第十三話 温泉
私たちが火の都市イグニスに到着した時には既に夕方で、夕焼けが眩しかった。
「今日はここで宿を取って休みましょう。イヴも戦闘続きで疲れたでしょう?それに、イグニスまでの道のりは土埃が舞ってねぇ…。」
そういうとパッシアさんはパンパンと服に着いた土を払うような仕草をした。
「そうですね…。早くお風呂に入りたいです…。暑いせいか汗もかきましたし…。」
「それなら、イグニスでは温泉が湧き出てるからその温泉が入れる宿屋にしましょうか!」
「お、温泉!?」
「あら、イヴは入ったことない?」
「は、はい…。温泉って初めてで…。雪の大地ではそういう温かいものが珍しくて…。」
「そうね…。イヴの家ではお風呂を沸かしてたものね。」
「はい。ボレームスさんからお風呂の沸かし方も教わってたので…。温泉、楽しみです!」
「ふふ、じゃあ、私の故郷でも有名な温泉宿に泊まりましょう!」
流石パッシアさんの地元というべきか、宿屋までの道中、通りを歩けば「あ、ガーネット様だ!」と小さい子が指を指してきたり、ご老人たちが労いの言葉をかけたり、街行く人が皆、パッシアさんの存在を知っていて、声を掛けてきた。
無理もない、あの天下の宝石将様なのだから。地元では有名になるであろう。
そんな羨望の眼差しを受けるパッシアさんは愛想よく手を振り返したりして宿屋まで歩いた。
「ごめんね、イヴ。宿屋まで倍の時間かかっちゃって…。」
「大丈夫ですよ。パッシアさん、有名人ですもん!」
「宝石将になってからイグニスに帰ってくるといつもこうだから。」
「宝石将も大変そうですね。」
「いずれはイヴもああなるのよ。」
「あ、そうでした…。私あんなにちやほやされたことないんで、どうしたらいいか…。」
「そんなの愛想よく笑っとけばいいのよ。」
「パッシアさん、本音が漏れてますよ。」
私たちはクスクスと笑いながら、目的の宿屋へと入って行った。
私たちはベッドが二つ並んだ部屋に通され、部屋の一部に温泉を引いた貸し切り露天風呂があると説明があった。
私はその説明を聞いてから、そわそわとしていた。
「ふふ、イヴ、先に温泉入っていいわよ。私は帰ってくる度に入ってるし、ここは初めてのイヴに一番風呂を譲るわよ。」
「い、いいんですか?それじゃあ…。」
私は遠慮せず、パッシアさんのお言葉に甘えて、先に温泉に入ることにした。
服を脱いで露天風呂のある外に出ると、火の都市特有のもあっとした熱さが襲ってきたが、夕方ということもあってか、涼しさも感じられ、裸でもちょうどいい気温であった。
ゆっくりと湯船に近付き、お湯を手で掬うと熱めのお湯が手の中に入り、私はそれを体に少しずつかけて行った。
そして、足から少しずつお湯に浸かった。
「はぁ~…、気持ちいい~…」
私は思わず声が漏れてしまうほど、温泉が気持ちよかった。初めての温泉ではしゃいでいる私自身にちょっと笑ってしまった。
「(こんなに感情が豊かになるとは思わなかった…。これもパッシアさんと出会って…。アイリス様にも出会って…。本当にここ数日で色々あったなぁ…。雪の大地とは正反対の火の都市に来ちゃうんだもんなぁ…。)」
そう感慨深く思っていると、少しお湯に浸かり過ぎたのか、頭がくらくらとしてきたので、完全にのぼせないうちに私は湯船から出た。
お風呂を後にし、パッシアさんが待つ部屋へと戻った。
「お風呂先に頂きました~。気持ちよかったです~。」
「あら、もういいの?もっとゆっくりしてればいいのに。」
「ここのお湯は私の家で入れるお風呂より温度が高めなのか、直ぐにのぼせちゃいそうだったので、上がってきちゃいました。また、寝る前とか朝とかに入ってもいいですか?」
「いいわよ。どんどん入っちゃって!さて、私も温泉に入ろーっと!」
そういうとパッシアさんはスキップをしながら、浴室の方へ向かって行った。
私は髪の毛がベリーショートなので、タオルで簡単に乾かせる。
タオルでわしわしと髪の毛を拭きながら、私はポーチの中身の確認と整理をし始めた。
その作業に没頭してると、いつの間にかパッシアさんがお風呂から上がってきた。
「はぁ…、やっぱりイグニスに帰ってきたら温泉に入らなくっちゃね。あら、イヴ、荷物の整理してたの?髪の毛は乾いた?」
「あ、はい。髪は…、大丈夫です。乾いてますよ。」
私は頭の上にタオルを被ったままだったので、パッシアさんに勘違いさせてしまった。
タオルを退かして、髪の毛を触ってみると、さらさらと乾いていたことを確認した。
「パッシアさんも温泉楽しめましたか?」
「ええ、もちろん!はぁ、帰ってきたら温泉に入らないと勿体ないわよね~。イグニスに来ることはあっても、日帰りとか多かったし…。」
「日帰り!?どんだけ早いスピードで移動してるんですか…。」
「え、私結構一人で箒に乗ってると速いのよ。ここ最近はイヴに合わせて遅くしてるのよ。」
「す、すみません、気を遣わせて…。」
「大丈夫よ。むしろ安全運転しない私が悪いし。」
そういってパッシアさんは髪の毛を拭き始めた。
「あ。そろそろ夕飯を食べに行きましょうか。」
「この街の郷土料理とかってあるんですか?」
「そうねー…。」
そんな話をしながら私たちは部屋を出て、宿屋の一階の食事処で夕飯を食べた。
イグニスでは焼いたお肉料理が有名だったようで、宿屋の食事処でも、それを売りにしていた。私とパッシアさんは迷わずそれを選び、焼肉に舌鼓を打った。
「はぁ、美味しかった…。もう少ししたらもう一回お風呂に入ろうかな…。」
「ふふ、イヴは温泉が気に入ったみたいね。」
「はい!とてもリフレッシュできるので!」
「それはよかったわ。この街を気に入ってくれたのなら、私も嬉しいし。」
そういうとパッシアさんは本当に嬉しそうに笑った。
「(あ…。故郷を褒められるとこんな顔をするのか…)」
私はふとそう思った。私の住んでいた雪の大地は人が住むには少々難儀なため。人など寄り付くこともなかった。
だから、故郷を褒められる、という感覚が分からなかった。だが、パッシアさんを見ていて、私の故郷も何か誇れることがあればいいのに…。と思った。
私はその後、寝る前に一階、翌日の朝に一回、温泉に入って、今後の試練に備えて気合を入れた。
「よし!」
私は洗面所の鏡の前で両頬を叩くと、支度を済ませた。
「イヴ、準備はいい?」
「はい!もちろんです!」
「じゃあ、竜が守護する七人の大妖精の神殿に行きましょうか。そこに行くには灼熱の大地っていう場所でね。普通の装備だと耐えられないから、この薬を飲むといいわ。」
「これは…?」
「それはひんやりドリンクよ。灼熱の大地でも行動できるように開発された特別な薬なの。ミーランさんの店で仕入れといて正解だったわ。」
「ミーランさんのお店で買ってたんですね…。」
「イヴがいた雪の大地でも厚着をしていないと凍えちゃうでしょ?そんな特別な天候条件がある場所はこの国のどの都市にも存在してるもんなのよ。」
「そういうことですか。」
「というわけで、そのひんやりドリンクは灼熱の大地に入って直ぐに飲んでね。今から飲んじゃうと効果が半減しちゃうから。」
「はい!」
私はそう返事してポーチの中にひんやりドリンクをしまった。
「さて、竜に会いに行きましょう!」
温泉宿を後にして、竜のいる灼熱の大地に行くまでの街の広場にて私は不思議な光景を目にした。
それは人々が広場の中央にある噴水に向かって何かを投げ入れていたからだ。
「パッシアさん。あれは…?」
「ああ、あれはこの街の迷信…みたいなものかしらね…。願い事を唱えながらあの噴水に向かって硬貨を投げ入れるとそれが叶うっていうやつよ。」
「へぇ…。」
私はそんな様子をしり目に広場を通りすぎた。




