第四話 女王アイリス
私たちが央都オーロラに着いた時には、既にお昼近くで、私たちはまず、腹ごしらえをすることにした。
街に入ってすぐの大通りにはたくさんのお店が並び、この光景は私も氷柱を納品する際に通るため、見覚えがあった。
「ここのサンドイッチが美味しいのよ!」
「そうなんですか?じゃあ、ここでお昼にしましょうか。」
ガーネットさんが勧めてくれたお店に入ると、お昼時なのもあってか、席はほとんど満席で私たちは目的がサンドイッチだったため、立ったままでも食べられることからテイクアウトすることにした。
「ありがとうございました~」
店員さんの声を背にして私たちはお店を離れて、通行人の邪魔にならないような場所に移動した。近くの公園のような場所のベンチに座ると、早速お店から買ってきた紙袋を開けた。
すると、香ばしいパンの香りがふわっと広がった。
紙袋からサンドイッチがくるまれた包みを取り出した。サンドイッチを包んでいる紙をはがし、私たちは声を揃えた。
「いただきまーす!」
ぱくりと一口サンドイッチを頬張ると、香ばしいパンの香りと、しゃきしゃきの野菜、ジューシーなお肉に、ピリリと効いた胡椒の味がアクセントになっていて、とても美味しかった。
「お、美味しい!初めて食べました、こんなに美味しいサンドイッチ!」
「ね!美味しいでしょ?私もよく利用するのよ、あのお店。サンドイッチの他の料理も美味しいんだから!」
「今度氷柱を納品しに来た時には寄らせてもらいます!」
私は新しい楽しみを見つけた喜びで、ご機嫌になり、パクパクとサンドイッチを頬張った。
二人してサンドイッチを無言で頬張っていると、急に通りがザワザワしだした。
「ど、どうしたんでしょう…?」
「この賑わいは…、あー、時間的にそうかもしれないわね。イヴも興味ある?」
「ガーネットさんはこの騒ぎの原因が分かるんですか?」
「まぁね。イヴが興味あるなら、騒ぎの中心に行ってもいいけど。」
「ちょっと気になりますね…。いつも氷柱を納品しに来る時にはこんな賑わいはないので…。」
「なら、ちょっとだけ行ってみましょうか。」
そういったガーネットさんはいつの間にかサンドイッチを完食していて、私は慌ててサンドイッチを頬張って包んでいた紙をくしゃくしゃと丸めて、ごみ箱に捨てた。
「さ、行きましょう。」
私はガーネットさんに付いていった。人混みは苦手な方で、氷柱を納品しに来るときもできるだけ人混みは避けて、そそくさと家へと帰っていた。
次第に人が多くなってきて、私はガーネットさんを見失わないようにしながら、人混みを掻き分けて、賑わいの中心へと向かった。
賑わいの中心は皆、上を見上げていた。
「(上…?)」
私も周りと同じように顔を上げると、そこにはいつの間にかアルクス城が見えていて、そこにはバルコニーから手を振る、私と同じような銀髪の少女がいた。
その瞬間、私とその少女との間の時間が止まったように感じた。
「(この子…、目が…?)」
そう、アルクス城のバルコニーから手を振る少女は目を閉じたまま、民衆に手を振っていた。
私が彼女に釘付けになっていると、手を振っていた少女の目が開かれた。
開かれた瞳は薄い紫色でとても澄んでいた。
「(綺麗…儚いってこういうことを言うんだ…)」
私が呆然としていると、少女と目が合った、気がした。
「(こっち見た?)」
そんなことを思っていると、少女は直ぐに目を閉じてしまって、後ろに控えていた騎士であろうか、そんな風貌の青年に耳打ちしていた。
「(目が合ったのは偶然か…)」
私はふっと、目線を元に戻すとそこにはガーネットさんも隣で上を見上げていた。
「ガーネットさん…?」
「あ、ああ、ごめんね。イヴ、ちょっと面倒ごとに巻き込んじゃうかもしれない…。」
「ガーネット様、今すぐ城内へとお入りください。」
「!?」
私はガーネットさんの言っていた面倒ごとというのがどういうことか少し分かった気がした。
――私たちはいつの間にか騎士風の装備を身にまとった青年の後をついて行って、アルクス城の城内に入っていた。
静かな城内を私たちの足音だけが響いていた。
「ここの部屋にてアイリス様がお待ちです。同伴の方もお入りください。」
「わ、私もですか?」
「はい。アイリス様はあなたも連れてくるようにと言われています。」
なぜ私も呼ばれたのか分からないまま、青年は大きな扉を開けた。
そこには大広間が広がっており、その奥には大きな玉座に座っている先ほどバルコニーから手を振っていた女王、アイリス様がいた。
その玉座を守護するかのように左右に数名ずつ人が立っていた。
「あー!やっとガーネットちゃん戻ってきた!」
「こら、アメジスト。女王の前ですよ。」
「だって、ガーネットちゃん数日前に消息絶っちゃったんだもん!心配になるでしょ!」
「まぁ、そうですが…。少しは静かにしなさい。」
「はぁい。」
女王様の左右にいる中でも、一番背の低い綺麗な紫色の髪の少女がぴょこぴょこと動いているのに対して、注意した青年は真面目そうな眼鏡をかけた藍色の髪をしていた。
そんな二人のやり取りを聞いた私はびっくりして隣にいたガーネットさんを見た。
ガーネットさんは冷や汗を掻いているようで目の前にいる女王様の方を見たまま動かずにいた。
「よく帰ってきました、ガーネット。そして、そのお連れのイヴさん。」
「!?(ど、どうして私の名前まで?)」
「今、どうして自分の名前が分かったのか不思議でしょうがないでしょう?ガーネットからの通信魔法で知ったのですよ。」
「つ、通信魔法?」
聞いたことのない魔法の名前で私はきょとんとした。
「昨夜消息を途絶えてしまっていたガーネットから通信魔法を受けて、ガーネットが出会った”イヴ”という少女についてお話を聞きました。そして、私自身、興味が湧いてしまって…。興味を持つと、とことんお話をしたくなってしまう性分でして…。あなたとは一度二人きりでお話がしてみたいのです。皆さん、いいですか?」
「御意。」
女王アイリス様の左右にいた人たちは片膝をついて、こうべを垂れた。それはガーネットさんも同じで、どうしてガーネットさんもそんなことをしているのか。どうして女王様の左右にいる人たちと知り合いなのか、私の頭の中には消化しきれないほどの疑問が浮かんでいた。
その後、私は先ほどガーネットを見て、話をしていた真面目そうな藍色の髪の青年に連れられて、女王アイリス様の部屋へと通された。
無論、ガーネットさんとは女王様の謁見の間から離れるときに別れてしまった。聞きたいことが山ほどあったのに、それが聞けずに私は悶々としていた。
「さぁ、どうぞ、お入りください。」
「あ…、は、はい。」
眼鏡の青年に促されて、私はギィッと大きな扉を開けた。
するとそこには、窓の傍の椅子に腰かけてそよそよと髪が風で揺らいでいた女王、アイリス様がいた。
「あ、やっと来ましたね。すみません、私個人のお部屋にご案内して…。」
「あ、いえ、そんな…。」
私は女王様と見るのも初めてでどう対応していいのか分からず、部屋の入り口で立ち尽くしてしまった。
「さ、こちらに来てください。あなたのお話が聞きたいのです。」
私は女王様が手を差し出した、窓辺の椅子へと静かに近寄り椅子に腰かけた。
私が座ると、それを見計らったかのように女王様は口を開いた。
「”どうして私なんかが”とお思いでしょう?ふふ、それも無理ありません。突然のことですものね。」
「あの、ガーネットさんは一体…」
私はまず、最初にガーネットさんの正体のことが気になって、アイリス様に訊ねた。
「まぁ、ガーネットは自分の身分のことも話してなかったのね。まぁ、通信魔法の時の態度を見ればそうだったかもしれないわね…。」
「あの…。」
「あ、そうね。ガーネットの正体よね。ガーネットはこの国、この私が認めた”宝石将”の一人、宝石ガーネットの称号を与えた魔導士です。」
「宝石将?」
「一から説明しますので、安心してください。」
そういってアイリス様はこの国のこと、宝石将という役職のことなどを一から私にも分かりやすいように説明を始めた。




