた。
「さ、魔法をかけるわよ。」
「はい!」
私は前と同じようにそのまま直立不動し、パッシアさんが魔法をかけてくれるのを待った。
前回同様、ふわりとした浮遊感を感じた私は慣れたようにその身体をふわりと浮かせた。
「さぁ、闇の都市へ行きましょう!」
「はい!」
箒で隣に並んだパッシアさんと目を合わせると、私たちは闇の都市オプスクーリタースへと飛び立った。




