第三話 オーロラへ
翌日。珍しく晴天に恵まれた今日。
私は昨日夜遅くまでガーネットさんと話明かしてしまった。ガーネットさんからはオーロラの話を聞かせてもらい、更に観光するのが楽しみになってしまい、ガーネットさんが先に寝落ちしてしまった後も、私はわくわく感からなかなか眠ることができなかった。
ぱちくりと瞬きをしてゆっくり体を起こすと、隣にはすやすやと寝息を立てて眠るガーネットさんがいた。昨日私より早く寝たのにまだ眠っているとは、どれだけ寝るんだ、この人。と思いながらも私はベッドから降りた。
着替えを済ませて、キッチンで朝食の準備をしていると、眠いのであろう目を擦りながら、ガーネットさんが起きてきた。
「ガーネットさん、おはようございます。」
「おはよ~、イヴ。」
「さ、朝ごはんができるので、奥にある洗面所で顔を洗ってきてください。」
「はーい。」
ガーネットさんが洗面所に行ったのを確認すると、私はリビングのテーブルに、パンやジャムを並べ、朝ごはんの準備を進めた。
今日の朝ごはんは、仕事で行くオーロラで買ってきたロールパンと自家製の果物のジャム、スクランブルエッグにカリカリに焼いたベーコン、ミニトマトを添えて、ホットミルクも準備した。
全ての料理を並べ終えると、丁度いいタイミングでぼさぼさだった髪の毛を一つに束ねたガーネットさんがやってきた。
「んー、いい香り。全部イヴの手作り?」
「パンはオーロラに行ったときに調達したもので…、ジャムは私が作りました。その他も食材はオーロラで調達したものですが、料理は私がしましたよ。」
と、私が言うと、ガーネットさんは目を輝かせた。
「すごいわ!イヴ!料理もできるなんて!」
「すごくないですよ。一人暮らしして長いですから。」
「すごい、って誇っていいわよ?少なくとも私は実家暮らしだから、料理なんてできないもの。」
「確か、ガーネットさんの実家はイグニスにあるって言ってましたよね?イグニスってずっと暑いんですか?」
「まぁ、平均気温は高い方だと思うわ。雪の大地で育ったイヴにはきついかもしれないわね。」
ガーネットさんの出身地のことは昨日の夜、ガーネットさんの生い立ちを聞かせてもらった時に教えてもらった。
そこまで話すと、ガーネットさんは椅子に座り、手を合わせた。
「いただきます。」
「いただきます。」
私もガーネットさんの正面の席に座って手を合わせた。
「んーッ、このジャム美味しいわ!なんの果物使ってるの?」
「それはここの大地にある雪イチゴから作ったんですよ。それも売ろうかと考えたんですけど、舌の肥えたオーロラの人に食べさせるのもなんだか…。」
「そんなことないわよ!充分美味しいわ!これも、売りましょ!」
「ガーネットさんに褒めてもらっただけで嬉しいですよ。ジャムも売るのは検討しときます。」
私は苦笑いを溢しながら、その話題に上がったジャムをロールパンに塗って、パクリと食べた。
朝ごはんを済ませると、ガーネットさんも皿洗いを手伝ってくれた。本当はお客様だから、しなくていいと断ったのだが、ガーネットさんは頑なに譲ることはなく、仕方なく私の方が折れて、手伝ってもらうことにした。
朝食の片付けを済ませると、ガーネットさんは旅支度をした。
「さ、オーロラに行くわよ!イヴ、準備はいい?」
「な、なにを持っていけばいいですか?」
「そんなに大荷物じゃなくていいわよ。いつも氷を納品しに行ってるんでしょ?その時くらいの装備で構わないわよ。」
ガーネットさんにそう言われて、私はいつも氷柱を納品しに行くときと、同じくらいの荷物を持って外に出た。首元がもこもことした青色のケープに、同色のリボン、その中央には紫の宝石が輝いていた。ケープの下にはパフスリーブブラウスを合わせて、パンツはかぼちゃパンツを合わせた。ニーハイにこれも首元と同じようなもこもことしたリボン付きのブーツを履いていた。そして私の腰にはお金が入っているポーチがぶら下がっていた。
「じゃあ、魔法かけるわね。地面を蹴れば身体が浮くと思うし、進みたい方向とかは、自分の意思で変わるから安心してね。」
「は、はい、よろしくお願いします…!」
私がそういうとガーネットさんは目を閉じて、手を私の方にかざした。すると、私の身体がふわりと浮く感じがした。
試しに地面を軽く蹴ってみると、身体はふわりと浮き上がり、地面からどんどん離れて行った。
「わ、わ…わわ…、飛ぶのって難しいですね…!」
「そのうち慣れるわよ。さ、オーロラに行きましょ!」
私が空中でわたわたとしていると、隣に箒に乗ってふわりと浮き上がったガーネットさんが並んだ。
「いざ、オーロラへ!」
オーロラへの道のりはいつも歩いて行くため、数日間かかるのだが、今回は結構な速度で飛んでいるため、今日中には央都オーロラに辿り着くことができそうだった。
「どう?イヴ、気持ち悪かったりしない?」
「だ、大丈夫です!ちょっと、風が冷たいですけど…。慣れっこなので!」
「我慢せずに、休みたいときは言ってね。地上に降りるから。」
「あ、ありがとうございます!」
そういうとガーネットさんは再び行く先を見た。その時私はふと、思った。
「あの、ガーネットさん、私たちが初めて出会った時、雪狼に襲われてる時、どうして飛ぶことを考えなかったんですか?」
「……あ。」
「……ま、まさか…、忘れてた…とかじゃないですよね?」
「そ、そのまさかよ…。あー!なんでこう大事な時に忘れちゃうかな!」
ガーネットさんは頭を抱えて闇雲に飛び回った。
「が、ガーネットさん、落ち着いて!危ないです!」
「ふぅ…、でも結果的にこうしてイヴに出会えたし、別に飛ばなかったのも悪い選択ではなかったわね。」
「まぁ、私も偶然気付いたので…。」
「どうして私が襲われているって気付いたの?」
「私、ちょっと耳が良くて、多分ガーネットさんの息切れが聞こえたんだと思います。」
「私の呼吸が聞こえたの?」
「はい。遠くで、でしたけど。誰かが走っているんだろうな、と思ったんですけど、その息遣いと共に雪狼の呼吸も聞こえたので、襲われているんじゃないかと思って。」
「すごいわね…。そんなに耳がいいのね。」
「昔から耳が良くてその所為で聞きたくない言葉とかも聞いちゃったりするんですけど…。」
「あー、そういったデメリットもあるのね。」
「ガーネットさんは何か特技とかあるんですか?」
「私?私は…身体能力が高いことくらいかしら…。」
「身体能力?」
私は飛びながら、首を傾げた。
「そ。身体が柔らかいっていうのかしら。ちょっと職業柄、身体が資本だから。」
「ガーネットさんの仕事って…?」
「ま、まぁ、追々話すわよ!さて、オーロラの代名詞のアルクス城が見えてきたわよ!」
あからさまに会話を切られて私は、またもや聞いてはいけないことに踏み込んだのだと、察知して、それ以上は聞かなかった。
ガーネットさんの言葉に私も前方を確認すると、オーロラに築かれたアルクス城が見えてきていた。
ちなみにアルクスというのは、オーロラの都市を守護すると言われている竜の名前だと、ボレームスさんから聞いたことがあった。
白亜の城は今日の晴天も相まって、眩しいほどに光り輝いていた。
「あの、この飛行魔法ってどうやって着地すれば?」
「ああ、降りたいところを決めて、身体を地面と垂直なるように真っ直ぐにすればいいのよ。そうすればスピードが緩まって降りられるから。」
「わ、分かりました!やってみます!」
「私が先に降りて待ってるから、少しずつでいいから、降りてらっしゃいな。」
「は、はい!」
そういうとガーネットさんは、箒でのスピードを上げて、下降していった。
ガーネットさんが降り立ったのは、オーロラの街に入る手前だった。
「(体を真っ直ぐに…)」
私は言われた通りに、身体を立つように真っ直ぐにした。
するとガーネットさんが言った通り、ゆっくりとスピードが緩まり、地面へと近付いていった。
「よっと…。」
なんとか着地できた私にガーネットさんが駆け寄ってきた。
「上手くできたじゃない!さ、オーロラの街へと入りましょう!」
私はガーネットさんに手を引かれてオーロラの街へと入って行った。