第1章1話 妹が悪役令嬢の世界
じゃんじゃんじゃぁ~んじゃかじゃかじゃじゃ~ん。
壮大なオーケストラの奏でるテーマソングが頭に響き渡る中、雲ひとつ無い晴天を背景に城門の向こう側にそびえ立つ尖塔の魔法学園。
そう、これは何度もゲームの中で見た、有名なオープニングムービーに違いありません。
それがやけにリアルな臨場感と共に僕の目の前にあり、ハッとして思わず後ろを振り返ると。
「どうされたのです、お兄様?」
透き通るほど綺麗でサラサラなプラチナブロンドの髪をサラリと肩からふくよかな胸元に落とした僕の妹が、表情の無い蒼い瞳をわずかに細めて僕を見上げて来ているのでした。
その西洋絵画に描かれた天使のような美しい顔の造形と、まるでハリウッド女優のようなプロポーションは、大人気の国民的RPGゲームの中で何度も目にしたあの悪役令嬢そのもので。
「……ユスティーナ。い、いや、何でもない。そ、それじゃ、楽しみにしていた入学式だよ。行こうか」
「……は? 私は特に魔法学園の生徒となることを、楽しみにしていた覚えはありませんが」
やはり久しぶりの外出で緊張でもしているのか固い口調でツンと投げ返されると、どこまでも無表情な妹がわずかな憂いを帯びて、スラリと長い脚を半歩だけカツッと前に差し出して近寄る。
すると学園の制服である紅いチェックのミニスカートがふわりと舞い、紅いジャケットの下の純白のブラウスの年齢不相応な胸元から女性らしい柔らかな香りが漂います。
まだわずか14才だとは思えない色香に思わずクラリとしそうになって、僕は半歩だけ左足を下げて踏み止まるがやっとです。
たった今思い出しましたが、いくらゲーム設定で実の兄妹でないとはいえ、対外的にはキルヴェスニエミ公爵家の双子となっているのだから、ここで顔を赤くしている場合ではありません。
無意識の内にすぐ側にあった妹のほっそりした手を取ると、妹はかすかに蒼い瞳を見開いて驚くしぐさ見せます。
しかしあえてそれを無視し、僕は照れ隠しをするように赤面した顔をそらして、だけど彼女の歩幅に合わせて余り足早にならないよう気をつけながら、学園の重厚な城門へと歩き始めるのでした。
(まずいまずいまずい。どうなってるんだ、これは? これは異世界転生ってやつか? しかもなぜかゲームの世界へ?
あまりゲームをやったことのない僕でも学校の友達に勧められてクリアしたことのある、累計数百万本の売り上げを記録した日本を代表するRPGでだったはず。
その要因のひとつとして、男性女性それぞれキャラ選択が可能で【勇者】か【聖女】になって、魔法学園で仲間を集めてこの世界を冒険するという相当フレキシブルなストーリ構成の好感度が高かったからと聞いています。
でもまずいぞ。その主人公が女性キャラの場合のシナリオルートで【聖女】に敵対する悪役令嬢が、よりにもよって僕の妹であるユスティーナだったはずだ。
女性主人公のシナリオはやったことが無いので、詳しくは知らないのだけど。
確か元平民出身で身分の低い下級貴族家令嬢の主人公を虐めて、最後は婚約者である王太子から婚約破棄されて国外追放だか死刑にされてしまうんじゃなかっただろうか。
いや、でも男性キャラのシナリオではお助けサブキャラの一人として、悪役令嬢も仲間にすることもできたんだから、この世界でもバッドエンドを回避する方法はあるはずです。
実際、僕のゲームでのパーティー構成でも最強レギュラーとして、一番推しキャラの美少女だったのですから。
あ、でも男性キャラが主人公の場合は闇魔法使いの公爵家の兄の方が、最後は闇落ちしたあげく【勇者】の敵として殲滅されることになっていたような気が)
そんなことをブツブツと考えながら、これから3年間に渡って通うことになる、むやみやたらと広い魔法学園の校舎内を突き進んで、入学式が開催される大講堂までやってきました。
大きな体育館ぐらいある歴史ある大講堂には、すでに新入生を含めた在校生と先生達だけでなく新入生の家族が集まって来ていて、まもなく入学式が始まろうとしています。
新入生は列の前の方に着席するよう配列されていて、特に上級貴族である公爵家の僕達には最前列中央の席が問答無用で用意されているようで、案内の上級生に指定された椅子に妹をエスコートして座らせます。
「いいですか、ユスティーナ。僕はちょっと席を外しますが、ここでちゃんと入学式に出席しているのですよ?」
「え? お兄様、どこかへ行かれるのですか?」
とある過去の事件以来、心を閉ざしてしまって無表情がデフォルトになった妹が、それでも一抹の不安があるからでしょう、綺麗な蒼い瞳をほんの少しだけ震わせています。
しかし、ここはグッと我慢して妹には入学式が終わるまでは、ここでジッとしていてもらうのが一番安全なのです。
だから僕は心を鬼にしてできるだけ優しく微笑みながら、妹の美しいプラチナブロンドの髪をそっと優しくなでるのでした。
「今日はずっと側にいると約束しましたが、ちょっと用を足してくるだけです。入学式が終わるまでには戻りますので、いい子で待っていてくださいね?
知らない人はもちろん、知っている人でも僕以外に付いて行ってはダメですよ?」
「うぅ……、ユスティーナはもう大きくなったのですから、ここで一人でお兄様をお待ちしております。でもでも、お早くお帰りくださいね?」
「ああ、僕の大切なユスティーナ。すぐに戻ると約束するよ」
よく考えればさっき手をつないだのも、こうして髪に触れたのも何年ぶりでしょう。
だからでしょうか、僕が触れた一瞬だけビクッと肩を震わせた妹は、自分のことを”私”ではなく、まるで小さな子供の頃のように”ユスティーナ”と名前で呼んだことも気が付かないようです。
その髪をなでていた手をそのまま彼女の透き通るほど白い頬に触れると、安心させるように最大級の微笑みで約束してから、走らない程度に最速で大講堂の外へと出ていきます。
全校生徒の最前列でそんなことをしていたからか、そのとき周囲の新入生の少年少女達から黄色い声が上がっていたようですが、そんなことに構っている余裕は今の僕にはありません。
そんな訳で結局、僕は初日から入学式をサボるハメになるのでした。
そうして長い歴史ある大講堂を抜け出た僕は、そのまま一人で上から見るとロの字になっている魔法学園の校舎にある中庭へとひた走ります。
すでに校舎の中には人っ子一人残ってはおらず、誰にも見つかることなく中庭の真ん中にある古い石碑の前へとたどり着く。
心を落ち着かせるように、ふと雲ひとつない青空を見上げると大きく深呼吸をしてから、おもむろに石碑に触れると突然のように目の前の中空に文字が浮かびあがりました。
――強くてニューゲームを選択しますか? <はい/いいえ>