第1章2話 強くてニューゲーム
「よしっ、やっぱりあった」
ゲームの中でもラスボス攻略後の特典として、ゲームクリア時の最終ステータスを引き継いたままで二周目以降を『強くてニューゲーム』でプレイすることができました。
ここはゲームの世界のようでもありますが、リアルな現実であることも間違いない事実なのです。
だからこそこれは賭けでしたが、どうやらゼロからレベリングやスキル取得をする必要はなくなるようです。
(大切な妹をこの世界で守るためには――婚約解消で断罪されて国外追放や死刑となる未来を回避するためには、僕は手段なんか選んではいられません)
――強くてニューゲームを選択しますか? <はい/いいえ>
「もちろん、<はい>です。うっ……、うわああああああああ!」
僕が古くなった石碑の前に浮かび上がった表示にきっぱりと答えると同時に、脳内に大量のデータが強制ダウンロードされて来た。
その余りの激痛で思わず地面に膝を付くと、頭を抱えてひたすら耐えるしかありません。
何分、何十分そうしていたでしょうか。
気が付くと僕は石碑の前で地面に倒れ伏していたようで、既に太陽は真上に近くなってしまっています。
「し、しまった。入学式が終わってしまう。急いでユスティーナのところへ戻らなくては。
くっ、【洗浄】。よし、今の僕でも使えますね」
全身から滝のような汗を流しながらも何とか立ち上がると、前回ゲームでクリア前に魔導書で覚えていた、さっきまで僕が使えなかったはずの【生活魔法】で、久しぶりに思い出すように学生服に付いた土を払い落とします。
まだクラクラする頭を振りながらも、全身に吹き出る汗を【洗浄】で繰り返し消し続けつつなんとか大講堂まで帰ってきます。
すると、ちょうど入学式が終わったところなのか、ゾロゾロと全校生徒が大講堂から出てくるところでした。
あわてて生徒達をかき分けるように、最前列にちょこんと座ったままの妹のところへと駆け寄ります。
「はぁはぁ……ユスティーナ、遅くなってごめんね。大丈夫だったかい?」
「もう。お兄様、遅いです。入学式、終わってしまいましてよ?
あら? お顔の色が……もしかして、お加減がよろしくないのですか?」
さっきまで凄かった汗も今は【洗浄】ですっかり綺麗に無くなっているはずだけど、自分の顔色までは気が付きませんでした。
普段は周囲の人間にあまり関心を示さない妹にまで、余計な心配をかけてしまったみたいです。
しかし入学式が終わった今この場に居続けることは、さっきまでとは逆に非常に危険なのです。
このままだと、確か強制イベントが発生して。
「久しぶりだね、ユスティーナ譲。入学おめでとう。学年は違うが、これから卒業まで同じ魔法学園の生徒としてよろしくたのむ」
そうしている間にも心配していたとおりに、ゲームシナリオに沿ったフラグ回収イベントが発生していました。
どうやら王侯貴族ばかりの来賓席の方に寄って視界の外からわざわざやって来た、できれば今日は会いたくなかった人物が僕の妹に声をかけてきています。
「あ……アウグスティーン王太子殿下。ご無沙汰しております。こちらこそよろしくお願い申し上げます」
「……ふむ。これでもお互い婚約者なのだから、その他人行儀な挨拶はどうかと思うが?」
椅子から立ち上がって美しいカーテシーで挨拶を返す新入生の妹に、久しぶりに会ったというのにそんな心の籠っていない無神経なセリフを投げつけて寄こす、最上級生で三年生の金髪イケメン王太子。
その後ろの貴賓席には、驚いたことに王妃の姿までもが見えます。
どうやら何年も前から婚約者だというのに、めったに公爵家に顔を見せに会いにも来ない王太子に、心配した王妃がまずは挨拶でもするように指示したのでしょう。
というか全くと言っていいほど屋敷から外出しない究極の箱入り娘である妹は、ここ何年も王太子には会っていないから”久しぶり”どころじゃないはずなんだけど。
その王妃はジッとこちらを見つめたままで、あれは何を思っての表情なのか。
本来のゲーム設定で彼女は僕の生みの親だったりするのですが、ある事情で僕は王族籍ではなく公爵家のユスティーナの双子の兄として育てられているのです。
ついさっき前世の記憶からゲーム設定を思い出すまでは、もちろんそんなことは知らなかった僕なので、これといって王家に特別な感情があるわけではありませんが。
しかし、それと王家といえど妹を傷つけるような放言は別なので、僕は大切な妹を背中に隠すように王太子の前に立ちふさがる。
「王太子殿下。妹は久しぶりの外出で少々疲れているようです。申し訳ございませんが下がって休ませたいと思いますのでこれで失礼いたします」
「むっ、エルネスティか。今日はやけに双子の妹にべったりなのだな。そんなことではお前は私の側近として、わぁ!」
「きゃっ、申し訳ありませんっ」
ほら、アウグスティーン王太子の後ろから側近の護衛達をどうやって躱したのかすり抜けるように接近してきた、ピンクゴールドのゆるふわヘアーな貴族令嬢がわざとらしくぶつかって来てしまったじゃないですか。
それから僕は王太子の側近としての役職は事務処理を中心とした在宅勤務で、国王陛下から了解をいただいていますので文句を言われる筋合いはありませんよ。
今はそれよりも、ぶつかった拍子に王太子にしがみついたままの貴族令嬢が、最大レベルの【魅了】スキルを使って、ウルウルした目で見つめているんだけど大丈夫ですか。
しかし、いきなりの初対面で精神攻撃を仕掛けてくる女性主人公ですかぁ……。
それにこの入学時点でスキルカンストしているなんて、もしかしなくても『強くてニューゲーム』の可能性が高いでしょう。
ここまで攻撃的な女性主人公とは、どう考えても仲良くすることは難しいような気がします。
「も、もしかしてアウグスティーン王太子殿下でしょうか? この度は大変ご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ありません。何かお詫びにできれば良いのですが。
あっ、私ってば。初めまして、コシュ男爵家のマリアと申します」
「え、いや。それよりも、そろそろ離してくれないか?」
さすがは王太子、状態異常耐性の魔法具を身に付けているからか、女性主人公であるマリアの【魅了】スキルに辛うじて抗っているようです。
あぁ、でも側近の護衛や取り巻き連中は軒並み落とされてしまったようで、熱っぽい視線を女性主人公のマリアから離すことができないみたいです。これはダメですね。
ところでメイン攻略キャラクターであるはずの騎士団長の子息で側近代表イケメンのゲルハルトまで、ステータスに【魅了】の状態異常が表示されているのは如何なものでしょう。
それにしても、無理してでも先に『強くてニューゲーム』しておいて正解でした。いや、あの頭の割れるような激痛は二度とゴメンですが。
でもそのおかげで、前回ゲームクリア時に持っていた最高レベルの【鑑定】スキルが大活躍です。
というか入学時点での素の僕のスキル構成では【状態異常耐性】を持っていなかったので、まず間違いなく騎士団長子息ゲルハルトと同じく【魅了】されてしまっていたでしょう。
危ない危ない。マジで危機一髪です。
「あ、あれ? 王太子殿下、何で? えっ、公爵子息のエルネスティも? 騎士団長子息のゲルハルトには効いてるよね? あれ~、何で二人は失敗してるのぉ?」
「ねえ、僕を呼び捨てにするのはやめてくれないかな。貴女、何様のつもりですか?」
それでも見るからにバカっぽい頭をひねって【聖女】マリアがブツブツ言っているのが丸聞こえなので、普段より格段にキツい口調で思わず突っ込んでしまう。
そんな僕を初めて見るとでもいうようにわずかに眉を寄せて、妹が後ろからソロソロと覗き込んできます。
「……お兄様? やはり具合がよろしくないのでは?」
「え? あ、あぁ。僕は大丈夫ですよ。それよりも、こんな気分の悪い場所に、いつまでもユスティーナをいさせる訳にはいかないので、サッサと教室に行こうか?」
僕を心配してくれたらしい天使のような妹の肩を抱くようにしてその場を去ろうとしていると、王太子にしがみついたままの男爵令嬢があろうことか妹を指差して叫び始めたのです。
「な、何よ。わ、私は【聖女】のマリアよ! エルネスティはそんな悪役令嬢のユスティーナなんか放っておいて、この私を見なさいよっ」
昔の事件以来、他人の悪意に不慣れな妹が、見知らぬ他人に身に覚えのない”悪役令嬢”などと不名誉な名で呼び捨てにされて、しかも指まで差されてしまう。
それだけでも心臓を鷲掴みにされるほどギョッとしたようで、無表情だった妹は今にも泣きそうに眉を八の字に下げて僕にしがみつくしかありませんでした。
「何っ、貴女が【聖女】殿だとい」
「ふざけるなよ、僕の妹を人前で悪役令嬢だなんて指差しやがって。二度とその口を利けないようにしてやろうか!」
ブチッと頭の中で何かが切れる音がして、王太子の声も気にすることなく遮ると、自称【聖女】のマリアに最大レベルの【威圧】スキルをぶつけてやる。
すると「ひっ……」とか言って、あっけなく腰を抜かしてズルズルと座り込んでしまった。
しかし、それでもこの女もあの石碑で『強くてニューゲーム』しただけあって、そこそこ高い精神耐性レベルを持っているからか、ちょっと漏らしただけで盛大に粗相をすることはなかったみたいだ。
「おい、エルネスティっ。私の話を遮るなっ。そんなんだと私の側近として、このままという訳にはいか」
「王太子殿下、私の妹はそこの失礼な男爵令嬢の暴挙のおかげで、酷く気分が悪くなってしまったようですのでこれで失礼いたします」
名ばかりの側近なんていつでもやめてやるとばかりに、婚約者である妹の心配すらしない王太子の言葉をバッサリとぶった切って、後ろも振り返らずにまだ震える妹を支えるようにしながら大講堂を後にするのでした。
その後ろからは何やら王太子と【聖女】が僕達に向かって叫んでいるようでしたが、そんな些末なことは僕の大切な妹に比べれば取るに足らないことでしかありません。
まあ、この調子で攻略対象でもある僕が【聖女】のヘイトを稼いでおけば、少なくとも女性主人公シナリオルートに入ることは無いでしょう。