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夜暗の忍  作者: ケンタシノリ
第3話 雨中の町人殺しと勘当された3人組の侍

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その7

 闇に包まれた夜も半ばに差し掛かる頃、2人の忍は一瞬での疾走と身のこなしで目的地にある屋根に降り立った。


「春之助が殺されたのは、この屋敷の中なのか……」

「町人殺しを行った挙げ句、屋敷の主をも殺めるとは……。本当にやりきれないものだぜ」


 陽と影は、暗闇の空の下で手を合わせながら春之助の冥福を心から祈っている。


 主なき屋敷の屋根裏へ音を立てることなく進む忍たちは、3人の侍がいるであろう奥のほうへ向かった。


「雨の中での町人殺しにしろ、主である春之助を殺したにしろ、何の目的でこんな酷いやり方での殺しに及んだのか」


 影のつぶやきに、陽もすぐにうなずくと3人組の偵察を行うべく天井裏に耳をつけた。


「畳の取り替え、相手から怪しまれたりしなかったか」

「おびただしい血痕は、大量の吐血をしたからと説明したので」


 晴之丞にとって最もまずいのは、春之助殺害の痕跡が他の人間に露見されることである。


「おい! 本当に大丈夫だろうな!」

「目付のほうはまだ動いていないだろうし、まだ大丈夫かと思うが」

「春之助を死体が見つかったとしても、この屋敷は武家地にあるから町奉行は手が出せないだろうし」


 霧左衛門と仁蔵の言葉を聞いても、猜疑心の塊である晴之丞は2人の言うことに疑いの目を向けるばかりである。


 若い侍たちの話を耳に入れた陽は、3人が口にした内容を影に伝えようとしていた。


「影が言った通り、あの畳は春之助が斬られたときに血まみれになったやつだ」

「やはりそうか。これで、春之助殺しの真犯人はあの侍たち3人でほぼ間違いないな」


 殺しの標的を固めた忍の連中は、屋根裏から出ると風のように疾走しながら闇の中へと消えていった。


 2人の忍は翌日の日暮れ時、すなわち酉の正刻に地下の隠し部屋で再び顔を合わせた。忍たちの正面には、元締が自らの存在を誇示かのように姿を現した。


 影は、標的となる人物に関する情報を元締に伝えようと口を開いた。


「雨中における一連の町人殺し、その全てに関わったのは矢部晴之丞、奥山霧左衛門、村越仁蔵の侍3人だ」


 表裏を問わずに収集した情報は、自らの口から伝えるのが影の信条である。


「3人の侍は、いずれも素行不良でなおかつ傍若無人な振る舞いを行ったために勘当されて屋敷から追い出された者ばかりだ」


 影の口調は冷静ながらも、言葉の端々には許せぬ悪への怒りを感じさせるものがある。影が後ろへ下がると、今度は陽が自分の言葉で伝えようと元締の前へ出た。


「これらの侍を膳奉行・黒川春之助は自分の屋敷で預かることになったのが、その春之助もこの3人に斬られて命を落とした。そして、血で汚れた畳の取り替えを行うなど、春之助殺害の揉み消しを行っているそうで……」

「これで以上か」

「はい、これが全てです」


 元締は、報告を終えた陽と影の2人に殺しの標的となる人物を自分の口から伝えることにした。


「殺しの標的は、矢部晴之丞、奥山霧左衛門、村越仁蔵の3人だ」


 いくら武士といえども、人を次々と殺める行為を行えば目付も動くはずである。これ以上彼らを野放しにしたら、今後も町人衆が犠牲者が出てくるのが目に見える。


 早いうちに3人組の侍を始末するべく、元締は報酬として小判2枚ずつを床に置いた。


「あの3人、侍の皮を被った獣のようなものだからな。早く仕事を済ませないと」

「いつもだったら報酬のことで文句を垂れているのに、今日の影はやけに張り切っているなあ」

「ま、まあ……。たまにはいいだろ」


 珍しく自ら仕事を行おうとする気概の裏には、雨中で犠牲者の姿を直接目にしているからである。そんな影の気持ちを、陽はすぐに受け止めた。


「影、主なき屋敷へ行くぞ。相手は何をしてくるか分からない。決して油断することのないように」

「あの3人だろ。そんなこと言われなくても気を引き締めるつもりだ」


 疾風の如く屋根沿いを走り抜ける2人の忍。青装束と紺装束に覆われた忍たちの目的地は、武家地に入って少し先の屋敷である。


「3人組の侍がいるのは、ろうそくが照らされているあの部屋だな」

「相手は何をしでかすか分からない。油断は禁物だ」


 陽と影は、互いに確認し合いながら気を引き締めた。屋根の下には、殺しの標的となるあの3人が部屋の中で酒盛りを行っている。


「ほれほれ! 酒だ! 酒だ!」


 晴之丞は泥酔状態であるにもかかわらず、徳利に入った酒をそのまま口にして飲んでいる。


「大丈夫なんですか……。酒ばかり飲んで」

「せっかく買ってあげたのに……。おめえらも早く酒を飲め!」


 晴之丞は、霧左衛門や仁蔵に迫ってくるほどの酔いが回っている有様である。悪態をついたその姿は、武士としての気品さとは正反対と言わざるを得ない。


 霧左衛門は。晴之丞の醜態ぶりを避けるように部屋の障子を開けて廊下へ出ることにした。


 そんなとき、暗闇に包まれた庭先に白い煙が立ち上がった。その場で立ち止まった霧左衛門が目にしたのは、装束に身をまとった2人組の忍である。


「今は亡き黒川豊後守春之助預かりである矢部晴之丞、奥山霧左衛門、村越仁蔵、お命頂戴つかまつる!」


 殺しの標的となる3人の侍を前に、陽と影は背中に差している刀を抜いて構えている。忍たちの眼光は、酔った顔つきの晴之丞に向けている。


「狼藉者め……。人様の庭に足を踏み入れやがって……。斬れ! 斬れ斬れ!」


 晴之丞が叫びあげると、若侍が屋敷の中から数多く現れた。刀を抜いた敵と対峙する忍の男たちは、その場で一声を上げた。


「覚悟!」


 陽と影は、侍たちの振り下ろした刀をかわすと自らの刀で素早く斬り倒した。


「でやあああっ!」


 10人以上いる住み込みの侍連中が襲い掛かる中、忍たちは相手の動きを止めようと撒菱まきびしを敵の足元へまいた。


「うっ!」「い、いてててっ……」


 侍たちが撒菱を踏んで痛がる様子に、2人の忍は立て続けに斬りまくった。若侍の屍が庭先に転がる間も、忍の男たちは刀を自在に操りながら相手の敵を縦横無尽に斬っていった。


「残りは、標的となるあの3人組か」


 忍たちの真の目的は、傍若無人な3人組の男たちへの殺しである。仕事を成し遂げるためにも、相手への遠慮は命取りとなることを2人は忘れていない。


「いよいよ、あの3人を大掃除しないといけないな」


 影が発したその言葉の意味に霧左衛門はすぐに気づいた。忍たちが屋敷の廊下へ上がって近づくと、霧左衛門は自ら刀を向いて相手の出方をうかがっている。


「こ、こんなところでやられるわけには……」


 霧左衛門は意地を見せようと、自ら抜いた刀を相手の忍へ振り下ろした。その動きをかわした陽と影の2人は、標的となる侍の隙を突くように斬り倒した。


「屋敷に土足で上がりやがって……」


 2人の忍たちの前に現れた仁蔵は刀を抜くと、怒りに任せるように影へ襲ってきた。


「危ない!」


 陽は、一瞬の機転で仁蔵の手を狙って手裏剣を投げた。手裏剣が命中した仁蔵は、あまりの痛さに振り下ろそうと構えた刀を廊下の床へ落とした。


 これを見た陽は、横から縦からと自分の刀を自在に使ってその侍を斬りまくった。


「残りは、酒乱の晴之丞ただ1人か……」


 廊下に転がる屍を横目に、忍の男たちは部屋の中へ足を踏み入れた。忍の連中が現れたのを見て、晴之丞はふらつくように畳の上へ立った。


「酒くさい……。大量にのんでいなければ、あんなにふらつくことはないはずだ」

「影、油断するな。晴之丞は何をしてくるか分からないぞ」


「貴様ら、早くかかってこい!」


 晴之丞は、酒の勢いで刀を乱暴に振り回すばかりである。酒乱状態の相手に、忍の連中は静かに刀を構えている。


「どうするんだ? あの刀の振り方、危なっかしくて近寄ることができないぞ」

「ここはわしに任せろ」


 影の独り言を聞いた陽は、晴之丞の動きを注視している。


「あの侍、刀で自分の権威を誇示しているようだな」


 晴之丞の動きを見抜いた陽は、すぐさま撒菱を相手の足元へ投じた。それに気づかずに撒菱を踏んだ晴之丞は正気に戻ったのか、思わず自らの刀を畳の上へ落とすこととなった。


「い、いててててっ……」


 陽は、撒菱を踏んだ足に気を取られた晴之丞の正面から刀を振り切った。


「矢部晴之丞、覚悟!」


 晴之丞は陽が操った刀に斬られると、その場にうつ伏せになったまま二度と起き上がることはなかった。


 仕事を終えた2人の忍であるが、影は畳の上で血まみれとなった屍を見ながらある一言をつぶやいた。


「今までやった忍の仕事で、これほど仕事した気にならないのは初めてだ」

「町人殺しを行ったばかりか、屋敷の家主に手を掛けた奴らだからなあ」


 あの3人によって亡き者となった町人たち、そして家主の黒川春之助はもう戻ってこない。その事実を知っているからこそ、影のつぶやきには重みがある。




 それから数日後、鞘師の仕事を終えた清蔵は畳町の裏通りを歩いていた。向かう先は、権三郎がいるであろう長屋である。


「雲から太陽をのぞかせるのって、本当に久しぶりだ」


 清蔵が路地を進んでいると、雲の間から夕方の薄日が差し込んできた。先ほどまで雨が降っていたのがうそのようである。


 長屋へ入った清蔵の前には、右腕に包帯が巻かれた権三郎の姿があった。


「権三郎、右腕のほうは?」

「おかげさまで、刀傷の痛みはすっかり治まりまして」

「そうか。あとは傷口がふさがればということか」

「そういうことになりますな」


 そんな2人の会話に、おゆうが割って入ってきた。


「これに懲りて、1人で町中を出歩かないと約束できる?」

「い、いくら何でもそれは……」

「それなら、あなたが今後どうなっても知りませんからね!」

「女房、そんなことを言わなくても……」


 おゆうのきつい一言に、権三郎は恐縮するばかりである。そんな夫婦のやり取りに、清蔵は思わず笑みがこぼれたのであった。

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