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夜暗の忍  作者: ケンタシノリ
第1話 命が絶たれた遊女と筆頭与力の闇
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その6

 日が沈んだ酉の刻、清蔵は陣吉をある場所へ連れてきた。そこは、清蔵が木兵衛と会う無人の長屋である。


「何か気味の悪いところのようだが……」

「しばらく待てば、ツボ師の木兵衛がくるから」


 少し後にやってきた木兵衛は、清蔵に小声で話しかけた。


「丸木屋で客引きをする男が、どうしてここにいるんだ」

「これには深いわけがあって……。それはそうと、お前は表の立場で丸木屋へ行っているんだろ」


 木兵衛が陣吉を怪訝そうに見つめるのも無理はない。清蔵は、そんな木兵衛にあることを告げた。


「実はなあ、お前が丸木屋で会ったおしのなんだが……」

「おしのに何かあったのか」

「おしのは、筆頭与力の木崎によって殺されたんだ」

「そうか……」


 おしのの死を聞いた木兵衛だが、その表情は常に冷静である。いくら木崎が許せない存在であろうと、ここで感情をむき出しにするわけにはいかない。


 すると、2人の会話を聞いた陣吉が低姿勢で声を発した。


「それでしたら、おれが浄閑寺へ案内しますので」


 木兵衛と清蔵は、浄閑寺への案内役を買って出た陣吉の後をついて行くことにした。


「浄閑寺って、丸木屋と何か関係があるのか」

「この寺は丸木屋というよりも、吉原そのものと大きな関わりがあって……」


 3人は、夜中も賑わう連中を横目に表通りを歩いている。木兵衛は、おしのの死と浄閑寺にどういう因果関係があるのか気になって仕方がない。


「おしのの死体も、もしかしてその寺にということか」

「はい、おれたちが楼主の久兵衛からの命に従って浄閑寺へ運び出すと、寅の刻が終わるまでの間に本堂の真裏に埋めて……」


 陣吉は、その時のことが今でも頭から離れられない。


 なぜなら、楼主と上客による折檻や殺しの揉み消しを手助けしたことへの罪の重さにさいなまれているからである。


「それなら、あの楼主と筆頭与力の村崎が殺しを行っていたと奉行所に申し出たほうがいい」

「でも、村崎はちょっと……」

「そうか、お前さんの気持ちはよく分かる。南町奉行所の筆頭与力である以上、申し出を受け取ってくれないかもしれないが……」


 木兵衛は陣吉の複雑な心境に理解を示しつつも、今回の件に関して決断するよう促している。筆頭与力の悪行が露見されれば、南町奉行所の評判はガタ落ちになりかねない。


「丸木屋での殺しを指をくわえて見ていたらダメだ。奉行所に申し出できるのは、お前さんだけだ」

「分かりました。そこまで言うのなら、奉行所への申し出をすることにしましょう」


 木兵衛が耳打ちすると、陣吉は自ら奉行所に出向くことを決断した。


 そのとき、清蔵は何か気になる様子で周りを見回している。


「清蔵、何か妙な感じがするけど……」

「丸木屋は今ごろ夜見世をやっているだろうし、もしかして……」

「丸木屋が刺客を雇うとか」

「まあ、そういうところだろうな。この江戸市中では、無頼浪人が我が物顔で押しのけて通るのが時折見られるし」


 やはり、陣吉が狙われているということだろうか。丸木屋にすれば、自分たちに都合の悪いことを奉行所に伝えるのを阻止したいという思いがあろう。


 いずれにせよ、浄閑寺の本堂の真裏におしのの遺体が埋められているか確認することが先決である。浅草を過ぎると、江戸の表通りとは違って静まり返った空気に包まれている。


 すると、農家が点在する中で暗い中でも目立つ1軒の寺がある。寺の表門を見ると、そこには『浄閑寺』と記されている。


「ここが浄閑寺か……」


 浄閑寺に足を踏み入れた3人は、独特の異様な雰囲気が漂うことに違和感を感じざるを得ない。その異様さは、本堂の真裏へ行くにつれてより際立つこととなる。


「進むにつれて、何か不気味さが漂っているような……」

「何というか、寺へ入ったときから霊気らしきものを感じるんだ。本当にここで供養をしているのだろうか」


 浄閑寺に漂う霊気は、木兵衛と清蔵の2人も感じているようである。すると、案内役の陣吉が2人に小声で話しかけた。


「おしのは、寺男が掘った墓穴の中にそのまま投げ込んだんだ……。そして、墓穴に投げ込まれた遊女はおしのだけに限らない」

「それって、どういうことだ」

「木兵衛は見ていただろ、丸木屋の遊女が殺されて野次馬ができていたのを」


 陣吉は、丸木屋の前で客引きを行っていた男である。遊郭の外にいる以上、野次馬の中に木兵衛がいることに気づいてもおかしくない。


 そして、陣吉はさらに言葉を続けた。


「その遊女も、楼主からこの寺へ運んで墓穴に投げ込めと言われたんだ……。村崎の殺しを揉み消すために……」

「おしののみならず、あのときに見た遊女殺しもやはり村崎によるものか」


 陣吉の言葉は、村崎の殺しが推測から確かなものへと変わることとなった。その確信は、木兵衛と清蔵にとっても共通する認識で一致している。


 案内人の陣吉は、一足先に真裏のほうへ入った。しかし、木兵衛たちが耳にしたのは何者かに斬られる音と陣吉の悲鳴である。


 急いで真裏へ回った木兵衛は、塀の上を飛び越える影らしきものが目に入った。


「高い塀を飛び越えるとは……。わしらと同じ伊賀の忍なのか」


 木兵衛は、地面に横たわる陣吉のところへ寄った。そこでは、陣吉へ必死に呼びかける清蔵の姿があった。


「陣吉! 陣吉! 誰に斬られたんだ」

「い、いきなり黒装束の男2人に……」


 何か所も刀で斬られて血まみれになった陣吉は、意識がもうろうとする中で口を震えながら言葉を紡いでいる。木兵衛は、必死に言葉を出そうとする陣吉の両手を握りしめた。


「陣吉……。わしらが目を離したばっかりにこんなことになるとは……」


 黒装束の男は、陣吉が1人になる瞬間を狙っていたのだろうか。木兵衛たちは、それを知る由もない。ただ1つ言えることは、陣吉が口にしたこの言葉である。


「あの男が言ったこと……。そ、それは……久兵衛からの差し金であると……言うことだ……」


 途切れ途切れになりながら言葉を発した陣吉だが、この一言を最後に息を引き取った。


 陣吉の屍を目にした木兵衛と清蔵は、その場で涙を見せることはない。けれども、無念の死を遂げた陣吉に対する思いは一致するものがある。


「やはりそうか……。自らの悪事を露見される前に、刺客を使って始末するとは……」

「陣吉……。お前さんの無念、決して忘れないぜ」

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