その8
忍たちは互いに顔を合わせると、刀を正面に構えながら相手に向かって駆け出した。
「覚悟!」
陽と影は、二手に分かれて若侍たちへ刀を向けた。若侍は自らの刀をすぐさま振り下ろすも、2人の忍は間髪を入れることなく縦横無尽に斬りまくった。
影は相手の敵を正面から次々と斬っているが、後方から斬りつけようとする若侍がいることにまだ気づいていない。
「影! 危ない!」
仲間の危機に、陽は装束から取り出した手裏剣2枚をすぐさま投げつけた。その手裏剣は、影の後方で刀を振り下ろそうとした若侍の構えた手に刺さった。
「うっ!」
手裏剣が刺さった相手がひるんだのを見て、影は振り向きざまに自らの刀で斬り裂いた。
「一瞬の隙が命取りになる。油断するんじゃないぞ」
「ああ、分かったよ」
陽の一声に影がうなずくと、2人の忍は刀を振り回す相手の敵を正面から斬り倒した。闇に浮かぶ庭先には、地面に倒れたままで変わり果てた若侍たちの屍がある。
忍たちは、標的である倉崎と室原の2人の姿が目に入った。残った若侍を自らの刀で斬りまくると、陽と影はそろって屋敷の中に足を入れた。
「倉崎! 室原! もう逃げられないぞ」
「ぐぬぬっ、土足で屋敷に上がり込みやがって……」
「貴様ら、ここから生きて帰れると思うなよ」
倉崎と室原は、自ら引き抜いた刀を忍の男たちのほうへ向けた。これを見た2人の忍は、冷静さを保ちながら相手の動きを見極めている。
「行くぞ!」
陽と影は互いに確認し合うと、殺しの仕事を成就すべく正面に構えた刀で2人の相手へ振るった。忍たちは、標的である敵がよろけるのを見逃すことなく縦横無尽に斬りまくった。
2人の忍は、好機を逃がすまいと刃先を相手に向けている。
「与力の夢が……」
「こんな形で終わらせてしまうとは……」
標的となった倉崎と室原は、意識が遠ざかる中でそのまま息絶えることとなった。血まみれの屍を前に、忍たちは小声でつぶやいている。
「欲にくらんだ者たちの末路はむなしいものだ」
「あの岡っ引連中も、彼らにとっては捨て駒に過ぎないということだな」
殺しの仕事を終えた2人の忍は、侍たちの死に様を見届けながら静かに屋敷を後にした。
それから数日後、南鞘町にある小さな長屋へ惣吉が新たな住人として入ることになった。
「ありがとうございます! わしのために長屋を見つけてくださって、感謝の念に堪えません」
惣吉は、自分のために力を尽くしてくれた木兵衛と清蔵への感謝の言葉を述べた。
「長屋に入るからには、ほかの住人と助け合うことも大事だぞ」
「おい、何でおれの目をジロジロ見ながら言うんだよ」
一匹狼の清蔵は木兵衛の口にした言葉が、まるで自分のことを指しているみたいでムッとした表情を見せている。
「別に清蔵のことを言っているわけではない。惣吉が長屋で暮らすならば、住人と揉めたら元も子もないぞ」
「ああ、そういうことか」
木兵衛の冷静な言葉に、清蔵も改めてその意味を噛みしめていた。
「惣吉、明日からわしの施術を手伝ってもらおうか」
「いいんですか、修行を始めたばかりのわしが……」
「裏方のほうはもう慣れただろうし、今度は自分で施術できるようにきっちりと教えるから」
惣吉はツボ師として成長するためにも、師匠の木兵衛の教えを請うことにした。
「施術を自分のものにできるかどうかは、惣吉の腕にかかっている。今までの裏方のような甘い考えは捨て去ることだ」
「はい! 施術の足を引っ張らないように精進いたします!」
木兵衛は、惣吉の真摯な姿勢を見ながら優しい眼差しを向けている。
その頃、主なき長屋の地下部屋にいる元締は激しい咳き込みに口を押えていた。
「ま、まさか……」
口元から右手を離すと、元締は血の混じった痰を掌に吐き出したことに気づいた。元締は、自らの死期が近づいていることを悟るような面持ちを見せている。




