第四十五話 アルブスの雫
私はルプアのタルトをゆっくりと味わい、チピレットのフレーバーティーを口直しに、ちびちびと飲んでいると、私の頭の中にアルブス様の声が響いた。
『イヴ、聞こえますか?私です。アルブスです。ゆっくりと時間をいただき、ありがとうございました。もう充分アーテルと話ができたので、戻ってきてください。私の雫を差し上げます。』
私は頭の中に一方通行でやってきた声の主に最初はびっくりして持っていたティーカップを落としそうになったが、なんとか踏みとどまった。私は返事を送ることができなかったため、今までゆっくりと飲んでいたチピレットのお茶をごくりと一気に飲み干すと、出かける準備をした。
「ご馳走様でした。タルトもお茶もとっても美味しかったです。」
「ありがとうございます。もしかしてお客様、ここの都市の人ではないですよね…?もしよかったら、二号店も出来ましたので、そちらにもお越しください。」
「二号店…?」
「はい。この度大盛況をいただきまして、オーロラに二号店を開くことになりまして。そこは”カフェ・チピレット”という名前でして、ここはルプアを専門に扱っていますが、オーロラの店はチピレットを専門に扱うお店になっているんです。お客様、チピレットのお茶がお気に召されたのであれば、オーロラのお店にも立ち寄ってください。絶対美味しいお菓子やお茶に出会えますから!」
「分かりました。ぜひとも行かせていただきます。」
会計をしてくれた店員さんに猛烈に勧められて私は今度オーロラに行ったときは二号店を探そうと、そしてそのお店にはパッシアさんも一緒に行こうと決めたのだった。
帰りがけに会計のところに置いてあった二号店の場所が記された小さな名刺のようなカードを貰って私はお店に来た時と同じようにウキウキとした気持ちでお店を後にした。
私が神殿に着くと、アルブス様は笑顔で出迎えてくれた。
「ああ、イヴ、よかった。私の声が届いていたのですね。あの魔法は一方通行でしかやりとりができないのが難点なんですよね…。」
“はぁ…”とため息を吐く、アルブス様は数時間前に見た時よりも、なんだかフレンドリーになった気がした。これもアーテル様と心行くまで話ができたからだろうか。
「それはよかったです。私も少し有意義な時間を過ごさせていただきました。アーテル様のところに行った魔導士の方は…?」
私はもう既に水晶の遠隔透視魔法が切れていることが不安に感じて、アルブス様に問いかけた。
「ああ、ガーネットの子なら、私とアーテルの話が終わってから、闇の都市を立ちましたよ。全速力で戻るから、イヴには待っててもらいたい、と伝言を預かっていますよ。」
「そうなんですか、よかった。」
私がほっと息を吐くと、アルブス様はくすりと笑った。
「あの子と仲が良いのですね。」
「いえ…、師匠と弟子ですよ…。」
「師匠と弟子の前に友人ではないのですか?」
「友人…でいいんでしょうか。」
「少なくとも私は友人と接しているように感じましたよ。」
私はしばらく一人で生きていたため、友人と呼べる人物ができたことがなかった。だから、パッシアさんのことも友人と呼んでいいんだろうか、どこからが友人の線引きとなるのか、それが分からなかった。
私が悶々と考えていると、アルブス様はその重そうな体を起こした。
「約束の雫を渡さねばなりませんね。こちらに手を。」
私はそう言われて、思考を止めるとアルブス様の前に両手を差し出した。
アルブス様がゆっくりと体を私の手に近付けると、ぽたりとアルブス様の雫が私の手に落ちた。
「アルブス様、ありがとうございます。えっと、竜巡りはこれで終わりでしょうか…?」
「最後にオーロラを守護する竜、アルクスに会うのです。私たち各都市の竜からもらった竜の雫を見せれば、アルクスの竜の鱗を貰えることでしょう。それを持って女王に報告し、魔導士ギルドに書類を提出すれば、晴れて宝石将と名乗ることができるでしょう。」
「最後にオーロラの守護竜に会うんですね。分かりました。」
私がそういってアルブス様にお辞儀をすると、丁度いいところにパッシアさんがやってきた。
「イヴ!雫はもらえた?」
「パッシアさん!はい、今しがた雫を貰い受けました。あとはオーロラで守護竜に会えばいいと伺ったところです。」
「あと、もう少しで宝石将になれるわね。よし、じゃあ、オーロラに帰りましょうか!」
「イヴ、ガーネットの名を持つ子よ。二人にはお世話になりました。私もアーテルも久しぶりに話せて満足しています。試練の内容だったとはいえ、手間を取らせて申し訳ありません…。」
「そんな!アルブス様と話しているアーテル様は至極楽しそうでしたから、私たちはそのお手伝いができて嬉しかったですよ、ね、イヴ。」
「はい。私なんかは途中で抜けてしまったので、協力はごくわずかなものでしたけど…。」
「イヴ、謙遜はしなくていいのですよ。あなたも協力してくれたことに変わりはありません。私たちのことを気遣って、席を外してもらったり…。」
「あれくらい、大したことじゃないですよ。でも、アルブス様もアーテル様も喜んでくれたのなら、嬉しいです。」
私はにこっと笑みを浮かべてアルブス様を見つめると、アルブス様は目を細めた。
「イヴ、あなたには女王アイリスからその過酷な未来を言い告げられているかと思います。ですが、あなたなら立ち上がれる。その力があります。どうか、負けないで。」
「”破壊の竜”のことですか…?本当に復活してしまうんですか?」
「私たち竜にも分かりません。ですが、夢の魔法を持つ女王アイリスがそう予言したなら、現実に起こり得ることなのでしょう。一刻も早く、アルクスに会い、その宝石将の称号をもらい受けることです。あとは、アイリスの元でその時を待つしかありません…。」
「そう、ですか…。分かりました。なるべく早くオーロラに向かいますね。さ、パッシアさん、行きましょう。」
「ええ。そうね。”破壊の竜”が復活する前に。」
私たちは気持ちを新たにしてアルブス様の元を後にした。




