第五話 不思議な飴玉
私の疑問にアイリス様は丁寧に説明してくださった。
「まず、この国の成り立ちは知っていますか?」
「あ、少しだけ…。七人の大妖精がこの国の色を、都市を創り出して、その都市ごとに大妖精を守護する竜を祀った…とか。」
「そうです。この国は七人の大妖精の力によって色が生まれ、そして都市が出来上がりました。言い伝えられている竜もこの都市にいるのですよ。」
「えっ、竜って言い伝えの中の話じゃなかったんですか?」
「民衆は皆、そう教えられているので仕方がありませんよ。実際この城の地下にはその大妖精を祀る神殿があり、そこには神殿を守護する竜も存在しています。」
「そう、なんですか…。」
私はスケールの大きな話に驚きを隠せなかった。先ほどから淡々と話を進めるアイリス様は若き女王らしい威厳を見せていた。
「ガーネットの話によれば、あなたは魔法が使えないと、聞きました。」
「ガーネットさん、そんなことまで言っていたのですか…?」
私はガーネットさんが個人的な話をばらまいたのかと、ちょっと複雑な気分になった。
「ガーネットのことを責めないでください。無理に聞いたのは私の方なのですから。」
私の心境を察したかのようにアイリス様は顔を少しだけ窓の外へと向けた。
「私も生まれつき、魔力が無い状態で生まれました。」
「えっ、アイリス様も…ですか?」
「はい。ですが、イヴ。あなたにもまだ希望はあります。この国には闇の都市があるのを知っていますね?」
「はい。帰って来られない人もいるとかで、人が寄り付かない、と…。」
「闇の都市は本来、人が生活できない都市でもあります。その闇の都市を守護する竜、名を”アーテル”といいます。そのアーテルに会いに行ってください。」
「え、え?どうして私が?」
「それについては、この飴を舐めれば分かります。」
「飴?」
私の前に差し出されたアイリス様の手の中にはコロンとした白っぽい飴が転がっていた。
「あの…、飴を舐めれば分かるってどういうことですか?」
「その飴は私の魔法で創り出したものです。今夜はオーロラで一泊してそれを舐めて今夜は眠ってください。大丈夫です、毒なんて盛ってませんから。」
そういってアイリス様はいたずらっ子のように、ふふっと笑った。
「そういえば…、ガーネットの話をしていませんでしたね。彼女は私が認めた”宝石将”という役職だと伝えましたね。」
「はい。でも、宝石将であるガーネットさんがどうして私の住む雪の大地に?」
「それは私が命令したのです。」
「アイリス様の命令…?」
「まずは私の魔法のことを説明しましょう。」
そういって、アイリス様はご自身の魔法について教えてくださった。
「私の魔法は後から生まれたものです。それは”魔結晶”と呼ばれる特殊な鉱石を使って意図的に魔法を身に付けることができる鉱石でもあるのです。それによって私が発現した魔法が夢にまつわるものなのです。私が夢は予知夢と呼ばれるものです。実際に夢で見たことが現実でも起こり得る…ということなのです。そしてもう一つ、その私が見た夢をこう言った飴玉にすることができる魔法です。私の子のロッドの先のキャンディポッドに私が見た夢を閉じ込めた飴を作り出すことができます。
そしてここ数日の夢であなたが出てきたのです。雪の大地で暮らすあなたと老人。そしてその後に燃え盛るこの都市の内容も…。その予知夢のこともあり、雪の大地で暮らすあなたの元へ、宝石将であるガーネットを向かわせたのです。」
「私と老人…?あ、ボレームスさんのことでしょうか…?」
「そのボレームス、という老人。元はこの都市に仕える宝石将だったのです。老いたことにより数十年前に宝石将の任を解かれ、その後は雪の大地で暮らしていると先代の女王から聞きました。」
「ボレームスさんが宝石将…?」
「信じられないのも無理ありません。ボレームスさんは何一つ自分のことを話そうとはしない人だと、先代の女王も言っておりましたので…。」
「そ、そうだったんですか…。」
私は驚愕の事実にただただ呆然とするしかなかった。私の取り巻く環境は普通のようで本当は特別なものだったのだと痛感した。
「あの、夢に出てきたのは私と燃え盛るこの都市、って言ってましたよね?どういうことですか?」
「夢ではこの都市だけでなく、他の都市でも同様に炎に包まれた情景が浮かび上がりました。」
「他の都市も…?」
「はい、それに夢には大きな竜も出てきました。あれはこの央都オーロラを含んだ七つの都市を守護するどの竜でもなかったのです。私も文献で読んだことしかないのですが、恐らく夢に出てきた竜は”破壊の竜”だと思われます。」
「”破壊の竜”…?」
「はい。七人の大妖精を守護する七つの竜の力が負の力となり、それが形となったのが、”破壊の竜”であると…。」
「その”破壊の竜”がアイリス様の夢に出てきたということはいずれ、この世界を破壊するために生まれるんですか?」
「察しが良くて助かります。その通りです。私の夢は外れたことがありません。私の夢に出てきた”破壊の竜”そして、あなたの存在…。私はあなたが”破壊の竜”を止める術だと確信しました。」
「そんな、私にそんな力は…。」
「ですから、闇の都市に向かっていただきたいのです。」
「何故闇の都市に…?それに闇の都市の竜のアーテル?に会え、とか…。」
「闇の都市を守護する竜、アーテルに会うことができると、その人を認めた証に竜の鱗と魔結晶をもらうことができるのです。」
「つまり、私もその竜に会って魔結晶を授かることで魔法を使える状態にして、”破壊の竜”との対峙に備える…ということですか。」
「その通りです。わたくしの身勝手なお願いであることも承知です。あなたが夢に出てきたことは偶然ではないはずです。どうか、どうかこの国を守ってください…。」
そう言ってアイリス様は椅子に座ったまま、頭を下げた。
「そ、そんな…!そんな大役私には無理です!そんな力を授かっても役に立たない代物だったら意味がないじゃないですか!私はただただ雪の大地で暮らしていたかったんです!なのになんで今更こんなことに巻き込まれなきゃいけないんですか!」
「…酷なことを言いますが、夢に出てきたのはあなたとわたくし直属の宝石将の面々のみでした。あなたにしか頼めないです。あなたが断れば、あなたのそのずっと住み続けたい雪の大地も炎に包まれることになります。」
「そ、それは…」
たじろぐ私にアイリス様は続けた。
「その”破壊の竜”が現れるのはいつになるか分かっていません。また夢で見るかもしれませんが…。今は一刻も早くあなたを宝石将として迎え入れることを最優先に考えています。」
「私が…、宝石将に…?」
「はい。宝石将になるための手順はその飴を舐めた時にお話しするかと思います。どうか、お考えください。」
そういって私はそのままアイリス様の自室から出て、王室が贔屓にしている宿屋に泊まることなった。
「こちらがイヴ様のお部屋になります。」
「えっ!こんないい部屋私一人で使っていいんですか!?」
「はい。なにかございましたら、なんなりとお申し付けください。」
そういって宿屋の従業員は下の階へと下りて行った。
私が案内された部屋はオーロラの街が一望できる、とても私の持っているお金じゃ泊まることのできない部屋だった。
私はそのままふかふかのベッドにダイブした。
「(今日は色んなことがあった…。いや、ありすぎて脳の処理が追い付かない…。)そういえば…。」
私はアイリス様の自室から出るときにポッケに入れた、飴玉を取り出した。
アイリス様の魔法が込められた不思議な飴玉…。私は宿屋のお風呂を借りて、今日一日の疲労を癒すとベッドに寝転がり、その飴をぱくっと口に含んだ。
「(あ、美味しい…)」
そんなことを思っていると、段々と眠くなってきた。飴玉は不思議な味で、なんだかしゅわしゅわとしていた。私がその感覚に浸っていると、いつの間にか私の意識は飴玉のようにとろけていった。




