第二話 過去
第二話 過去
私はガーネットさんがお風呂に入っている間に取ってきた氷柱が入った籠を外に出して、部屋の温度で溶けないようにした。
「ふぅー、さっぱりしたわ。着替えもありがとうね。イヴ。」
「大きさは問題ないかと思いますが…。温まったならよかったです。」
私はお風呂から上がったばかりのガーネットさんにホットミルクの入ったマグカップを手渡した。私はお風呂から上がったばかりのガーネットさんを暖炉の前まで誘導するように手で促して、私は暖炉の傍の椅子に座った。
「イヴはここに住んでどれくらいになるの?」
「そうですね…。もう三年は経っているかと。」
「その期間、一人で生活していたの!?イヴっていくつよ!?」
「私ですか?十四歳ですけど…。」
「私より年下じゃない!私なんかまだ、実家暮らしよ!?」
「そんな一人暮らしするのに、何歳からとかないと思いますよ。」
私も自分用のマグカップに入ったホットミルクを一口、ごくりと飲み込むと、”それに…”と言葉を続けた。
「それに、家族は大切にしたほうがいいですから。」
私はミルクを覗き込むように反射した自分の顔を見て、過去を思い出した。
私は生まれつき、魔力が無かった。が、両親はそんな私を責めることなく、愛情を注いでくれた。が、それも短い間だった。私が九歳の頃、両親は流行り病に倒れ、私の必死の看病も虚しく、二人はこの世を去ってしまった。
私はその後、親戚と共に暮らしたが、魔法の才が無い私を親戚の人間は蔑ろに扱い、私への態度はひどいものだった。魔力の無い私は親戚の間をたらいまわしにされた。だが、中には私に魔力を付けさせようと、近くの魔法学校へと通わせてくれた親戚もいた。
が、学校での私は周りとは違い、魔力を持たない人間だったため、ひそひそと陰口をたたかれた。私は陰湿ないじめの対象となってしまった。
魔法学校でそんなことをされているなど、言えないまま、私は親戚に相談することもできず、夜な夜な一人で泣いていた。
そして、私は決定的な事件に巻き込まれた。
――「無い…。」
当時十歳になった私は自分の荷物を置く棚を見て、呆然とした。
どこを探しても、自分の箒が見当たらなかった。箒は飛行魔法の授業で使うもので、飛行魔法を扱うにはなくてはならないものだった。それに箒はなんでもいい、という訳では無く、自分に合った箒があり、私も親戚に連れられて、魔法の才が発現した時のために、自分専用の箒を買ってもらったのだった。そんな少しでも優しさをくれた親戚のためにも、私は箒を探し出さなくてはならなかった。
その日は都合よく飛行魔法の授業が無かったため、私は休み時間と放課後を全部使って箒を探した。
が、ようやく見つかった箒は見るも無残な姿になっていた。箒の束の先はボロボロについばまれ、箒の柄はボキリと折られてしまっていた。
そんな箒の姿に私は涙が止まらなかった。どうしてこんな目に遭わなければいけないのか。私は自問自答したが、答えは出ず、唯一私が出した答えは自分の部屋に塞ぎ込むことだった。あの魔法学校のクラスに行くのが怖かった。何をされるのか分からない、それが怖くて怖くて、臆病な私は魔法学校に行かないという形で自分の身を守ることしかできなかった。
私が魔法学校に行かなくなったことを親戚の人は自分たちの所為だと思ったのか、それとも私の扱いが自分たちには荷が重いと感じたのか、私はまた別の親戚の家へと移された。
新しい親戚の家に行っても、私は魔法学校に通うことなく、自室にこもって本を読みふける毎日を過ごした。
ふと、そんなある日、何軒目か分からない親戚の家で過ごしているとき、その家の息子にこう言われたのだ。
「お前なんか生まれてこなければよかったんだよ。」
私はその言葉に”ああ、そうか”と納得した自分がいた。
その次の日、私は荷物をまとめて、その親戚の家を出た。そして、このアクアの都市部から離れた雪の降る大地へとやってきた。
最初は遭難するくらい歩き回ったが、幸運なことにするに今のログハウスが見つかり、当時そこに住んでいた老人に助けてもらった。
そこに住んでいた老人は、名前をボレームスと言い、魔法が使えない私でも受け入れてくれて、温かな食事を出してくれて、その時今まで溜まりに溜まっていた一人きりだった心に光が灯り、私は温かい料理を口にしながら、ボロボロと涙を流しながら、食事をしたの覚えている。
ボレームスさんは雪原での暮らし方を一から私に教えてくれた。親戚の家をたらいまわしにされていた私の過去のことなど聞くこともなく、私に優しく接してくれた。
だが、私が十一歳になった頃、ボレームスさんは老衰でこの世を去ってしまった。私は今度こそ一人になってしまったのだと思ったが、不思議と一人でいるのが心地いいと思ってしまった。
それから私はボレームスさんから教えてもらった森での生き方を真似て、一年中雪の降るこの土地で透明度の高い氷柱を採取して、央都オーロラに納品することを仕事として生計を立てていた。
――そんな過去のことを私は思い出しながら、ガーネットさんに話した。
「まぁ、そんな感じで私は一人でいるんです。」
「………。」
話終わり、けろっとする私に対して、ガーネットさんはマグカップをコトリと、テーブルに置くと、がばっと私に抱き着いて来た。
「が、ガーネットさん?」
「よく…、よく一人で生きてきたね。」
私はその言葉に目を見開いた。その言葉には聞き覚えがあった。
初めてボレームスさんに会った日のこと、夜に眠れなかった私に毛布を渡して一緒に寝た時のこと。ボレームスさんには私の過去のことを話していなかったのに、それを見透かしたかのようにボレームスさんは”よく一人で生きてきたな”と褒めてくれた。
「う、うう~ッ」
私はガーネットさんの腕の中でボロボロと泣き崩れた。
この雪の降るログハウスで暮らすようになって三年。ずっと一人で生きてきたこと、過去に親戚にたらいまわしにされたこと、魔法学校でいじめられたこと、全てを思い出して、私は涙を止めることができなかった。
ようやく涙を止めることができた時には、すでにミルクは冷めていて、私は再び新しくミルクを沸かしてこようとした。
「ね、イヴ。今日は一緒に寝よっか。」
「え、そ、そんないいですよ。」
「いいじゃない。女二人で話明かそうじゃないの。」
「きょ、今日だけですからね。」
「明日は私と一緒にオーロラに観光に行きましょ!」
「オーロラへですか?氷柱の納品があるのでいつも行ってますけど…。」
「納品だけして帰ってるでしょ?ちゃんと街を案内してあげるわよ。」
「…じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて…。」
「決まりね!明日起きたら、早速出発しましょ!私が飛行魔法をイヴにもかけてあげるから。」
「えっ、飛行魔法って他人に掛けることができるんですか?」
「魔法学校には行かなくなったって言ってたものね。知らないのも無理ないわね。そうよ。飛行魔法は基本的に箒にかけるものだけど、人にも掛けられるのよ。」
「そ、そうなんですね…。すみません、魔法の知識がほとんどなくて…。」
「大丈夫よ。私がちゃんと教えてあげるから。」
「すみません、ありがとうございます。」
私はそう言うと、ガーネットさんの分のマグカップも持って、キッチンへと向かった。
その足取りは軽く、早く明日にならないかな、と不思議と次の日が楽しみだと思う自分がいることに少しだけびっくりした。
最近はずっと同じ毎日を繰り返していたため、日々の刺激などなかった。それがガーネットさんとの出会いでそれが変わろうとしていた。
キッチンに行くと、私は抑えきれず、ふふっと笑みがこぼれた。笑ったのなんていつぶりだろう、と思った。
このガーネットさんとの出会いと、オーロラへの観光が私の未来をガラリと変えるなんてこの時、私は思いもしなかった。




