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4.王宮へ

セイラに擬態するのは、ミラにとっては簡単な事だ。

大好きな姉の特徴はよく把握しているし、母イーナが存命の頃は繰り返し練習を重ねてチェックして貰っていたから完璧だった。実は何度か屋敷の使用人の目の前でセイラの振りをした事もある。バレた事は無かったが、執事のハンスに見つかって怒られた事がある。二人を良く知る人間であれば、よくよく観察すると些細な違和感を感じ取れるようだ。だから勘の鋭いクラウスにも、全く通じなかった。このため、おそらく同様にすぐさま気付かれ叱責される事が明白であろう、マルメロ伯爵の目の前では実行していない。


だから、伯爵家を出る時はミラはミラのままで出掛ける事にした。

御者のディートは三十歳くらいの男性で、ミラが生まれる前からマルメロ家で働いている。用事があると言って、彼に王宮の正面からほど近い馬車の待機場まで送って貰う事にした。王宮の周囲には公共施設が多く立地している。図書館まで送って貰うのはよくある事だから、ディートは警戒しないだろう。

ただしもう一つ乗り越えなければならないハードルがある。未婚の伯爵令嬢であるミラは独り歩きを許されていないから、何処に行くにも侍女と行動を共にしなくてはならない。

このため馬車を降りて暫く歩いてから、付き添いの侍女カリナに、いかにも言い忘れていたかのように「そうだ。図書館に行く前に、お父様に届け物をしなくちゃね」と言って王宮へ向かったのだ。

カリナは一月ほど前に入った若い侍女だ。まだ伯爵家の事情に通じていない為、自分で判断する必要のない仕事である、お使いや付き添いなどを頼まれる事が多い。カリナならミラの行動を不審に思うハズは無いとミラは考えていた。

だから王宮に着いた後も、いかにも当然のような顔をして、カリナを伴い王宮の衛兵に『マルメロ家から来た』と名乗る事にした。呼び出しを受けた旨を伝え、文に押された封蝋を示すと、既に衛兵に報せが入っていたらしく、すんなりと通過することが出来た。

一つ課題をクリアした事に安堵すると同時に、ミラはこの文がちゃんと王宮から届いた物であるらしい、と言う事を確認する。


……やはり考え過ぎだったのだろうか? ムカムカしたのは単に体調が悪いのが原因で、やはりミラはキュイの意図を読み間違ったのかもしれない。

けれどもここまで来てしまっては、もう後戻りできない。皇太子に見破られないよう、細心の注意を払わなければ。そして出来るだけ早く切り上げて帰ろう……!


ミラは改めて、気を引き締めた。


この若い衛兵がセイラの姿かたちを認識しているか定かではないが、念のため衛兵にはセイラの擬態を見せて置く。言葉では『マルメロ伯爵家から』としか伝えていないので、ミラの後ろに付き従うカリナは、不審に思っていないようだ。


ところでミラにはもう一つ、事前に用心せねばならない事があった。

精霊の存在を察知できる人間は珍しいから、ミラの肩あたりでキュイがふよふよ浮かんでいても普通に暮らしていても、それと指摘される事はほとんどない。だが、王宮には魔術に長けた者が多く、そう言った人間の中には精霊の加護を受けていなくても精霊の存在を察知できる者もいるようだ。

魔力の強い王族であれば、違和感に気付く事があるかもしれない。だがキュイは、気配を隠すのが非常に上手だった。ミラはその点はかなりキュイを信頼している。だから馬車に乗る前に、ミラはキュイに、こうお願いした。


「キュイ、さぁ王宮に乗り込むわよ。私が声に出して呼ぶまで気配を消してね!」

「きゅい!」


こうしてキュイは、ミラの目の前でクルリと回って空気に溶けるように消えたのだった。








二人が通されたのは、ある応接室の前室だ。部屋の前にいる護衛が無言のまま、扉を開けてくれる。既に部屋には待ち人がいるらしい。文が正しい物ならば、それはアルフォンス皇太子の筈だ。衛兵も案内役の侍女も、王族の名前を滅多に口にしないので「準備があるので、こちらでお待ちください」としか言わなかった。

ミラは中央のテーブルを、カリナは壁際の椅子を勧められる。


やがて応接室の扉が開いて、若い侍従が顔を出した。

侍従の制服を着ているから男性なのだろう。けれどとても可愛らしい顔をした彼はまるで少女のように見えた。年の頃はミラと同じくらいか、それより若いくらいに見える。王宮内に勤める人間は学院を卒業しなければならないので、少なくとも十六歳以上の筈だ。稀に優秀な人間が飛び級する事があるらしいが、余程の要職に就く予定の人間か才能ある国家魔術師くらいなものだ。だからこの人は若く見える人なのだろう、とミラは結論付ける。

どちらにしてもバレないように、侍従の視覚に対して擬態の魔術を掛けた。ただ相変わらず、カリナにはミラはミラのままで見えているだろう。


「マルメロ伯爵の……ご令嬢ですね」

「はい」


カリナの前で『セイラ』と呼ばれなくて良かった、とミラはこっそり安堵する。であれば直ぐにカリナの聴覚にも、『セイラ』が『カリナ』に変換されるよう修正の擬態をほどこさなければならないからだ。同時に種類の異なる魔術を使うのは、かなり疲れる作業なのだ。

ただ身分の低い者が女性のファーストネームを呼ぶのは失礼にあたるので、その心配はないと踏んではいたけれども。


椅子を引かれて立ち上がると、頬あたりがチリチリとする。そこで思わず振り向くと、くだんの侍従と目が合った。

ドキリとした。長い睫毛に囲まれた、クリクリした瞳にときめいてしまったワケでは無い。どちらかとするとヒヤリ、と言った方が正しいかもしれない。

『セイラ』の容貌に思わず目を奪われたのだろうか? 訓練された侍従はこんな時、自然に視線を逸らすものなので、それも変な気がした。

侍従は振り向いた『セイラ』の目を、数秒ジッと見つめ返して来る。


まさか―――見破られている?


いや、ミラの擬態は滅多な相手には見破れない筈だ。その点はイーナと特訓の末、実地訓練もしているので間違いない。若しくは、ごくごく親しい人間。まさかほとんどセイラと接点の無い、侍従なんかに見破られる訳が無い。皇太子アルフォンスでさえ、せいぜい月に二度、数時間顔を合わせて話すくらいだ。だからきっと、彼にだって気付かれる事はないだろう。


「あの……?」


『セイラ』が口を開くと、少女のように可愛らしい容貌の侍従はニッコリと微笑んだ。そこに悪びれるような様子はない。王宮の侍従って随分不遜なんだな、と彼女は思う。皇太子の客に対してこんな態度を取るなんて。

いや、もしかして扉の向こうにいるのは―――皇太子では無いのか?

訝し気な視線を向けると、侍従はスッと腰を引いて『セイラ』に頭を下げた。


「失礼いたしました。準備が整いましたので、こちらへどうぞ。……付き添いの方はこちらでお待ちください」


壁際の椅子から立ち上がりかけたカリナをやんわりと制して、侍従は漸く『セイラ』を扉の方へ案内した。


部屋に一歩入ると、こじんまりとしたしつらえながらも、どれも贅沢な調度品に囲まれた、居心地の良い空間が広がっている。

自分とそれほど変わらない背丈の侍従に(いざな)われ、中央のソファセットの端まで行く。


「殿下、いらっしゃいました」


侍従が声を掛けるとソファセットにこちらに背を向けて腰掛けていた男性が、スッと立ち上がった。その背中の端正さにミラは息を飲む。まるで冗談みたいなスタイルの良さだ、と思った。

初めて皇太子を目にしたわけじゃない。だが、高貴な人を遠くから目にする事はあっても、間近に拝む機会はなかったから、衝撃が大きかった。


足も手も長くて、背が高い。それでいて頭がちっさ……!!


思わず出そうになった叫びは、グッと心の中に押し込める。


しかしその男性が振り返ってこちらを見た時、もっと叫び出したくなった。


うわぁ……か、顔がスゴイ整ってる! 絵姿も見た事があるし、遠くから拝見したことはあったけど―――王子様が、これほどカッコイイとは……! まるで絵本に出て来る王子様、そのものみたい!!


今度こそ口が空きそうになったが、更にグッと堪える。

ミラは今『セイラ』なのだ。『セイラ』なら、例えどんなに驚くような事があったとしても、慌てて騒いだり、口をポカンと開け放したりしない。

けれどもそこでふと、違和感を感じた。当初予想していた悪意の予感ではない。


……あれ? 皇太子って髪の色、ヘーゼルじゃなくて金髪じゃなかったっけ? 確か瞳の色も―――


其処に気付いた時には、既にその男性が目の前に立っていた。




「兄上じゃなくて、がっかりしたか?」




『セイラ』の目の前で意味ありげに微笑むのは、ヘーゼルの髪に焦げ茶色の瞳の王子様だ。

ただし王子は王子でも―――皇太子のアルフォンスでは無く、その弟王子であるエドガー王子だったのだ。

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