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1.怪しい手紙

気晴らし用の軽い読み物です。

愉しんでいただけたら、嬉しいです。


ミラが手にしているのは、一通の文。その封書はエンボス加工された手触りの良い紙で出来ていて、ご丁寧にとても良い匂いのする香まで焚き染められている。明らかに高貴な方からの物であると推測できた。そしてその出所を決定的にしているのが、王家の紋章をかたどった封蝋だ。

つまりこの文はミラの姉、セイラに届いた皇太子アルフォンス様の手紙である。


出所がしっかりしている筈のこの手紙から、ミラは不穏な気配を感じ取っていた。否、この手紙自体が危険な仕掛けがある訳ではない。それならば、彼女が手を振れた時点でその仕掛けが弾けてしまうだろうから。


「きゅい」


短く鳴き声を上げた精霊と、ミラは目を合わせる。


精霊はミラの目には長い耳と丸い尻尾を持った、なのに二本足で立っているうさぎのヌイグルミのように見えている。背中には透明で時折金色に光る羽みたいなものまで装備されていて、ふわふわと空間に浮かんでいるのだ。

けれども人によって精霊の姿の見え方はマチマチだ。事実彼女の姉、セイラには違う形に見えているらしい。基本的にはエネルギーの塊みたいなものだから、見る人によって見え方が違うのだと、女学院の授業で知った。僅かに精霊の気配を感じ取れるくらいの人間には、ふわりと風が吹いたように錯覚する者もいるし、微妙に気温が上がったり下がったり、または光がチカッと瞬いたように感じる者もいるようだ。


うさぎのような精霊は、長い耳をパタリと曲げて首をかしげて見せた。


「もしかして……中身、見た方が良い?」

「きゅいきゅい」


ミラの問いかけに、精霊はコクコクと頷いた。


「でもね、王家の封蝋もあるし。つまりこれは……お姉さまあてのアルフォンス様からのラブレターよね? それを開けてみるって言うのは……」


理性を働かせてみれば、明らかにしてはいけない事だ。人の手紙を、しかもラブレターを勝手に見るなんてあり得ない。しかも見た所、出所は疑いようもない文なのだ。


「きゅう!」


ピン! と抗議するように精霊の両耳が立った。

ミラだって分かっている。この手紙には、何か違和感がある。この手紙自体に仕掛けがあるのではなくて、何か邪な思惑が染み込んでいるような、胸騒ぎがするのだ。

精霊の抗議を受けて、彼女は覚悟を決めた。他人あてのラブレターを勝手に開封するのは確かにはしたない行為だが、ミラにとって一等大事な姉を守る為には、淑女としてのプライドなど塵か芥のようなものだと、考え直したからだ。


「えい!」


彼女は文を持った両手を突き出す。そして目を瞑って、パキンと封蝋を割った。


……やはり、何も起こらない。数秒待ってから、おずおずと中身を取り出した。文面を見れば、割と事務的なお茶のお誘いだった。


「キュイ。これ、やっぱり普通のデートのお誘い……みたいなものだよね?」

「きゅるきゅる?」


キュイ、と呼ばれた精霊は首を振って否定の意を示した。

彼女は自分にいつも付き従う精霊と、言葉で遣り取りすることが出来ない。世の中には精霊と言葉で意思疎通を図れる人もいるらしいが、ミラとキュイに出来るのは、身振り手振りや表情、若しくは声音で感情を伝える事だけだ。それでも物心ついた頃から一緒に過ごしているから、キュイが意図する所はミラは大抵理解できる。……出来ると思っている。

そしてキュイはミラの言葉を理解している気がする。……気がするが、確証はない。

完全に伝わっているかどうか、確かめようがないのだ。そう、これまで両者の間に行き違いが無かった訳ではない。後になって、それが判明する事も時にはある。


そんな訳で、ミラは恐る恐るキュイに確認しなおした。


「デートじゃ……ないの?」

「きゅい」

「お誘いに乗ってお姉さまが行くと、危ないやつ? もしかして」

「きゅうい~!」


多分、今回のミラの言葉はちゃんと伝わっている筈だ。そしてミラの解釈も間違っていない。ミラは自分にそう言い聞かせるように、大きく頷いた。


「分かった、じゃあ今回は私がお姉さまの代わりに王宮に向かうわ。キュイ、お願い。私を守ってね!」

「きゅう!」


ドンと来い! というように、キュイが小さな前足で自らの胸を叩いた。


こうしてミラは姉、セイラの代わりに王宮へ向かうことにしたのだ。

姉の代わりに身を挺するのはシスコンの極み、と言えるかもしれない。しかしミラには、どんな状況に陥っても自分は大丈夫だと言う確信があった。


彼女が『キュイ』と呼ぶ精霊、その加護は宿主に害を為す物を跳ね返す。これまでずっと、ミラに危害が及ぶような物があれば、精霊がそれを跳ね返して来た。だから屋敷に届けられる手紙や贈り物に悪意のある仕掛けがあれば、ミラが触れた時点でそれは弾かれ、無効化されるのが常だった。


誰も物理的に自分を害することは出来ない。その精霊への信頼が、ミラをこのような無謀な行動に突き動かしたともいえる。

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