その6
黄昏が深まった群青色の夜空の中、2人の忍は八丁堀に向かって屋根の上を疾走していた。
そんな時、清蔵の長屋がある南鞘町の裏通りに入ったところで、周りを見回すような仕草を見せる2人の男の姿があった。
「こんな夜中に裏通りを出歩く者など1人もいないはずだが……。おまけに、提灯も持っていないし」
影は首を傾げながら、身を潜めるように男たちの動きを見ている。裏通りはそこで暮らす者たちの生活の場だが、人通りのない闇夜は静寂に包まれているはずである。
忍たちは、相手に気づかれないように2人組の男たちの様子を探ることにした。その顔は、紛れもなく岡っ引そのものである。
「あの2人、裏通りを歩き始めたぞ」
「惣吉が危ない! 急がないと」
2人の忍は、裏通りを進む岡っ引たちの前へ先回りするように飛び降りた。
「おい! 今からどこへ向かうつもりか」
「うぐぐっ……」
突然現れた装束姿の忍たちを前に、岡っ引たちは手を出すことなくその場から走り去った。
「あの2人、もしかして……」
忍たちは、岡っ引連中がどこへ向かうのかをすぐに察知した。すぐさま屋根の上に飛び移ると、八丁堀へ疾風の如く走り駆けていった。
陽と影は、倉崎の同心屋敷に先回りすると相手に気づかれないように身を潜めた。すると、先ほどの岡っ引2人が屋敷の中へ足を踏み入れようとしていた。
「屋敷へ入ったということは……」
「あの岡っ引……。倉崎の元で預かっている不肖の若侍ということなのか」
2人の忍は屋根裏へそっと入ると、音を立てることなく梁に沿って足を進めている。
「この下が倉崎の居室か」
「あの声は……」
「どうしたんだ」
「おれの顔を見て発した声とそっくりだ」
屋根裏の下からかすかに聞こえる声に、影はその場で耳を当てることにした。
倉崎が居室で座っていると、岡っ引の2人がいきなり障子を開けて入室してきた。
「おい! どうしたんだ」
「そ、それが……」
「おれたちの前に忍が現れて……」
慌てた様子で口にした岡っ引の姿に、倉崎はいら立ちを隠すことができない。
「ということは……」
「惣吉を始末することができなくて申し訳ない」
倉崎は2人の前に立つと、怒りに震えながら口を開いた。
「わしはなあ、同心としての地位に満足できないんだ。何を目指しているのか、分かるだろうな」
「与力ですよね」
「そうだ。室原殿にお願いしているのもそのためだ。お前らだって、わしががいなかったら路頭に迷うことになったかもしれないぞ」
岡っ引たちは、倉崎の口から出た言葉にただうなずくだけである。倉崎は、2人の様子を見ながらさらに話を続けた。
「あの件が知れたら、お前らはおそらく打ち首獄門になるだろうなあ……」
「ど、どうすれば……」
「殺しの現場を見た惣吉を早く始末しろ!」
2人組の岡っ引による町人殺しが露見されると、彼らを協力者として雇った倉崎にとっても大きな責が伴うのは必至である。今回の件をどうにかして隠蔽すること、それは倉崎と岡っ引の一致するところである。
「やはりそうだったのか」
「厄介者の侍を岡っ引として雇う代わりに、与力の任に就くという塩梅だろうなあ」
「家格が上の者が同心屋敷に入る時点でうさんくさいけどな」
2人の忍は倉崎と室原のつながりが深いことを確信すると、すぐさま屋根裏から顔を出した。忍たちが目にしたのは、屋敷から出て通りを走る岡っ引の姿である。
「八丁堀から南鞘町へ行くみたいだぞ」
「越中殿橋を渡る前に何とかしないと」
岡っ引たちの動きを注視しながら、陽と影は素早く風を切るように暗闇を駆け抜けている。その動きを知らない岡っ引2人は、左腰に差している刀を抜こうと手に掛けた。
鞘に入った刀を右腰へ差した岡っ引の男たちは、倉崎の前で座っては頭を下げている。
「倉崎様に泥を塗ることのないよう事を進めますので」
倉崎の居室から出た岡っ引たちは、すぐに屋敷から外へ出ることにした。これを察知した陽は、先回りをするべく岡っ引たちを飛び越えた。
「どこへ行くつもりだ!」
「そ、そんなことなどお前らには関係ないだろ」
岡っ引たちは、夜中の闇に現れた忍の男を前に強気な姿勢を見せている。けれども、ここにいる忍は陽だけではない。
「逃げようたってそうはいかないぞ」
「うぐぐぐっ……」
2人の忍は、標的である岡っ引たちを挟み撃ちにしようとしている。
「かくなる上は……」
岡っ引2人は、左腰から刀を取り出すとその場で構えている。その目つきは、まるで獲物を狙うかのような鋭さである。
そんな中にあっても、忍の男たちは冷静沈着であることに変わりはない。背中に差している刀を抜いてじっと構えると、岡っ引連中が足を動かす様子にすぐに気づいた。
忍たちに近づきながら刀を振り下ろそうとする岡っ引の姿に、陽と影は即座に身をかわしながら相手の動きを見ている。そこから、陽は相手の男を見計らうように縦横無尽に斬りまくった。もう1人の岡っ引も、影の手によってその場で斬り倒された。
「汚れたことは手下任せで、自分たちは手を汚さずにのうのうとするとは……」
「殺しの標的はあの2人だな。同心の倉崎、そして旗本の室原……」
2人の忍は、血にまみれた岡っ引たちの屍を見ながら、殺しの標的となる男たちに目を向けた。




