第六話 飴の夢
私が目を開けるとそこにはふかふかとした雲のような空間が広がっていた。
「(ここは…どこ?)」
「イヴ。よく来てくれました。」
「アイリス様…?」
きょろきょろと辺りを見渡していると、雲の間から今日出会ったアイリス様が雲のような椅子に座っていた。
「こっちに来てお話をしましょう。さ、こちらへ。」
アイリス様に促されて私はアイリス様の隣にあるふかふかした雲のような椅子に座った。
「よく、私の飴を舐めてくれました。初対面の人からもらったものなど舐めないかと少し不安だったので…。」
そういって苦笑いをするアイリス様は女王の威厳よりも少しだけ年相応の表情になっていた。
「あの、ここでは宝石将になるためのことについて話してくださると…。」
「はい。詳しく”宝石将”になるための手順をお話しします。」
――宝石将と呼ばれる魔導士はこの国にほんの数名しかおりません。宝石将になるためには試練を乗り越えなければいけないからです。それに魔法の力も必要となってきます。今の宝石将の皆も、その試練を乗り越え、宝石の名を与えたのです。
この国には七つの都市にそれぞれ大妖精が祀られ、それを守護するように竜が住まうとされています。七つの竜にはそれぞれ色の意味にちなんだ試練を与えることを大妖精より命じられていました。
火の都市イグニスのルーフスは愛と勝利、力や血、争いなどを司る竜。
水の都市アクアのカエルレウムは知性と誠実さを兼ね備えた竜。
風の都市ウェントゥスのウィリディスは癒しを与えるとされる竜。
土の都市テッラのフラーウムは明るく、幸福を授けるとされている竜。
闇の都市オプスクーリタースのアーテルは神秘と威厳を司る竜。ですが、同時に絶望や孤独、恐怖と言った負の力も持つとされています。
光の都市アルブスのルーメンは平和と祝福をもたらすとされる竜。
この七つの竜に会いに行き、その試練を乗り越え、その証として、”竜の雫”と呼ばれるものをもらってきてください。――
「これで分かりましたか?」
「…は、はい。手順は分かりましたが、私は魔法もないのに、そんなお偉い竜に会ってもいいんでしょうか…?」
「魔法の有無はそこまで大切ではありません。竜はそこに訪れた者の心の内を見透かします。どんな目的で来たのか、それはいうまでもなく、竜に伝わります。あなたがまず会うべきなのは、一番高難度とされている闇の都市を守護するアーテルに会うことです。」
「魔結晶を授かれば、私にも魔法が使えるんですよね?」
「はい。そうです。私がそうでしたから。ですから、イヴもきっと魔法を授かることができるでしょう。」
「雪の大地で氷柱を取っていただけの私に竜から認めてもらえるでしょうか…?」
「不安なのも分かりますが、あまり不安になるとアーテルはその心を見透かし、責めてきます。強く自信を持ってアーテルの元へ行かないと返り討ちにされてしまいます。」
「強く、自信を持って…。」
私はアイリス様に言われても自信が湧くことなどなかった。
「さぁ、私の説明は以上です。明日からアーテルの元へ向かってください。同行者も付けますので、安心してください。」
「同行者…?」
「ふふ、明日になれば分かりますよ。それでは、おやすみなさい。」
「あっ、アイリス様…ッ!」
椅子に座っていたはずのアイリス様は雲に溶けるように消えていった。私はそのまま再び暗い夢の世界へと落ちて行った。
翌朝。
「ん…。朝…?」
私が目を覚ますと太陽は既に顔を出していて、オーロラの街を照らしていた。時計を確認すると、午前七時。
「朝ごはんどうしよう…。」
ぎゅるるる。
私の呟きに答えるように私のお腹は正直に鳴った。
コンコン。
「あ、はい…!」
突然私の部屋の扉をノックする音が聞こえて、私は慌てて寝癖を直すように手櫛で髪を梳き、部屋の扉を開けた。
するとそこにいたのは、先日ぶりのガーネットさんの姿があった。
「ガーネットさん!ど、どうぞ、入ってください!」
私は何も言わないガーネットさんに少しだけの違和感を感じたが、部屋の中に誘導するように手を差し出した。
「ありがとう…、イヴ。」
部屋にある椅子に腰かけてもらい、私もその隣の椅子に腰かけた。
「ごめんね、イヴ…。こんなことに巻き込んで…。アイリス様から全て話してもらったんでしょう…?私がなんで雪の大地にいたのかも。」
「はい…。元々私を探し出すことを目的だったんですよね。」
「あの日あそこでイヴが助けてくれたのは偶然よ。私は数日かけてあの雪の大地を彷徨って、イヴを探したんだから。」
確かにあの時のガーネットさんとの出会いは偶然であろう。ガーネットさんが意図的に雪狼の縄張りに入って、近くにいた私に助けられるなどというシナリオなど、誰も予想がつかなかっただろう。あの夢の魔法を扱うアイリス様を除いては。
「私の居場所もアイリス様に教えてもらったんですか?」
「いーえ。ただ雪の大地に住んでいる少女を探すように言われただけで、ピンポイントな場所までは教えてくれなかったわ。」
「そうだったんですか…。じゃあ、本当にあの時雪狼に襲われていたのは偶然なんですね。」
「宝石将として助けてもらったのは面目ない…。でも、イヴに出会えたこと、嬉しかったの!優しくもてなしてくれたこと、一緒に夜遅くまで話明かしたこと…。どれもアイリス様の命令じゃなく、ガーネット…いえ、私の本名、パッシアが思い出として心に刻まれたものよ!」
「ガーネットさん…。宝石将としての名前が”ガーネット”で本名はパッシアさんっていうんですね。また一つガーネットさん…いえ、パッシアさんのことを知ることができました。これからも仲良くしてくれますか…?」
「ええ…ッ、ええ!もちろんよ!」
ガーネットさん基、パッシアさんはポロポロと涙を溢して静かに泣いた。
「ところでパッシアさん、どうして私の部屋に…?」
「アイリス様の夢で言ってなかった?闇の都市やほかの都市に行くのに、同行者がいるって。」
「あ…、確かに言っていました。誰だかは教えてくれませんでしたが…。もしかして…。」
「そう、そのもしかしてよ。私がその同行者。一緒にこの国を旅するのよ!」
「!そうなんですね!嬉しいです!」
私はパッシアさんとまた一緒にいることができるということに素直に喜んだ。
「さぁ、着替えて、イヴ!早速今日から闇の都市へ向かうわよ!」
「は、はい!あ、でも…。」
「でも?」
「あの…、お恥ずかしいんですが…、腹の虫が騒いでいて…。どこかで食事をしてからでもいいですか…?」
ぐるるる。
私のその言葉に賛同するかのように私のお腹も鳴り、空腹であることを主張してきた。
無理もない。昨日は色んなことがあり過ぎて、疲れた身体を一刻も早く休ませたかったため、ご飯を食べていなかったのだから。
「あっははは!イヴのお腹は正直ね!いいわ、先にこの宿屋の一階にはレストランがあるからそこで朝食にしましょう。」
「う…、す、すみません…。あ、あと、私の家なんですけど…」
「ああ、雪の大地にあるイヴのログハウスね。あとでアクアの都市にも行くからそれまで帰ることはできないけれど、大丈夫?貴重品とか…。」
「ある程度、大切なものは持ち歩いているので、そんな直ぐに帰りたいという訳ではないので大丈夫です。」
「それなら、よかった!あのログハウスには誰も住むことができないよう、こっちの方で根回ししとくから。」
「何から何まですみません…。」
「謝ることなんてないわよ!どーんと頼りなさい!」
いつにも増して、頼りになりそうなパッシアさんに私は笑みがこぼれた。
「さ、ほらほら、着替えて下の階に行くわよ!」
「あ、はい!」
そういうとパッシアさんは”部屋の外で待ってる”と言って部屋を出て行った。
私も旅支度として、洋服を着替えて、所持金が入ったポーチを腰に提げて、洗面所にある鏡の前でどこにも異常がないか最終確認をした。
「うん、よし、大丈夫!」
私は鏡の前でパンパンと両頬を叩いて気合を入れて、部屋を出た。
出る直前に両頬を叩いた所為か、頬が赤くなっていることをパッシアさんに問いただされたのはいうまでもない。




