ドングリ池
これは、とある世界のお話です。
剣と魔法、ドラゴンとスライム、エルフにドワーフ、ゴブリンにオーク。
みんなが想像するような、おとぎ話の世界です。
そんな世界のかたすみに、とある森がありました。
逆さまに虹がかかる静かで平和な森です。
そこでは動物達が日々楽しく、仲良く暮らしていました。
そんな森へと、とある国のお姫様が来訪します。
ジャンボジェット機から紐無しバンジー、そして高高度降下低高度開傘で森へと降り立ちました。
【注意:高高度降下低高度開傘とは、主に潜入作戦で用いられるパラシュート降下です。HELO降下とも言われます】
そんなこんなで、お姫様は降り立った森をみわたします。
まわりは木にかこまれ、葉っぱの隙間から差し込む太陽の光が、森の緑を美しく輝かせています。
「ミッションを開始する」
お姫様はそう呟きましたが、このお話には関係ないので無視しましょう。
そんなお姫様は、真っ白なドレスに美しい赤色の髪、そして頭には猫のような耳がついていました。
ネコミミ王国のお姫様のようです。
お姫様は笑わない事で有名でした。
どんなに面白い劇を見ても、どんなに面白い大道芸人を見ても、どんなにわきをくすぐられても、お姫様は笑いません。
ネコミミ王国の人達が大勢でパーティーを開き、お姫様を笑わせようとしましたが、鼻で笑われる程度で終わってしまいました。
そんなお姫様へと近づく小さな影が。
「……だれ?」
お姫様も小さな影にきがつき、話しかけました。
すると草むらから顔を出したのは……
「むむ、女の子が降ってきたむ」
おおきな尻尾を揺らしながら、可愛らしいリスが姿をあらわしました!
「君はだれむ? どこから降ってきたむ?」
リスはお姫様へと尋ねます。
お姫様は、リスへと高高度降下低高度開傘を用いて降りてきたと説明しました。
「むつかしいむ。そんな事より、僕とあそぶむ!」
「そんな事って……聞いてきたのはそっちでしょう。トム」
「勝手に名前つけられたむ! 僕の名前は……リッスむ」
お姫様はガクっと肩を落とします。
リスの名前が「リッス」だからです。安易すぎます。
「まあいいわ。リッス、とりあえずお腹が空いたから……何か食べ物はある?」
リッスへと食べ物をねだるお姫様。お腹はペコペコ、ペコリーヌです。
「僕はどんぐりしか持ってないむ……ぁ、そうだむ。いい場所に連れてってあげるむ!」
そういいながら、リッスは走りだしました。
お姫様も、置いて行かれないように追いかけます。
※
リッスとともにやってきたのは、キレイな池。
太陽の光が反射し、底まで見えるくらい澄んでいます。
「ここは願い事が叶う池む。でも手順が色々あるむ」
「ふーん……」
「人の話聞いてる時に鼻ほじるの止めるむ! はしたないむ!」
リッスはお姫様を叱りつつ、手順を教えます。
しかしリッスは、森で有名なイタズラっ子。心のなかでほくそ笑みながら、イタズラ心全開にします。
「まず……池に向かって、こう叫ぶむ。私はこの世界で一番、ひょうきん者だー! む」
お姫様は容赦なく、リッスの尻尾をわしずかみして振り回します。
「わぁぁぁぁ! じょ、じょうだん! じょうだんむ! やめてほしいむ!」
「決めたわ。貴方の名前は……今日からモフモフなモッフよ」
「モフモフな動物、他にも居るから……それは遠慮するむ。そして降ろすむ」
モッフ……リッスを降ろすお姫様。
リッスはハァハァと息を切らしながら、お姫様への仕返しを決意します。
「何ハァハァしてるのよ。気持ち悪い」
「ひどいむ! 君のせいだむ! つ、つぎは本当に本当の事言うから、言う通りにするむ!」
リッスは再び、お姫様へと手順を説明します。
「この池の水を一口、口の中に入れるむ」
お姫様はリッスの言う通り、手で水をすくい口の中に。
「入れたむ? じゃあそのまま、逆立ちして池の周りを百周するむ」
お姫様は言われた通り、逆立ち……はせずに、リッスの尻尾を鷲掴みにします。
「わぁぁぁぁ! 僕が逆さまになってるむ! ちがうむ! 君が逆さまになるむ!」
「…………」
水を口の中に入れているお姫様はしゃべれません。
でも頬が膨らんでいて、その顔をみたリッスは思わず笑ってしまいます。
「あ、アハハハ、おかしい顔むー!」
次の瞬間、お姫様は水神リヴァイアサンの如く、リッスへと水をぶちまけました。
「ひぁぁぁ! びしょびしょむ! もうゆるしてむー!」
お姫様のぶちまけた水で、びしょ濡れのリッス。
もうこりたのか、素直に本当の事を教えます。
「ど、どんぐりを投げ込んで……お願いごとをすれば叶うむ……って、わあぁぁぁ! 振り回さないで! 今度は本当む!」
「オオカミ少年って話知ってる? あんまりイタズラが過ぎると後悔するわよ」
「も、もうしてるむ……ごめんなさいむ……」
素直に謝るリッスを地面へと降ろすお姫様。
振り回されたリッスは、見事に脱水されモフモフ毛並みに戻っています。
「それで? ドングリ投げ込んでお願いすればいいのね」
「そうむ。ご飯が欲しいならお願いしてみるといいむ。でもただの噂だむ」
お姫様はリッスから貰ったどんぐりを投げ込み、お願い事を言います。
「おでんが食べたいです。勿論、白いご飯付きで。ご飯におでんの汁をぶっかけて食べます。デザートはバニラのアイスクリームがいいです」
「そんな食べ方してるむ? 僕はおでんの汁にゆで卵の黄身を溶かして飲み干すのが好きむ」
「気があうな、モッフ」
「リッスむ」
すると次の瞬間、目の前の池から眩い光が!
あまりの眩しさに、お姫様はリッスを抱き上げ盾にします。
「わぁぁぁ! まぶしいむー!」
そんなお姫様の鼻を、リッスのもふもふな尻尾がくすぐります。
だんだん、くしゃみがしたくなってくるお姫様。
そして、お姫様とリッスの前に美しい女神様が現れました。
『さあ、選びなさい。金色のおでんか、銀色のおでんか、それとも無かった事にしたいのであれば「白紙」と答えるのです』
「わぁぁぁ……噂はホントだったむね! も、勿論、金色の……」
「ハックシ……!!」
その時、リッスの尻尾に鼻をくすぐられ、クシャミをしてしまうお姫様。
『わかりました。白紙ですね。では……サヨナラ……サヨナラ……サヨナラ……』
「え、えぇぇぇぇ! まってむ! おでん……おでんがぁぁぁ!」
そのまま光とともに、女神様は池の中へと帰っていきました。
お姫様はリッスの尻尾で鼻を拭きつつ、首を傾げます。
「今、なんか居た?」
「何してるむ! 僕の尻尾はタオルじゃないむ! そして何で白紙なんて言ったむ!」
「……? クシャミしただけじゃない。というか……太陽の光が反射して眩しかっただけね。何も起きないじゃない」
「あぁぁぁぁー……せっかく……女神様に会えたのにむー!」
リッスは再びドングリを投げ込んでお願いをします。
しかし何もおきません。
「ガックシむ……」
「ハックシ……」