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見知らぬ街で・04

「見物して面白いところなど、ありはせんぞ」

 そう言ったシェルさんが最初に連れて行ってくれたのは、図書室だった。子供向けの絵本や教科書もあれば、近くの国のいろんな地方の地図、他にも傭兵のお仕事に関わる資料とかが置かれているんだとか。

けれど、この場所選択にはヒューゴさんから「つまんなさすぎんだろ。次!」という抗議が上がって、部屋に入ることなく次の場所へ向かうことになった。

「案内される身で注文が多過ぎるぞ」

「本が積み重なってるだけの部屋を見ても仕方ねえだろ。もうちょい他にあんだろ、何かよ」

「……仕方がない」

 ため息を吐いたシェルさんが次の場所にと選んだのは、通信室という場所だった。翠珠の本土にある支部と連絡を取る為の部屋だ、とはシェルさんの解説。

ただ、通信室に入った時に向けられた、仕事中のベイルさんの物凄く怪訝そうな――というか、嫌そうな顔は、しばらく忘れられそうにない。通信室に来たことを、こっそり後悔してしまった。

「あいつ、要らん時だけ表情露骨なんだよな」

 すごすごと通信室を後にしながら、ヒューゴさんが呆れたような表情で肩をすくめる。

「仕事の最中に邪魔が入れば、誰でもああいった顔をすると思うがな」

「そう言いつつ、俺たちを連れてくお前もお前だよ」

「他に行く当てが思い浮かばなかった」

 さよか、と肩をすくめて答えながら、今度はヒューゴさんが先頭に立つ。その足は、まだ通ったことのない廊下へと向いていた。

「ヒューゴ、どこへ行く」

「何かいい匂いがする。食堂じゃね?」

「……ああ、もう三時か。子供達に何か振舞っているのだろう。ナオ、次の行き先は食堂でもいいか」

「あ、はい」

 ヒューゴさんの後を追い、広い廊下を進んでいく。

そうして到着したのは、広いホールだった。学校の体育館よりも、もっと大きな空間に、たくさんの机や椅子が並べられている。奥の方は調理場に繋がっていて、忙しく動き回っている風の人の姿が見えた。

「あっ、ヒューゴだ!」

「ホントだ! シェルもいる!」

 辺りを見回していると、甲高い子供の声が聞こえてきた。声の聞こえてきた方を見てみれば、十数人はいそうな子供たちが、揃いも揃って私たちを見つめている。その子たちを見て、私も思わず感嘆の声を上げそうになった。この世界には獣人だけじゃなくて、本当にいろんな種族がいるみたいだ。

「髪に花が咲いているのは樹人族、耳の尖った背の高いのはエルフ、小さい白髪のがドワーフだ」

 ひそりとした声が、すぐ傍から降ってくる。

「樹人族は植物を身体の一部に宿した亜人種だが、エルフとドワーフはヒトに似て非なる種族で、森と洞窟にそれぞれ好んで住んでいる。把握できたか」

「はい、ありがとうございます」

頷きながら、シェルさんを見上げる。……と、その顔が引き攣っているように見えた。気のせいでなければ、ちょっと青褪めてさえいるような?

「あの、シェルさん、体調でも」

「いや、何でもない」

 シェルさんは首を横に振るものの、何もなければそんな顔になるはずがない。首を捻っていると、

「シェル、お前逃げんなよ」

 にやにやと怪しげに笑っているヒューゴさんが、シェルさんを振り返って言った。シェルさんは眉間に深い皺を寄せ、いかにも憂鬱そうにため息を吐く。

「子供は苦手だ」

「いいじゃねえか、好かれてんだ」

 そう話している間に、わっと子供たちが津波のように走り寄ってきた。シェルさんの顔が強張る。

「もこもこ!」

「角ー!」

 子供達が、一斉にシェルさんに突撃してきた。肩や腰によじ登ったかと思えば、耳に角にと小さな手が伸びる。シェルさんがどんより肩を落としているのも、お構いなしだ。もこもこな毛並みが気になる気持ちは分かるけれど、これはさすがに……。

 助けた方がいいかな、と声を上げようとして、

「この前の仇ぃいい!!」

「覚悟しろ今日こそ負けねー!」

 元気の良すぎる声が弾けて、思わず肩が跳ねた。驚いて目を向ければ、ヒューゴさんが子供たちを相手に大立ち回りを演じているのが見える。

ドロップキックを受け止め、逆手にとってジャイアントスイング。なす術もなく振り回された子は、ギブアップを叫んで戦線離脱。次に挑んだ子も、足払いからの四の字固めで撃沈。少年の悲鳴が響く中、ヒューゴさんは悪役さながらに言い放つ。

「俺に喧嘩売るなんざ、十年早え! おら、負けを認めるなら放してやるぞ!」

「ちくしょー! 次こそ勝ってやる!」

 そして、四の字固めの子もギブアップ。敗走しながらも前向きなのは、やっぱり褒めるべきことなんだろうか。こう、何か不屈の精神的なものとして。

「あ、負け犬が遠吠えてる!」

「かっこわりー!」

 ただ、子供たちは意外と仲間に厳しかった。た、逞しいって言っていいのかな……?

「……あの」

 ほとんどぽかんとして眺めていると、隣から声がした。はっとして顔を向けると、絵に描いたような金髪碧眼の美少年が立っている。こうして見た限りでは、人間だ。歳は中学生くらいだろうか。

「ヒューゴさんとシェルさんの、お知り合いですか」

 男の子は遠慮がちに訊いてきた。知り合い――と言えなくもない、のかな……?

「まあ、そんなところです」

「なら、新しく保護されてきたんじゃないんですね」

「保護?」

「僕ら、皆家族を亡くして引き取られたんです」

 あっさりと言われた言葉に、一瞬息を呑んだ。

けれど、前に商会では孤児を養っているとも聞いていたから、そこまであからさまな反応にはならなかった……と、思いたい。

「それは、その、大変な……」

「過ぎたことですから。あ、そうだ、僕、慶寧(けいねい)と言います」

「あ、直生です。天沢直生」

「直生、さん? ですか」

 慶寧君の顔には、私の名前への疑問がありありと浮かんでいた。それでも、「うん」と頷くだけにしておけば、何となく察してくれたのか、それ以上訊いてくることはなかった。

「それで、ええと――慶寧君、でいい?」

「はい、そう呼んで下さい。それから、僕の方が年下でしょうから、そんなに丁寧でなくても」

「ん、分かった。慶寧君は、あの子たちのまとめ役みたいな?」

 あの子たち、と示すのは、子供の塊が人型になったような状態のシェルさんと、相変わらずどたばたやっているヒューゴさんのところ。

「一応、そうですね。基本的に畑番の羽深(はしん)さんという人が僕らの面倒を見てくれるんですけど、今は街へ出ているので」

「ここで、お留守番?」

「はい。直生さん達はどうしてここへ?」

「用事があった訳じゃないんだけど、散歩というか、ベイルさんのお仕事が終わるのを待ってる感じ」

「ベイル隊長、ですか?」

 問い返す慶寧君は、意外そうな顔をしていた。

「そうだけど……どうしたの?」

「いえ、ベイル隊長は僕が知る限り、外部から人を連れてきたことがなかったので。少し意外で」

「そうなんだ?」

「五番隊のヴァレリオ隊長は、よく連れて帰られますけど。ベイル隊長は、本当に今まで一人も」

 本当に珍しいですよ、と慶寧君はしみじみ言う。疑っていた訳ではないけれど、あんまり他人に関わらないというヒューゴさんの言葉は正しかったみたいだ。

「ベイル隊長のお仕事は、まだ時間が掛かりそうなんですか?」

「たぶん。さっきも忙しそうにしてたから」

「じゃあ、ここで待っていかれたらどうですか? まだお菓子も残っていますから。お茶もありますよ」

 テーブルの方を指差してみせると、慶寧君は子供たちのところへ向かった。正確には、シェルさんのところへ。迷惑をかけないように、と注意をしながら、張りついた子たちを剥がしていく。

ようやく解放されたシェルさんは、がっくりと肩を落としていた。お疲れの様子だ。

「お疲れさまでした」

 近くに寄っていって言うと、シェルさんは苦笑を浮かべた。

「子供相手では、邪険にする訳にもいかんからな」

 ううむ、本当にいい人である。

その一方でヒューゴさんはというと、今度はまた違う男の子に腕十字固めを極めていた。さっきから関節技ばっかりだ。好きなのかな。

「おら、観念するか? さもねーと、このままだぞ!」

 どう見ても悪役っぽい悪い笑顔は見なかったことにして、シェルさんへ目を戻す。

「慶寧君が、ここでベイルさんのお仕事が終わるのを待ったらどうかと言ってくれたんですけど」

「まあ……それも構わんか。――ヒューゴ!」

 呼びかけから一拍遅れ、ヒューゴさんがこちらを向く。その足の下では、ようやく抵抗を諦めたらしい男の子が、床を叩いてギブアップを宣言していた。ヒューゴさんは男の子に「あんま意地張りすぎんなよ」と言ってから、解放する。

「何だ、どしたよ?」

「通信室に行って、ベイルに『食堂にて待つ』と伝言を頼む」

「何で俺が」

「案内を請け負ってやっただろう」

「……仕方ねえな、分かったよ。行ってくりゃいいんだろ。おら、お前らは大人しく菓子でも食ってろ」

 子供たちを促しつつ、ヒューゴさんが腰を上げる。

「えー! まだ勝負ついてねーよ!」

「もっかい! なあ!」

 さんざん関節技をお見舞いされていたというのに、子供たちはまだ諦めていないらしかった。シェルさんとは違った形で、かなり懐かれているようだ。

「あー、分かった分かった。また後でな」

 周りに集まった子供たちの頭をぐりぐりと撫でてから、ヒューゴさんは食堂を出ていく。そして、私達は食堂で時間を潰すことになった。



 ベイルさんが食堂にやってきたのは、とっぷりと日が暮れてからのことだった。食堂に入ってくるなり、まっすぐに私達のテーブルに向かってくると、

「いきなりで悪いが、街に行く」

 開口一番に言われ、ぽかんとする私の代わりに、問い掛けたのはシェルさんだった。

「ナオを連れてか? こんな時間に、何をしに行くというんだ」

「解呪師に会いに」

「解呪師はどこにいる」

花歌(かか)

 ベイルさんが答えた途端、シェルさんの表情が渋くなった。え、ええ?

「ならば尚更、明日にする訳にはいかんのか」

「早いうちに済ませた方がいい」

 淡々とした返答は打てば返る鐘のよう、一歩も譲らない。シェルさんの眉間にも皺が寄る。ちょっと空気が重くなり始めて、子供たちも居心地悪そうにし始めた時――からからと、軽い笑い声が響いた。

「諦めろよ、シェル。そいつが決めたなら、何を言おうが無駄ってもんだ。みすみすナオを危険に晒すこともあんめえ、黙って見送っとけ」

 シェルさんが振り返る。その視線の先で、ヒューゴさんはおどけるように肩をすくめて見せた。シェルさんが諦めたようにため息を吐く。

「くれぐれも怖い目になど遭わせてやるなよ」

「ガキを虐めて楽しむ趣味はねえ」

 準備はいいかい、とベイルさんが私を見る。頷き返して、席を立った。直生さん、と心配そうな声を上げた慶寧君に、言葉で答える代わりに笑い返す。

そうしてベイルさんの後に続いて、食堂を出た。

「花歌は薄昏の隣町だ。治安は、お世辞にもいいとは言えねえ」

「そんなところに、解呪師の方はいるんですか」

「そんなところだからこそ、だろうな」

「そういうものですか……。でも、私がついて行っても、お邪魔になるんじゃ」

「カレルヴォは腕のいい癒術師じゃあるが、解呪は専門外だ。念を入れようと思えば、解呪師にも診せておいて悪いことはねえからな」

 ということは、昼間の診察の延長なのかな。

「すみません、何かこう、いろいろとして頂いてしまって」

「こっちが勝手にやってるだけだ。謝られることでもねえが――ところで、馬には乗れるかい」

「馬? ですか?」

 ああ、と短く肯定する声は、どう聞いても冗談を言っているようには聞こえない。本気、なんだろう。

「……乗れません。すみません」

「そうかい。なら、俺の後ろ――いや、前の方がいいか。ともかく、一緒に乗せてくが」

「あ、はい、よろしくお願いします」

 歩きながら、頭を下げる。ベイルさんは肩越しに視線を投げると、また「いや」とだけ言った。

昼間にも通った広いホールからお城の外に出ると、事前に手配していたのか、二頭の馬を連れた女の人が待ち受けていた。ベイルさんは女の人から手綱を受け取りながら、もう一頭を指差して、

「そっちは厩に戻しといてくれ」

「お使いにならないのですか?」

 ベイルさんが頷くと、「分かりました」と女の人は残された馬をひいて、畑の傍を通ってどこかへ行ってしまった。そっちに厩舎があるのかもしれない。

女の人と馬が行ってしまうと、ベイルさんも馬を引いて歩き出した。門をくぐって城壁の外に出ると、すぐに馬に跨る。乗り手に応えるように馬が小さくいななき、私はびっくりして、文字通り小さく飛び上がってしまった。

「そう怯えるな」

 ベイルさんは巧みに馬を操って私の横で止まらせると、身体を捻って上体を屈めた。脇に差し入れられた手が身体を掴み、足が宙に浮く。その瞬間、裏返った悲鳴を堪えられたのは、きっと奇跡に近い。

宣言通り、私はベイルさんの前に乗せられた。恐る恐る馬の鬣に掌を乗せると、じんわりとした温かさが伝わってくる。

「何か不都合はあるかい」

 思った以上に近くから聞こえてきた声に、慌てて首を横に振る。そうか、と声がして、後ろから伸びてきた手が、目の前で手綱を掴んだ。

後ろから抱えられるような体勢になったことに今更気が付いて、どきょりと心臓が跳ねる。

「なら、動くぞ」

 答えを返す間もなく、馬が走り出した。その勢いでのけ反った身体が、背中から後ろにぶつかる。

「す、すみません!」

「いや。この状況で寛げるとも思えねえが、楽なようにしてりゃいい」

 真実気にしていなさそうな声に、ほっと息を吐く。ただ、すっかり後ろに寄りかかる姿勢になってしまった身体が、元に戻せなくて困った。

「……その、起き上がれなくてですね」

「別に、構いはしねえが」

 問題はない、とまた淡々とした声音。

どうしようかと迷いはしたけれど、変に身動きして邪魔になってしまってもいけない。結局、お言葉に甘えて寄りかからせてもらったまま、じっとしていることにした。

街が見えてきたのは、それからほんの数分後のことだった。丘の上の砦と同じように、街の周りはぐるりと壁で囲われている。ベイルさんは馬の歩みを緩めてから、篝火の灯された門に近づいた。

馬の足音を聞きつけ、門番の人が走り寄ってくる。

「アルトゥール商会一番部隊長殿とお見受けします」

「ああ。花歌に人を訪ねる用事で来た」

「門は、後三時間で閉じますが」

「それまでには出る」

 承知しました、と残し、門番の人は馬から距離を取った。馬が走り出す。門をくぐり、知らない通りを軽やかに駆けていく。まだ日が沈んだばかりだというのに、辺りは驚くほど人気がない。

「人がいねえのが不思議かい。招籠の辺りはそうでもねえが、特に薄昏や花歌の近辺は、日が暮れたら外に出ねえのが暗黙の了解だ」

「危ないから、ですか」

 そうだ、とベイルさんが頷く。本当にこの街は私の住んでいたところとは、何もかもが違うらしい。

「まあ、今はさほど心配する必要もねえがな。粋蓮は商会の勢力下で、俺は一応その幹部だ。真っ向から喧嘩を売る馬鹿は、そういねえ。――と、ここだな」

かつ、と蹄を鳴らし、馬が止まる。古い建物の前。飴色の扉と厳めしい鉄のノッカーを、壁に取りつけられた白く光る石が、ぼんやり照らしている。

「直生」

 呼ばれて、振り返る。

「暴れるなよ」

「へ? ――あわっ」

 また両脇に手を差し込まれて、身体が浮いた。石畳に降ろされる。

「扉を二度叩いてくれ」

 すぐに指示が出されたお陰で、扉へ歩み寄り、重いノッカーを持ち上げ、二回叩く。

「ご苦労さん」

 声は、すぐ後ろから聞こえた。振り向いてみれば、馬を下りたベイルさんが手綱を片手に立っている。

「少し脇に寄ってろ」

 馬とベイルさんの間に入るよう、手振りで示される。頷いて移動すると、背後でちょうど扉が開いた。

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