第一話 出会い
―火は赤く燃えたぎり、水は青く滴り波打ち、風はそよそよと緑の葉を揺らし、土は黄土の土を隆起させ、闇はその混沌の中からすべてを飲み込み、光は闇と対を成し、眩く光の中からすべてを生み出す。すべての根源たる魔力は生命と共に都市の泉から湧き溢れん。
酸素を肺へと送り込むとその冷たさから体の芯から凍えそうだったが、今は動いて作業をしていたからか、不思議と寒くは感じなかった。
私の後ろにはたんまりと氷柱が入った籠があった。その籠は特注品で籠の中身が溶けないようになっているため、たくさんの氷を入れても溶けずに数時間は持つようになっている。
「よし、帰ろう。」
籠を背負うためにもう一度息を大きく吸って、年相応とは言えない”よいしょ”という掛け声と共に、私は氷柱が入った籠を背負った。
すると、そこで私の耳に普段では聞こえない音が聞こえた。
その方向へと自然と足が向かった。ザクザクと雪を踏みしめて進むと、そこには雪狼というモンスターの縄張りである場所で私も氷柱を取りに行くときには通らないようにしている場所だった。そこには、雪狼に追われている一人の女性がいた。
真っ白なこの場所には似つかわない真っ赤な髪を横に一つにまとめ上げ、ここら辺では見たことがない、服装をしていた。濃いグレーのマントに胸元ががばりと開いたデザインの服に太ももまである、ニーハイブーツ。その恰好が騎士のようだとは思った。しかし本物の騎士など見たことがないから確証はないのだが。
「(どうしてこんなところに人が…)」
私は自他ともに認める人付き合いが苦手な方で私は雪狼に見つからないように逃げようかと思った。だが、なぜだか、追われている人に惹かれるところがあった。
私は自分でも何を思ったのか知らないが、いつの間にか雪の斜面を滑り降りて、赤髪の女性の元まで走った。
「こっち!」
私は赤髪の女性の手を取り、ぐいっと引っ張った。
「あなた!危ないわ!」
「いいから!」
私は女性の牽制も臆せず、雪狼の追っ手から逃れるように、一面の雪景色の中を走った。
雪狼は自分たちの縄張りを抜ければ追って来ないことは知っていたため、私は自分の知る限りの土地勘を頼りに、雪狼の追っ手をまくことだけを考えた。
はぁはぁと息が上がり、さっきまで凍えそうだと思っていた冷たい空気も喉から手が出そうなほど求めていた。
「はぁっ…、ここまで来れば…!」
私の狙い通り、私たちが来たところまでは雪狼は追ってくることなく、引き返していった。
「あっ!す、すみません!突然現れて連れまわして…」
「………。」
「あ、あの、すみません…。」
私はずっと何もしゃべらない女性のことが心配になり、どこか怪我をしてしまったのかとオロオロとしていると、突然女性は大きな口を開けて、笑いだした。
「!?」
何事かと私が未だに状況を飲み込めずにいると、女性は笑うのをこらえるようにして、お腹に手を当てて、”はぁ~”と長い息を吐いた。
「あなた、勇気があるのね!気に入ったわ!私は…ガーネット。ここら辺は初めてで、偶然雪狼の縄張りの中に入っちゃったみたいで、追いかけ回されていたのよ。あなたはここら辺に住んでいるの?じゃないと雪狼の縄張りの場所なんて知らないものね。」
「は、はい…。ここらへんで氷柱を取って生計を立てている者です。よ、よかったら、私の家でお茶していきませんか?外じゃ寒いですし…。」
私は自分でもびっくりするくらい、自分の口から出た提案に固まった。
「ありがとう!もう、たくさん走ったけど、空気が冷たくてたまらないのよね。この冷えた身体もどうにかしたいと思っていたのよ。」
「よかったら。お風呂も沸かしますから…。」
「ありがとう!私のわがままに付き添ってもらっちゃって。」
「いえ。私も通りすがりで…。」
「この籠に入っているの、みんな氷柱?」
女性、もといガーネットさんは私が背負っている籠の中身を見て、きょとんとした顔をした。
「は、はい。ここらへんの氷柱は綺麗で澄み切っていて…。透明度が高いので、央都で売ると意外とお金になるんです。」
「へぇ~…。確かに綺麗ね。でも、央都まで遠いのに溶けないの?」
「この籠の中に入れとくと溶けないようになっているんです。」
「ふむふむ…。氷属性の魔法の痕跡が見えるわね…」
ガーネットさんは私の背にある籠を触ったりして、ぶつぶつと独り言をつぶやいていた。
「そろそろ移動しましょう。あ、わ、私ったら自己紹介してませんでした…!す、すみません!」
「あはは!いいのよ!私が籠の方に興味持っちゃってそっちに話を持って行っちゃったから。」
「私はイヴと言います。よろしくお願いします。ガーネットさん。」
「ふふ、さん付けなんてしなくていいのに。気軽に”ガーネット”って呼んでいいのよ?」
「そ、そんな初対面の人を呼び捨てなんて…!」
「そう?」
こてんと首を傾げたガーネットさんはそのままザクザクと雪を踏みしめて、”それじゃ行こうか!”と先陣を切ったが、生憎そっちの方向は私の家とは真逆だった。
「が、ガーネット…さん。そっちは逆です…。」
「あら!ごめんごめん!一面が雪だとどこから来たのか分からなくなる時あるから!」
「ガーネットさんはここへ何しに?」
「ちょっと野暮用でね。全部話すことができなくてごめんなさい。」
「あ、いえ、聞いた私もすみませんでした。」
私は即座に察した。この話は踏み込んではいけないのだと。昔からその境目は分かる。
それから私は歩きづらいであろう、ガーネットさんの足取りを心配してゆっくりとした速さでザクザクと雪原を歩いた。
数十分もすれば私の家である、ログハウスが見えてきた。
「あれがイヴの家?かわいいわ!」
ガーネットさんは私の家の外観を気に入ったのか、前を歩いていた私を追い越して、ログハウスに近付いた。
「わぁ!わぁ!私、ログハウスを見るのは初めてなのよ!」
そういってガーネットさんは幼子のようにはしゃいでいた。
「どうぞ、粗末な家ですが…」
私はログハウスの扉を開けて、ガーネットさんを中へと誘導した。
「お邪魔しまーす!」
「直ぐにお風呂を沸かしますね。それまで暖炉の傍で暖かくしててください。」
私は氷柱を取りに行くときは火事になるといけないため、暖炉の火は消していたので、私はまず暖炉に火をつけ、自室の奥から大きめの毛布を取ってくると、玄関で立ち尽くしているガーネットさんの肩にかけた。
「が、ガーネットさん?」
一向に動く気配のないガーネットさんに私は声を掛けた。
「か…」
「か…?」
「かわいいー!!!!」
「!?」
突然バッと身体を広げて叫んだガーネットさんに私はびっくりした。身体を広げたことで肩から毛布が落ちてしまい、私はそれを拾い上げると、どうしたものかとガーネットさんを下から覗き込んだ。
「めちゃくちゃ可愛いじゃない!この家!イヴ一人暮らしなの!?」
「え、ええ…。両親は数年前に他界してしまって…。それからは私一人でこの家に一人で住んでいます。」
「こんな可愛い家があるならアクアの都市も捨てたもんじゃないわね!」
「そんなこと言ってないで、早く暖炉の前に言ってください。ほら、身体がこんなに冷え切ってるじゃないですか。」
「はっくしょい!」
「ほら。」
私の言葉の後に盛大にくしゃみをしたガーネットさんの肩を持ち、ぐいぐいと暖炉の前まで押し食った。
「はぁ~、温まるわね~!」
ガーネットさんは暖炉の前に手を広げて温まっていた。
私は着ていたケープを脱ぐと、直ぐにお風呂を沸かしに向かった。
「ガーネットさん、しばらくそこでじっとしててくださいね!」
「はいはい、分かってるわよ~」
私はこの家に興味津々だったガーネットさんに釘をさすと、お風呂を沸かすために薪を数本持って、外に出た。この時先ほど脱いでしまったケープの存在を羨ましく思ったが、採りに行くのも面倒だったため、このままお風呂を沸かすことに専念した。
薪をくべながら何分経っただろうか、湯船の温度を確認しに家の中に入り、湯船にちゃぷ、と手を入れて、湯加減を確認した。
「ガーネットさん、お風呂の準備できましたよ!」
私は火の傍にいたからか、少し暖かくなり、腕まくりをしていたのを解きながら、リビングへと戻ると、そこには暖炉から離れて、本棚にある本を物色しているガーネットさんがいた。
「ガーネットさん、じっとしていてください、って言ったじゃないですか!」
「ご、ごめんごめん!きょろきょろしていたら興味深い本がたくさんあったから…!つい、ついね…」
「もう…、本はここだけじゃなくて書斎がありますから、後で案内しますよ。」
「本当!?貴重な文献に出会えそうな予感!」
「いいから、本のことは忘れてお風呂に入ってください!お風呂が冷めちゃいます!」
「はーい」
と、返事をしたガーネットさんに私は頭を抱えたが、なぜこの人を助けてしまったのかと、少しだけ後悔する自分がいた。




