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2.マルメロ伯爵家の事情

マルメロ伯爵家は、イクス国建国当初から代々王家を支えて来た譜代の臣である。つまりセイラとミラ、マルメロ家の姉妹は由緒正しい伯爵家のご令嬢と言うことになる。だが、両者の間には決定的な違いがあった。


セイラの実母レイラの生家は、侯爵家である。


一方ミラの母イーナはもともと、その侍女として付き従って来た女性で、レイラが病の為亡くなった後、このイーナをマルメロ伯爵を娶り、ミラと伯爵家の嫡子となるクラウスが生まれたのだ。

イーナは平民だった。再婚にあたり、マルメロ伯爵が昵懇にしていた子爵家に頼み込み、彼女を養女にして貰ったと言うのは、社交界では有名な話である。

付き従っていた主の夫をまんまと手に入れた平民よ、とイーナに対する風当たりは強かった。しかしその攻撃にもめげずに無事嫡男となるクラウスを産むことに成功する。キッチリ仕事をやり遂げたイーナはその数年後亡くなったのだが、マルメロ伯爵はこののち再々婚をする事は無く、独身のままだ。このため、今現在、実質屋敷を取り仕切っているのは、女学院を卒業したばかりのセイラとなっている。


ただ世間で噂されるようなドロドロの略奪劇と、マルメロ家の内実は真逆である。


マルメロ伯爵は血筋も良く卒なく振る舞う紳士で、とりわけ目立つと言う事はないが、何故かいつも良い立ち位置にいる…と言う手堅い存在だ。おまけに人好きのする容貌であったため、貴族令嬢からの人気も高かった。このため彼の熱心な信者であった貴族令嬢から、セイラの母、年若く美しいレイラは嫌がらせを受けていた。出産後徐々に体調を崩し、病を得て儚くなってしまったのはそれも理由の一つだったかもしれない。


レイラ亡き後、嫡男を設けずに亡くなった伯爵夫人の後釜にと、喪が明けない時期からアピールや斡旋に動く輩も多く、縁談にかこつけて現れた女性の中には幼いセイラを手なずけようと猫撫で声を出す者も多くいた。マルメロ伯爵が後添えは愛娘セイラとの相性が大事だからと、常に彼女を縁談に同席させていたからだ。

ところが縁談相手の数人が伯爵の目の届かない所で、嫉妬からセイラに酷い態度を取っていた。これを知ったマルメロ伯爵は、直ぐにある決断を下した。セイラが母親のように慕うイーナを、後添えにする事を。

イーナも、目に入れても痛くないほど大事にしている、主の忘れ形見を守る為にその決断を受け入れる決心をした。身分不相応は重々承知。だが自分以上にセイラを大事に出来る母親はいない。ならば、余計な横槍が入らないよう、伯爵の後妻となり無事、嫡男を生んで見せようと。


こうしてセイラは大好きな継母に見守られ、愛情に包まれて穏やかに成長した。嫡男を生んだ後暫くして亡くなったイーナの代わりに、マルメロ家の家政を取り仕切り、妹弟を温かく見守るシッカリ者の姉となったのである。

クラウスも二人の姉に構われてスクスクと成長した。上の姉であるセイラを母のように敬い、下の姉であるミラに対しては少し小生意気な態度を取りつつも、二人の姉の愛情をしっかりと受け止めていた。そして不在がちなマルメロ伯爵の跡継ぎとなるべく、日々勉強や鍛錬に努力していた。


ところでミラは立派なシスコンである。

もともと優しくてシッカリ者の姉を慕っていたが、色々あってその想いに拍車がかかり重度のシスコンになってしまった。


実はセイラの預かり知らぬ所の話だが―――亡くなった母親から、ミラは、セイラを守るように言い含められていた。大好きな優しい姉を守ろうとするのは、ミラに取っては当り前の事だった。だから意気込みだけは立派だ。

ただ現実では、ミラが姉に助けられ、支えられる事の方が多かった。

セイラは女学院でも成績優秀で、その美貌と所作、血統から完璧淑女として一目置かれる存在だった。一方で半分平民の、なのに由緒正しい伯爵令嬢と言うイレギュラーな存在のミラに対する風当たりは強い。友人は普通に接してくれたが、母のイーナの評判をあげつらって嫌味を言う、失礼な令嬢もいた。

だがミラは、セイラにその事を隠していた。セイラはミラにとって守るべき大事な存在なのだ。それに女学院の役員を務めており、伯爵家の家政も取り仕切っている。忙しい姉に、余計な心配は掛けたくない、と。


けれどもある日、その場面に偶然セイラが出くわした。

状況を瞬時に悟ったセイラは、ミラに嫌がらせをする令嬢達に理路整然と反論し、瞬く間にぐうの音も出ない状態に追い込んだ。更に「大事な妹を傷つける人間を、私は絶対に許しません」と一蹴したのだ。常に公平で穏やかな優等生が向ける静かな怒りに、甘やかされて育った我儘な令嬢達は震えて、逃げ出した。

それ以来、彼女達からは感じの悪い態度を取られる事はあっても、面と向かって『卑しい平民の娘』だの『母親は主の夫を奪った売女』だの嘲られることは無くなった。

女学院でのミラの居心地は各段に良くなった……!

こうして勉学に十分集中できる環境になった―――筈だが、いまだに成績は中の上止まりのミラである。こればかりは、才能とか能力とかも関係するので仕方がない。


こうして、ミラはそれまで以上に、何かあれば今度こそ自分が姉を守るんだ! と言う決意を新たにする事となった。こうして、普通のシスコンだったミラは、更に鬱陶しいほどのシスコンにパワーアップしたのだ。

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