その7
「梅松と猪吉の関係だが、深編笠を被った律吾もあの2人の差し金で動いていたそうだ」
「それは、律吾という男を斬った後で口にしたのだな」
元締は、陽からの報告に耳を傾けながらうなずく仕草を見せている。相手の様子をうかがいながら、影は陽から引き継いで報告をするべく口を開いた。
「江戸市中で深編笠の男が博打の常連客を斬り殺したのも、その全てに梅松と猪吉が絡んでいますぜ」
「そうか。それなら、これから殺しの標的となる者の名前を言うとするかな」
元締は、殺しを行う忍たちを前に独特の濁声で話し始めた。
「殺しの標的は、旗本にして目付の梅松正五郎、博徒連中の取りまとめ役の猪吉の2人だ」
2人の忍は、元締が出した小判2両ずつを手にすると、すぐに標的となる者がいる旗本屋敷へ向かおうと疾風のように屋根の上を駆け抜けていった。
その頃、屋敷内にいる梅松のもとに、家臣の1人が切羽詰まった様子で入ってきた。
「どうしたんだ」
「大変です! 深編笠を被って外へ出ていた律吾が何者かに斬られて命を落としました」
「何だと! いったい誰がこんんなことを……」
突然の事態に、梅松は相当いらだちを隠せない様子である。梅松たちが障子を開けて廊下に出ようとした時、夜の闇に浮かんだ庭先から白い煙が立ち上がった。
「誰だ! おれの屋敷に勝手に入りやがって」
怒りに震える梅松の先には、装束姿の忍たち2人が闇の中から現れた。
「まさか、お前らが律吾を……」
「その通り、深編笠の男はこちらで始末したまでだ」
「江戸城目付・梅松正五郎、博徒たちの取りまとめ役・猪吉、お命頂戴つかまつる!」
2人の忍は、背中に差している刀を抜いて構えている。その目の先にあるのは、標的である梅松と猪吉であることは言うまでもない。
「こいつらは、忍を騙る狼藉者だ! 斬れ! 斬れ斬れ!」
梅松の怒りに満ちた声に、屋敷にいる家臣や若侍、そして博徒たちが次々と集まってきた。そんな状況の中、陽と影は相手たちと向かいながらも冷静さを保っている。
「覚悟!」
2人の忍は、次々と刀を振り下ろす家臣たちを相手に素早い動きで斬っていった。斬られた侍は、その場で屍となって横たわっている。
すると、博徒連中が脇差を取り出しては突き刺そうと忍の男たちに襲い掛かってきた。
「よくも、博打場をめちゃくちゃにしやがって……」
「ただで済むと思ったら大間違いだぜ」
博徒たちが振り回す脇差をかわすと、陽はすぐさま自らの刀で横から斬り裂いた。後方から狙う敵にも、振り向きざまに斬りまくった。
「油断するんじゃないぞ」
「そんなこと分かってるって」
忍たちは、その後も油断することなく相手の敵をバッサリと斬りまくった。積み重なった屍は、倒れたままで再び目覚めることはない。
2人の忍は、標的となる者たちが入った部屋へ向かおうと屋敷の廊下に足を踏み入れた。それを阻止すべく、家臣たちは刀を手にしながら待ち構えている。
「しぶとい奴らだ」
忍たちは、家臣たちが刀を振り下ろす前に横からバッサリと斬り倒した。廊下に転がる屍を見た2人の忍は、標的の人物がいる畳敷きの広い部屋へ入った。
「梅松! 猪吉! もう逃げられないぞ」
梅松たちは、忍の男たちを前に自ら手にした刀や脇差を抜いて対峙している。忍たちのほうも、刃先を相手の敵に向けて構えながら徐々に梅松たちへ近づいている。
「梅松正五郎! 御用人の関村広保のお命を奪ったのはお前なのか」
「ちっ、それがどうした!」
梅松は、広保を殺した事実を陽から突きつけられても悪ぶるように吐き捨てた。これを見た陽は、横柄な態度を続ける梅松に再び口を開いた。
「この屋敷の裏のほうへ行ったら、何となく屍の臭いが漂っているわけだが……」
「まさか、そこに広保の死体を埋めたんじゃないだろうな」
2人の忍が発した言葉を聞いて、梅松は怒りをにじませるように自らの刀で斬りつけようと振り下ろした。
「しぶとい奴らだ」
陽は梅松の刀をかわすと、素早い動きで横から斬った。相手がよろけるのを見て、影のほうも自らの刃先で敵の背中を狙い撃ちにした。
「まさか、忍によって斬られてしまうとは……」
忍たちによって斬られた梅松は、その場で崩れ落ちるように倒れた。梅松は、意識を失おうとする中で2人の忍にあることを伝えようと口を開いた。
「おれが殺した……広保の遺体は、ここにいる……猪吉が……屋敷の裏に……埋めた……」
最後の言葉を口にした途端、梅松は忍たちの前で息を引き取った。梅松の屍を見やった2人の忍は、もう1人の標的である猪吉のほうへ振り向いた。
「やはり、梅松と結託していたということか」
「猪吉! 梅松が広保を殺した事実をもみ消すのを手助けしたということだな」
次々と飛び出す忍の2人組に、猪吉は脇差を右手で握りながら振り回している。
「貴様ら、調子に乗りやがって……」
猪吉は、自らを顧みることなしに忍たちに襲いかかった。けれども、忍たちの前ではそんなことなど通用するはずがない。
自暴自棄となった敵の動きをかわすと、2人の忍はそれぞれの刀で猪吉の体を鋭く斬り裂いた。その瞬間、猪吉はうつ伏せになるようにその場で崩れ落ちた。
「我が物顔で振る舞っていた者も、最期を迎える時は本当にはかないものだ」
猪吉の屍を見た忍たち2人は、その場から静かに去ることにした。
数日後、清蔵はいつも通りに鞘師としての仕事に精を出している。
「明後日に納品する鞘は、これだけあれば十分だろう。残るは漆塗りだけだから、それは明日にしようか」
仕事を終えた清蔵は、長屋から外へ出ることにした。すると、読み売りを手にした南鞘町の住人たちが裏通りを歩いていることに気づいた。その読み売りには、御用人・関村広保の遺体が屋敷裏の土中から発見された旨が記されている。
「夕焼けに映える赤とんぼか……」
清蔵は、秋の夕焼け空を赤とんぼが舞う姿を眺めながら、いつもの日常に戻ったことを肌で感じている。




