第四十四話 散策
私とアルブス様が話している間、パッシアは全速力で闇の都市へ向かっていた。
時折魔法によって繋がっている水晶から楽しそうな笑い声が聞こえているが、パッシアはそれを微笑ましく思い、更に飛ぶスピードを速くしたのだった。
「あはは…、アルブス様、お話しが上手ですね!」
「いえいえ…、これも過去に起こったこと…そんな風に笑ってもらえるなんて、当時の私たちでは思いもしなかったことでしょう…。」
「過去のアルブス様はやんちゃだったなんて誰も予想できませんよ。今ではすっかりご隠居さんになってますし…。」
「竜は守護する街のことを見守っていますから。ずっと辺りの様子を遠隔透視魔法で見ているので、これも疲れるんですよ?」
「確かに今まで出会った竜も、遠隔透視魔法とか転移魔法とか使えてましたね…。竜によって使える魔法が違ってくるんですか?」
「竜は基本的に皆、同じ魔法しか使えませんよ。私も転移魔法を使えますが、滅多に使わないだけで…。」
「そうなんですね。竜のことがまた一つ知ることができました。」
「イヴ!繋がってる!?」
私とアルブス様が楽し気に団らんとしていると、切羽詰まったようなパッシアさんの声が水晶から聞こえてきた。
「パッシアさん!はい、繋がってますよ!」
「よかった…、闇の都市に着いたわよ。アーテル様も事情を理解してくれて、私の傍にいるわ。ほら、アーテル様、アルブス様ですよ。」
「あ…アルブスか…?」
私が水晶をアルブス様の目の前に持っていくと、水晶の先にはこちらを覗き込んでいるアーテル様がいた。旅を始めてから一番最初に出会った竜であり、私に大切なことを教えてくれた竜である。
「はい。アーテル…ですよね…?」
「ああ。久しいな。」
水晶の先のアーテル様はなんだか緊張しているようで、直ぐに押し黙ってしまった。
二匹の竜の間に静寂が訪れてしまい、私はどうしたものかと考えた。アーテル様と話したいと言ったのはアルブス様だ。アルブス様から話しかけてもらわないと、今回の試練は難航してしまう。
「アルブス様、私たちは少し抜けますから、二人で気の済むまでお話しください。竜が皆同じ魔法を使えるなら、私の頭の中に話しかけることもできますよね?」
「あ、ああ…、それなら私にも使えるけれど…。本当にいいのですか?」
「はい。二人でちゃんと話してください。全然会えなかったんでしょう?」
「それはそうだが…。アーテルがそれを了承してくれるか…。」
「儂は構わないぞ。」
水晶の前でオロオロとしているアルブス様の姿を見て、水晶の先のアーテル様はそう言った。
「え…、アーテル、いいのですか?」
「儂もアルブスと話したいのだ。断る理由などない。」
「アーテル様もそう言ってますし、アルブス様、心行くまで話してきてください。」
「イヴ…。ありがとうございます。このような場を設けてくれたこと、忘れません。では、話し終わったら、呼びかけますね…。」
「はい!ごゆっくり!」
そういうと私は水晶をアーテル様の元に残したまま、神殿を出た。
「さて、これからどうしようかな…。」
私はアルブス様達が気の済むまで話している間、暇を持て余すこととなった。
「(モンスターを狩って時間稼ぎをしたいけど、こんな平和な街にモンスターなんて出ないだろうし、光の都市を出ちゃうと、光の都市でのことを忘れちゃうから、アルブス様のことも放っておくことになっちゃうし…。)うーん…。」
私が頭を抱えていると、ふわりといい香りが鼻孔を擽った。
「ん…?いい香り…。」
私はその香りに釣られるように、神殿を離れて行った。その香りは神殿のある土地の下の段にあるお店が立ち並ぶ地区にあった。
「ここから香りがする…。」
私が立ち止まったお店の前には少しだけ人が集まっていて、誰もがその香りに誘われてきたようだった。
「(カフェ、ルプア…?)」
ルプアとはこの世界でいう林檎のような木になる果実のことだ。
私はルプアを使ったお菓子などは作ったことがあったため、少し親近感が湧き、お店に入ることにした。お店の中はほぼ満席で忙しなく店員が店内を歩き回っているのが、なんだか風の都市で出会ったペチナが働くお店である”満腹”を思い出した。
「あ、いらっしゃいませ!一名様ですか?」
「あ、はい。席は空いていますか?」
「はい。カウンター席でよろしければ、空いていますが、どうされますか?」
「じゃあ、カウンター席で構いません。」
「では、こちらへどうぞ。」
私は店員に勧められるがまま、カウンター席へと案内され、メニュー表を渡された。
「本日のおすすめは、ルプアのタルトですね。それとフレーバーティーはチピレットとなっております。」
「では、そのルプアのタルトとチピレットのフレーバーティーを一つずつお願いします。」
「かしこまりました。」
そういうと店員さんはメニュー表を受け取って店内の奥へと行ってしまった。
私はきょろきょろと店内を見回してみると、お客さんのほとんどが女性で、皆幸せそうな顔でスイーツを頬張っていたり、お茶を飲んで談笑していた。そんな雰囲気に私がほっこりしていると、フレーバーティーが運ばれてきた。店員さんは私の座るカウンターの目の前でポットからカップにお茶を注いでくれた。
ふわりとポットからチピレットの甘い香りがした。私がこの店に誘われたのも、この香りがその正体だったようだ。
「ごゆっくりどうぞ。」
そういってお茶を注いでくれた店員さんからカップを受け取ると、私はふーふーとお茶を冷ましてから一口お茶を飲んだ。
チピレットの優しい甘さが口いっぱいに広がり、その香りも楽しむことができた。しばらくすると、頼んでいたタルトも届き、私はウキウキとした気持ちを落ち着かせるようにお茶を一口飲んでからルプアのタルトにフォークを立てた。




