花降る街・04
こちらの世界には、テレビもパソコンもない。ご飯を食べてお風呂に入ってしまうと、日本にいた時よりずっと手が空きやすくなる。だからって、ぼうっとしているのももったいないし、ジョージナさんと一緒にお風呂に入った流れで、本を借りることにした。
借りたのは騎士道物語という、騎士の武勲や恋愛がテーマの小説だった。この大陸には、まだ騎士と呼ばれる人が現実にいる。ニーノイエやアルトゥ・バジィでは国を守る為に軍があるけれど、セトリアやバドギオンでは騎士団が同じ役目をしている。だから、そういう物語も流行ってるんだって。
ジョージナさんは騎士道物語でも恋愛がメインの話が好きだそうなので、借りた本のも全部そういうジャンルだ。私も高校の図書館でいろいろ本を読んだりしていたけれど、あんまり恋愛系の話を読まなかったから、何だか少し新鮮な気分。
借りた本を持って三階に戻ると、部屋にはもうベイルさんも戻っていた。テーブルで新聞を読んでいる。
「何か変わったこととかありますか?」
「いや、特にはねえな」
そう言って、ベイルさんが新聞から顔を上げる。そして私を見ると、どうしてなのか、寄る眉間の皺。厳しい表情のまま、手招きまで。えっ……。
「な、何ですか?」
「いいから、来い」
問答無用とはこのことだった。
何かしちゃったかなあ、と本を抱えたまま、恐る恐る近付いていくと、
「もう冬も近い。風邪を引きたくなきゃ、ちゃんと乾かせ」
立ち上がったベイルさんが、私の方に手を伸ばしてくる。えっ、と思った時には肩に掛けていたタオルが頭にかぶせられて、わしゃわしゃと手が動き始めていた。ちっとも痛くない、優しい感じで。
じわじわと顔が熱くなってくるのを感じた。
なんていうか、最近、ちょっと私は変だと思う。どうしてこんなによく、変な感じになってるのか分からない。ちょっとしたことで頭の中がギクシャクしちゃって、髪をちゃんと拭けって言われてしまったのは恥ずかしいのに、こうしてもらって、嬉し……うん、その、嬉しいと、思っちゃってる。
「――明日の」
しばらくして、髪を拭く手が止まる。ベイルさんが話し始めたのは、ちょうどそのタイミングだった。
私の頭にはまだタオルがあったから、喋っている顔を見ることはできなかったけれど。
「ナタンとの一戦は、手加減をしていられるようなもんじゃねえだろう。必ず、殺し合いになる」
少しの迷いもなく断言する声に、お腹の中がずんと重くなる。でも、本当のことを言えば、予想はしていた。そう言われるんじゃないかって。
この前の戦いで、エジードさんは竜騎兵の証である魔道具を使っていなかった。私はそれがどんなものだったか覚えてはいないけれど、きっと強力であることは間違いない。前は一方的な感じだったけど、次も同じようにいくかは……。
「お前はどうする? ここで待っててもいいし、戦いを見届けると言うなら、それもお前の自由だ」
好きな方を選べ、とベイルさんは言ってくれた。それなら、やっぱり――
「一緒に行っても、いいですか」
「構わねえが、後悔しねえかい」
「大丈夫、だと思い……たいです……」
「不安な答えだな。……まあ、いいか。目の届くところにいてもらった方が、俺としても安心ではある」
頷いたベイルさんは、そこで一度言葉を切った。何か考え込むように眉間に皺を寄せていたかと思えば、「ただし」と言って、また語り始める。
「一緒に来るつもりなら、防御に水は使うな。俺が使う術とじゃ、相性が悪すぎる。まかり間違って、敵と一緒にお前まで焼いちまったなんてことになりゃ、目も当てられねえ」
焼く? それに、相性が悪いって……? 意味が分からなくて、首を捻る。
ベイルさんの属性は風で、私の流水とも相性は悪くなかった。それに、普通に考えて風では焼けない。なら、何か別の――そう言えば、この前は光と金属までも操っていたような……。
そこまで考えて、カレルヴォさんが言っていたことを思い出した。
「風と光で、雷になる……?」
思い出した延長の、それはほとんど独り言のような呟きだった。質問するつもりでもなかったのだけど、答えはあっさりと返ってきた。
ああ、なんて信じられないくらい軽さで。
「ベイルさんは、〈竜の寵児〉なんですか?」
「遺憾ながらな」
二度目の肯定も、そんなに軽くていいのか困ってしまうほどだった。
「風と、光と――金属も使ってましたよね?」
「いや、地属は魔道具を使ってるだけだ。三重属性保持者なんてのは、さすがにこの世に生まれた試しがねえ。竜になら、いるのかもしれねえが。ともかく、雷撃は流水じゃ防げねえ。それは念頭に置いておけ」
そう結び、ベイルさんは私の頭から手を離した。タオルを取って、上着のポケットに入れていた櫛で髪を梳かす。これもジョージナさんからの頂き物だ。
すると、不意にベイルさんが何か思い出した風で、
「そう言えば、この前の話の続きがまだだったな」
「この前? ですか?」
「一昨日、訊きたいことがあると言ってたろう。〈爪〉連中の邪魔で、随分と先延ばしになったが」
言われてみれば、そんな会話もしてたんだっけ。エジードさんに呼ばれたり、幻に惑わされたりしていたせいで、すっかり忘れていた。
ベッドの方へ歩いていきながら、ベイルさんが続ける。
「何を訊くつもりだった?」
「……ええと、街で、ナタンさんと最初に会った時なんですけど。ベイルさん、怒ってましたよね?」
「そんなこともあったな」
「それが、その――どうしてだったのかなって……」
ベッドの上に置かれていたコートを取ってテーブルの傍に戻ってくると、ベイルさんは「ふむ」と小さく唸った。怒ったり嫌がったりしているようには、見えない。少しだけほっとする。
「面倒な話になるが」
「あ、いえ、話したくなければ」
大丈夫です、と慌てて付け足す。
「そんなことはねえさ。面白くもねえ話なのは確かだがな。それでも、聞きたいかい」
黙ったまま、頷き返す。
難しい話なんだろうということは、最初から予想していた。だから、ベイルさんが話してもいいと言ってくれるなら、私が首を横に振る理由はない。
「分かった。とりあえず、これでも羽織って座れ。短く終わるかどうか、自信がねえからな。湯冷めして風邪でも引かれちゃ困る」
これ、と差し出されたコートを、思わずベイルさんの顔と見比べる。私が借りちゃったら、ベイルさんが寒くなってしまうのでは……。
「ベイルさんは」
「俺はいい」
座れ、ともう一度重ねて言われたので、さっきまでベイルさんが座っていた椅子に座る。ベイルさんは私のすぐ隣――椅子ではなくテーブルの方に浅く腰を乗せて、話し始めた。
「軍だとか国家だとかってのは、とにかく異端に対して敏感で、排除したがる傾向にあってな。その反面、一度利用価値を見出すと、一転して束縛するに近く強固に組織に組み込もうとする」
「竜騎兵――と、〈竜の寵児〉もですか」
「そうだ。グナイゼナウ部隊も、同様の意図の下に創設された。だが、その末路は前にも話したろう」
はい、と頷き返す。あんな理不尽すぎる最期、忘れられる訳がなかった。
「利用価値が高い――特に戦闘能力に秀でてる奴は、常に状況が反転した場合が想定される。便利に使ってきた駒の脅威が、そのまま自分に向かってくるってことだからな。そして、国や軍を動かす連中は、何かとその仮定を想定して動きたがる。お前も、いくらかは体験したかもしれねえが」
「……少し、分かる気がします」
竜騎兵団は強い部隊として頼られていたけれど、決して好意的に見られてもいなかった。それも、ベイルさんが言う通りの思惑があったからかもしれない。
「だが、俺は俺の目的の為に戦ってただけで、国や軍に忠誠を誓ってた訳じゃなかった。だから、死ねと命令されたところで、大人しく従う理由なんざありゃしねえ。国の為に命を捧げろだとか言われても、そんな高尚な自己犠牲の精神は持ち合わせてもねえしな。それでも連中はあれこれ条件を突きつけて、やれと命じる訳だ。その手の横暴が、俺は嫌いでな」
口調は淡々としていたけれど、声の中には確かな感情が滲んでいる。その「横暴」をどれだけ嫌っているか、ひしひしと伝わってくるようだった。
「かつて自分が受けた理不尽を、ハーデはそのままお前に課してる。それがどんな苦痛を与えるのか知りながら、だ。俺はそれが気に食わねえ。――お前は、前に何故ここまで首を突っ込むのかと訊いたな。これがその理由だ」
「ハーデさんやニーノイエの、思い通りにさせたくない?」
「ああ。連中を放置するのは、他の何を差し置いても我慢がならねえ。悪いが、俺は義侠で立っている訳でも、親切で動いている訳でもねえのさ。全て私情だ」
「いえ――」
その方が楽でいい、と言いかけて、止めた。止めておいた。何となく。
「後は、商会のお仕事だから、ですよね」
「それも理由の一つに数えられなくはねえがな。実際のところ、俺の中であれの比重は大きくねえ。商会に属さずとも、ヒューゴのようにギルドに所属すりゃ、独立傭兵として十分に食っていける。商会には機会があったから、たまたま属してるだけだ」
肩をすくめる仕草。その言い方には、ちょっと驚いた。隊長なんて偉い立場なのに。
「今はお前を巻き込ませる訳にはいかねえから止めるべく動いてるが――正味な話、翠珠とニーノイエが開戦しようが、商会の立場が悪くなろうが、俺はどうでも良くてな」
え、と思わずベイルさんを振り仰ぐ。
さっきとは比べ物にならない驚き。商会は翠珠の国と深い関係にあるんだと、前に教えてもらった。戦争になれば、関わることになるんじゃあ……?
見上げる目と、見下ろす目が合う。陰になった藍色は一層に色を深め、ほとんど黒に近く見えた。
「正確に言えば、俺はこの世界のほとんどのことに興味がねえ。どこで誰が死のうが、いつどの国が滅ぼうが。何が起きようと、起きまいと、どうでもいい。そういう性分らしい」
ただただ滑らかに、静かに紡がれる言葉。
その穏やかにすら聞こえる声が、逆に身体をすくませた。何かとてつもないものを目の当たりにしているような、深い深い穴を覗き込んでいるような。何か言おうと思うのに、喉の奥で蓋をされてしまっているみたいに何も言えない。
直生、とベイルさんが呼ぶ。呼ばれたと分かっているのに、それでもまだ声は出ないまま。
「これはただ、俺がどういう物の見方をしてるかってだけの話だ。別にお前が理解する必要はねえし、受け入れる必要もねえ」
聞き流していいし、忘れていい。
そう言われた瞬間、反射的に首を横に振っていた。そうじゃない、それは嫌だ。まだ何を言いたいのかも分からないけれど、それだけははっきりと思った。
ベイルさん、と呼ぼうとする。それにベイルさんが気付いていたかは分からない。でも、私が呼ぼうとした、ちょうどそのタイミングで「話は終わりだ」と会話が断ち切られてしまった。
「長々と悪かったな、本を借りてきたんだろう」
読んだらいい、とだけ残して、ベイルさんは離れていく。テーブルの傍から、私の近くから。
その背中を、私はただ見つめていることしかできなかった。
楽しい時間ほど早く過ぎて、辛い時間ほどゆっくり流れるように感じる。その表現をどこで読んだのか、もしくは聞いたのかは分からない。でも、まさにその通りの感覚だった。
お祭りの三日目の夜。念の為、ナタンさんとの戦いに備えて一日〈ヒラソール〉の中にいたのだけど、夜まではすごく長かった。朝からずっとそわそわしながら、お昼がきて、日が暮れて、夜になるのを待つ。外が暗くなり始めると、もう緊張で心臓が口から飛び出してしまいそうだった。
ずっと一緒にいたから、ベイルさんも私がそうなっていることを分かっていたのだと思う。お昼過ぎになると、ヒメナさんにティーセットを借りてきてお茶を淹れてくれた。ブドウの匂いがする、甘くて美味しいお茶。それを飲んでいる間も、ベイルさんは特に何も言わなかった。やっぱりここで待っていろ、とか言われたらどうしようって、少し不安だったんだけど。
午後のおやつの時間に合わせて一回目のお茶を飲んだ後、夕ご飯を食べてちょっとしてから、ベイルさんはもう一度お茶を淹れてくれた。ちょっとでも緊張が解れるようにと、気を使ってくれたのかもしれない。
まだお祭りの真っ最中だから、街には夜になってもどこか昼間の賑やかさが残っている。ほんの少しだけ届いてくる音楽、どこかで笑う人の声。そういうものを聞きながら二回目のお茶を飲んで――それから、私とベイルさんは戦いに向かった。
夜の草原を、少しだけ欠けた月が照らしている。近くに人や動物の気配はなかったけれど、かといって静かでもなかった。遠くで近くで、ごうごうと音を立てる竜巻が踊っている。
何となく竜巻を眺めていた時、目の端にベイルさんが足を踏み出すのが見えた。どうしたのかと顔を向けようとして、いつの間にか私たちの他にも草原に佇む人影があることに気がつく。
ほんの数メートル先に佇む人。ナタンさん。
その表情は、まだ悲しげだった。この人も決して悪い人じゃないことを、今の私は知ってしまっている。ニーノイエにいた頃も、戦い方を教わる時は厳しかったけど、それ以外は優しかった。軍の偉い人や、竜騎兵をよく思わない人たちからも、何度も庇われた。
思い出してしまったら、無視することはできない。あの頃、ナタンさんは確かに私にとって「先生」と呼べる人だった。そんな人と、戦う。どんな顔をすればいいのか分からないでいると、ナタンさんが苦笑するのが見えた。アンドラステ、と低い声が呼ぶ。
「念の為、始める前に確認しておく。私に従い、本国に帰還する気はあるか」
竜巻の音のひどい中でも、ナタンさんの声はよく響いた。鳶色の眼が、ひたりと私を見据えている。
ごくりと息を呑んで、首を横に振った。
「一緒には、行けません。私は、帰らなきゃいけないので」
もしかしたら竜巻の音で聞こえないかもしれないと思ったけれど、ナタンさんにはちゃんと聞こえていたみたいだった。そうだったな、と呟く声がした。
「故郷に帰る。その意思だけが、お前を生かした」
ナタンさんが一瞬、目を伏せる。けれど、次にその目が開いた時、もうそこに悲しげな顔をした「先生」はいなかった。ハーデさんですら手放し褒める「優秀な軍人」が、私たちに対峙している。
「交渉は決裂――否、初めから無意味だったか」
「ああ、その通りだ」
肯定するベイルさんの声は冷たい。そして、その手には抜き身の剣が握られていた。
そうして合図も何もなく、戦闘は始まった。
滑るように距離を詰めていくベイルさんを、ナタンさんは腰のサーベルを抜いて迎え撃つ。振り下ろされた剣を、サーベルが受け止める金属音。
目にも止まらない、攻撃と防御の応酬。それでも、ナタンさんの劣勢は明らかだった。ベイルさんの剣を受けるのに手一杯で、反撃もできない。かと思うと、ベイルさんが急に後ろに跳んで距離を取った。
ふ、とナタンさんが小さく笑う。
「さすがは〈鳴神〉か」
ベイルさんが剣を構え直す。言葉はなくても、その背中から緊張と警戒は嫌というほど伝わってきた。
その理由は、私にも分かる。
ナタンさんの握るサーベルから立ち昇る気配。目に見えるほどに凝縮された魔力が、陽炎のように漂い始めていた。じくりと左手が痛む。同じ竜の存在に共鳴しているのだと、今なら分かる。
これまで片手で扱ってきたサーベルに、ナタンさんがもう一方の手を添えた。その動作一つで、空気が重くなった気がする。息がしづらい。そして、サーベルが振り被られた瞬間、ぞっと背筋が震えた。
『後ろに跳べ!』
頭の中に響き渡るエンデの声。ハッとして地面を蹴る。更に『防護術式!』と言われて、慌てて目の前に障壁を作り出した。荒れ狂う風の渦にかすめられて、一瞬で粉々になってしまったけれど。
『間一髪、避けきったな。ナタンは風属の術師だ。竜の爪の恩恵で、その術の殺傷力は飛躍的に上昇している。対処を誤れば、一瞬で致命となるぞ』
分かった、と更に距離を取っておこうとすると、
『――上だ!』
警告とほとんど同時に、降り注ぐ何かの気配を感じた。咄嗟に左手を上げて、掌の先にもう一度障壁を作る。今の私にできることは多くない。ちゃんとできそうなのは水を呼ぶこと、壁を作ること、周りを探ること。それ以外は、あんまり自信がなかった。
上空から降り注ぎ、障壁に打ち付けられるのは、黒い礫だった。覚えのある気配に、じわりと胸の中で不安が滲む。
闇属性の魔力は明るい昼間に少し弱まる分、夜になると強くなる。その魔力を押し固めた礫は、音を立てて障壁を削っていった。隙間から落ちてきた欠片を右手に持っていた棍で弾き返すと、金属のような硬く重い手応え。
このままじゃ、いつかは削りきられてしまう。障壁を再構築しながら、とにかく礫の落ちてくる範囲から逃げ出そうとしたものの、
『気を散じるな、来るぞ!』
ギリギリ間に合った探査術式が、物凄い速さで近付いてくる気配を掴んだ。降ってくる礫もまだ止んでいないし、これじゃ逃げようにも逃げきれない。
『守りは引き受ける。すまぬ、ベイルにこちらは任せろなどと言ってしまったのが裏目に出た。奴が合流するまで、何としても凌ぐのだ!』
頭の上で罅の入りかけていた障壁が、エンデの魔力で補強される。どくどくとうるさい心臓の音を感じながら、両手で棍を握り直した。あの人の武器は短剣だったはずで、長さならこっちの方が有利だ。……なんて思っていたのだけど。
「うわっ!」
近付いてくる方向に身体を向けた時には、その人はもう目の前にまで近付いていた。
振り下ろされる短剣を、水平に持った棍で辛うじて受け止める。でも、まだ安心なんてできない。受け止めた刃は棍の表面を滑って、それを握る指を狙ってきた。危うく持ち変えて避けたものの、
「な――っ!」
ずるりと、短剣の刃を伝って、棍に黒いものが巻きつくのが見えた。……ああ、そうだ。思い出した。
この人は精神干渉の魔術だけじゃなくて、影の操作も得意なんだった。巻きついた影が更に伸びて、私の手にまで絡みつこうとする。この影は、影のくせに物に触ったり、攻撃したりしてくるのだ。
武器を手放す不安はあるけれど、掴まれてしまう方がまずい。棍から手を放して、後ろに逃げる。意外にも、あの人は追い駆けてこなかった。その代わり、影が見せつけるみたいに棍を持ち上げる。
あ、と思った次の瞬間、バラバラになった金属の破片が地面に落ちていった。えええ、武器を手放すどころか、壊されちゃったんだけど!?
『馬鹿者、呆けている場合ではないぞ!』
唖然としていると、また頭の中で叫ばれた。そうだった、もう武器もないんだから!
逃げなきゃ。我に返って走り出そうとして、
「え」
足が止まる。
影が、一面に立っていた。




