表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/53

7.万事休す

ミラは咄嗟に、頭を抱えて身を縮めた。が―――シンと静まり返る居室の気配に、ゆっくりと目を開く。頭からそっと手を下ろし、両掌を検分してみた。しかし、特に変化はないようだった。痛みも、違和感も感じ無い。グー、パーと手を握りしめてみて、それから自分の体を、恐る恐るアチコチ触ってみる。が、やはり変化はないように見える。


が―――そこで部屋を支配する沈黙に気付き、ヒヤリとする。

ひょとして『セイラ』の擬態に気付かれたのだろうか? とミラは考えた。


おそらく魔法陣がぶつかる瞬間、ミラの偽装は揺らいだに違いない。だが目を開ける時にはもう、動揺を抑えて念入りに『セイラ』を装っていた。それに魔法陣がぶつかる瞬間も、頭を抱えていたから腕で顔は隠れていた筈だ、と思い直す。


背中にイヤな汗が伝うのを感じながらも敢えて背筋を正し、改めて目の前のエドガー王子に向き合った。平静を装い、敢えてニッコリと微笑んで見せる。

向き合う寸前さり気なく周囲を確認したが、依然キュイは気配を消してくれていた。


ちゃんと、キュイは守ってくれた。だから私は大丈夫。

と、ミラは自分に言い聞かせる。

擬態はバレてはいない。大事なのは、自らボロを出さないようにすることだ。


擬態の技を教わった亡き母イーナから、ミラは何度もこう言い聞かされて来た。

弱気はダメ。大事なのは平常心―――つまりハッタリよ!


そう、なるべく平常心を貫いて、一刻も早く、この場を逃げ出す事に専念するのだ。擬態がバレたら、大変な事になる。王族を謀った、などと知られたら。


ただ先にセイラを騙したのはエドガー王子だ。その上、何か分からない害のある魔法を掛けられそうになったのだ。擬態がバレたとしてもお互い様で、むしろ見逃してくれても良いのではないか?

そんな考えが心の端に浮かぶものの、王族と臣下、しかも半分平民の血が流れる一介の貴族令嬢では身分に雲泥の差があるのが当然なのだ、と言う社会の常識は重々承知している。


だからこそ、ここは強気で行かなければならない。

弱気な自分を見抜かれないように、『セイラ』は顎を引き姿勢を正し、改めて視線に力を込めた。


目の前には威圧感溢れる体格のエドガー王子が、行く手を阻む壁のように佇んでいる。さきほど口元に浮かべていた余裕の笑みが、今は消え失せていた。

あのスゴイ魔法陣を蹴散らせるほどの魔力を『セイラ』が持っている事に驚いているのかもしれない。

チラリと壁際に目を向ける。自分の描いた魔法陣を無効化された、当の魔術師はと言うと―――かなり怒っているだろうと思いきや。怒った様子も驚いた様子も全く無く、むしろ楽し気にこちらを見ているように見えた。まさか、と思ったが、視線が合うとニッコリと微笑みを返されて怯んでしまう。

おそらく彼は、国家魔術師なのだろう、とミラは思った。だからエドガー王子に付き従い、魔法陣を放ったのだ。ちゃんとした国家魔術師に会うのは初めての事だった。父親であるマルメロ伯爵が国家魔術師には変わり者が多い、と言っていたが、何となくそれが分かった気がした。


しかしあれはどういう魔法だったのだろう? とミラは内心、首をかしげる。


じっくり見る暇が無かったから、内容が全く分からなかった。いや、ジックリ見れたとしても、それを読み解く実力はミラには無かったかもしれない。

まさか存在を抹消されたり体を傷つけられたリするような物騒な魔法では無いと思う。仮にも今の『セイラ』はアルフォンス皇太子の、有力な婚約者候補なのだ。それを王宮内で傷つける事などあってはならない。

が、黒王子の評判の悪さを考えると―――いや、無い筈だ。無いと思いたい。


ミラがアレコレ思惑を巡らせている間、当のエドガー王子は無言のまま『セイラ』を見据えていた。威圧感を跳ね返すように、『セイラ』は思い切って口を開く。


「殿下。私、この辺りでお暇させていただきとうございます」


さっきの魔法は何だったのか? と、聞きたいのはやまやまだったが、これ以上この場に留まっていては身バレするリスクが大きくなるだけだ。とにかく無事だったのは事実なのだから、一刻も早く逃げ出したいと思った。


何かある、と思いセイラの身代わりになろうと思い立ったものの、まさか国家魔術師に攻撃されるなんて、そこまで考えてはいなかった。こんな事なら、先に父上に相談するんだった! と、後悔しても後の祭りである。

ミラは今更ながらに自分の考えナシの行動を悔いた。

帰ったら叱られるのを覚悟で、マルメロ伯爵に相談せねばならない。溜息が出そうだった。ミラは父親であるマルメロ伯爵が苦手なのだ。


セイラの身代わりとして攻撃を躱せたのは、良かった。それに後悔はない。だがこれはひょっとしてひょっとしなくても、ミラのような何の政治力も無い一令嬢が一人で対処して良い事では無かったのかもしれない。セイラの縁談を考え直す必要もあるかもしれないのだ。


だからこそ、直ぐにでもここを立ち去らねばと思う。『セイラ』はキッと対峙する相手、エドガーを見据えた。

しかし彼は『セイラ』の言葉など耳に入っていないかのようだった。ポツリと何事かを呟くと、唐突にガクッとその場に崩れ落ちたのだ。


「え?!……殿下、大丈夫ですか?」


様子のおかしいエドガーに、思わず『セイラ』は駆け寄った。

ただ本物のセイラなら慎重を期し、声を掛けても相手の出方を観察して近寄る事まではしなかっただろう。その点、無防備が身に付いているミラは不用心だった。好意的に言えば、お人好しと呼べるだろうか。


『セイラ』は、片膝を付いて蹲ってしまったエドガーの顔を覗き込む。すると顔を上げて、彼は彼女の顔を見上げた。

その瞳が、若干潤んでいるように見える。やはり具合が悪いのか? と考えて―――若干、焦りの気持ちが湧いて来た。


もしかしてキュイが跳ね返した魔法が、エドガー王子に掛かってしまったのだろうか……?

いや、しかしそんな呪い返しのような事があり得るだろうか、とミラは疑う。これまでこう言った事は無かった。だが、ただ害意を向けて来た人間がその場に居合わせた事が無かったから、そう言う場合どうなるか分からなかっただけかもしれない。

ああ、キュイと言葉が通じたらなぁ、とミラは歯がみをする。けれども今彼女は『セイラ』なのだ。例えキュイが話せたとしても、ここに現れて貰っては困る。


声をかけても、エドガーは『セイラ』を見上げるばかりで、まるで言葉を忘れたように応えない。『セイラ』は焦れて、魔術師イシュタルを振り返る。


「あの! 殿下の様子がおかしいのですが」

「あー……そうですね」


その呑気な反応に、ミラは呆気にとられた。


「誰か呼んで来て、医師様に見て貰うべきでは?」


そもそも貴方の所為では? と言外に含ませて批難する。するとイシュタルはククッと笑って首を傾げた。


「お優しい事ですね。今、自分に何をされたか、お気づきではない?」

「何って……何をしたの?」


『セイラ』は緊張した面持ちで、問い返した。


が、そこでドキリとする。


もしかしてセイラお姉さまなら、あの一瞬で魔法陣を読み解くことが出来るのかしら? いや……そもそもこの魔術師は、お姉さまが魔法陣を読み解いたから跳ね返す事が出来た、と解釈しているのでは……?


余計な事を言えば擬態がバレるかもしれない。……と、ミラは俄かに緊張した。




「何故、他の男を見る?」




そこに背後から声がして、ハッとする。

何故かごく身近なところ、頭の上から声が響いていた。振り向くのが怖いくらい、エドガー王子が『セイラ』の傍にいるのがその声の近さで分かってしまった。

2020.06.15 誤字修正(Pauline様に感謝)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字報告機能が使えないのでここに書きます。 「国家魔術師に合う」→「…会う」
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ