第二十話 地下迷宮
「き、君は誰…?」
私にそう問いかけてきたのは、紛れもなく目の前の青き竜だった。
私の勝手なイメージだが、竜ってのはもっと荘厳で長い時を経て気丈な振舞いをしているものだと思っていたのだが、目の前の竜はそうではなかった。
「私の名前はイヴ。あなたは水の都市アクアの守護竜のカエルレウム様ですか…?」
「えっと…、イヴっていうんだね。そ、そうだよ。僕がカエルレウム。びっくりしたよね、こんな気弱そうな竜で…。」
「いえ。私の勝手なイメージがありましたし、色んな人間がいるように竜にも十人十色ではないですけど、それぞれ人格は違うと思います。」
「君はしっかりしているね…。僕なんて人が来るまで真っ暗な中ずっと一人でいなくちゃいけないんだもん…。」
私は”そうか”と納得した。この空間は人が入ってくることで松明に火がつくため、人が来ない限り明かりはつかない。それに竜一匹でいなくてはいけないため、心細いことだろう。
「あの…。本当にここには誰も来ないのですか?私みたいな試練を受けに来る魔導士とか…。」
「試練を受けに来る子も最近は来なくなったなぁ…。君が久しぶりの来訪者だよ…。こんな僕の話を聞いてくれる?」
「私でよければ。お話相手になりますし、試練も受けます。」
「じゃあ、先に試練を受けてもらってから、僕とお話してね。えっと、試練って言うのは…」
私は今、真っ暗闇にいた。
「真っ暗で何も見えない…。火つけても大丈夫だよね…。」
私はそう呟くと、腰のポーチからランタンを取り出して、火をつけて明かりを生み出した。
明るくなったが、周りはほとんで壁で前を数メートル照らしているだけで全体を垣間見ることはできなかった。
私が何故こんなところにいるかというと、これがカエルレウム様の試練だからだ。
「試練っていうのはね、この空間の地下にある迷宮のゴールから僕の大好物のチピレットっていう果物を持って帰ってくることなんだよ。」
「迷宮…?果物を持ってくればいいんですね。分かりました。直ぐに戻ってきますから、もう少し待っていてくださいね。」
「うん…!気を付けてね…!」
私はそう言ったカエルレウム様の言葉を振り返る。
“気を付けて”と彼は言った。つまりはこの迷宮には少なからず危険があるかもしれないということだ。
「気を引き締めないと。」
私は両頬をぺちぺちと叩いて、自分を鼓舞すると、ランタンを持って壁伝いに歩き始めた。
私はどれほど迷宮を彷徨っただろうか。時間の感覚が分からなくってきたが、ゴールは未だに見えない。危険とも遭遇していないのだが、本当に私はチピレットという果物を持って帰ることができるのだろうか。それともゴールさえできず、ここで屍となってしまうのか。そう考えただけでも、ぞぞぞ、と身を震え上がらせた。
「(そういえば…)」
私はいつだか、本で見つけた迷路の脱出方法を試してみることにした。
それは右側、もしくは左側の壁を手で伝いながら進む、という方法だった。時間はかかるかもしれないが、これが確実ではないかと思った。
左手で壁を伝い、右手でランタンを持って足元を照らして、進んでいると、ふわりと甘い香りがしてきた。
「(もしかして、カエルレウム様が言ってたチピレットっていう果物が近いのかも!)」
私は焦る気持ちを抑えて、新調に進んで行った。まだ危険がないだけが救いだが、チピレットが近いからと言って気を抜いてしまうとそれこそ自ら危険に晒しているようなものだ。
ゴールが近いことを祈りつつ、私は足元を照らしながら前に進んだ。
「ッ!!」
突如。私の数メートル先で魔力の気配を感じ、それに合わせて私への殺気を感じた。
私はものの数秒で腰のポーチから鎌となる杖を取り出し、一気にへと転換した。
私はランタンと鎌を器用に持ちながら、数メートル先を照らすと、暗闇の中で二つの赤い光がゆらりと揺らめいた。
その瞬間、気付いた時には目の前の気配がいつの間にか私の後ろに移動していた。
「(速いッ!)」
私は後ろを振り返る勢いのまま、鎌を振ったが、それは空振りに終わった。
私はそのまま一回転し、また正面に戻ると私の攻撃を避けた対象を認識した。
「!!」
それは一言でいえば”死神”そのものだった。
黒く薄汚れ、裾がボロボロになったケープを被り、そのフードの中から覗く二つの赤い目玉は先ほどからぎょろぎょろと動いていて、とても気持ち悪かった。私と同じような鎌を持ち、いかにも死神のイメージを再現した格好だった。
「(これがカエルレウム様が”気を付けて”って言った理由か…!)」
私がそう思っていると、向こうから攻撃を仕掛けてきた。
私は狭い迷宮の通路の壁を利用して、壁を蹴り上がって死神の頭上に移動した。私が体をめいいっぱい捻じり、回転を加えて攻撃をすると今度は避けられることなく、私の鎌は死神に突き刺さった。
だが、手ごたえを感じなかった。
「(おかしい…。こいつ、本体じゃない?)」
そう、私が一瞬でも予測した通り、死神はカゲロウのようにゆらりと揺らめくと、消えていった。
「(本体は…ゴールにいるっていうことか…!)」
私はそう思って急いで迷宮を攻略すべく左手で壁伝いに走った。




