新たな装備の注文事情
さて今回の成果だが、四日間で倒した岩甲虫の数は百八匹。
この白い岩のような虫の討伐料は、大銅貨二枚。
岩トカゲと同額である。
一匹あたりのスキルポイントが二十点というのまで同じだ。
丸一日がっつりと腰を据えて狩った割に前回よりも討伐数が少ないのは、四日目はほとんど狩らずに切り上げたせいである。
この辺りは、携帯食料が不足しそうだったという理由も絡んでいた。
東ルートはトカゲ肉のおかげであまり気味だったので、やや甘めの見積もりをしたのがまずかったようだ。
収入は銀貨二十一枚と大銅貨六枚。
硬白石は三十二個で、千棘花の雫は細巻き貝八本分だった。
昼過ぎの出発だったため、街に着く頃には日もすっかり暮れてしまっていた。
夜番の門衛たちに、門を開けて入れてもらう。
前に心付けを渡しておいたのが良かったのか、御者がソリいっぱいの石を買い取り所まで運ぶのを手伝ってくれた。
ちなみにランクが上がると、職員が馬車の到着に合わせて、わざわざ買い付けに来てくれたりもするが。
全て品札に交換し、討伐査定も済ませたトールたちが次に向かったのは、懐かしの我が家ではなく広場を渡った先の酒場であった。
遅くなってしまったので、夕食は外で済ますつもりである。
緑樫の木立亭は、ちょうど酒呑みたちの時間帯に入ったようでかなりの賑わいぶりだ。
隅のテーブルに案内されたトールたちは、ようやく一息つく。
「きょうはお外でおしょくじか! ユーばあちゃんやソラねーちゃんのごはんも好きだけど、お外もたまにはいいな」
「ムーちゃん、今日のオススメはお肉まんじゅうだって! 肉汁たっぷりって書いてあるよ」
「おおー、こころおどるな!」
「ユーリルさん、今回はたいへんお疲れ様でした。あ、甘いものでも頼みましょうか?」
「そうですね。あと火精酒があればお願いしますね」
運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら、今後の予定も打ち合わせる。
「次の馬車の予約は、やや遅れるという話でしたね」
「はい、少しばかり時間が空きそうですね」
「もしかして、ベッティさんたちが白硬級になったからかなー?」
「間違いなく、そのせいだな」
現在、破れ風の荒野を探索中のDランクのパーティは、トールやベッティーナたちを含めて九組。
さらに案内役や普通に素材目当ての狩りをしているCランクが六組らしい。
間を置かずに通うには、単純計算で馬車十五台が必要となる。
もっとも馬や御者を休ませるために、実際はもっと数は必要となってくるが。
さらに荒野を迂回した先にある瘴霧の妖かし沼へ、高ランカーの一軍冒険者たちを運ぶ馬車も必要である。
予算が足らんと息巻いていたダダン局長の顔を、トールはチラリと思い浮かべた。
「まあ、ベッティーナたちが戻ってくるまで待機でもいいか。南回りの話も聞いておきたいしな」
「じゃあ、ムーといっぱいあそべるな。トーちゃん、うれしいか?」
「いや、街にいてもやることは多いぞ。俺は明日は武器屋と防具屋に顔を出しておきます」
「私はオードルに、雫を届けに行ってきますね」
「う、どっちか迷うなー。オードルさんのお話、すごくおもしろかったし……、でもトールちゃんとのお出かけは、なによりも捨てがたいね」
「ムーはだんぜん、ちょうちょだな!」
はしゃぐ子どもの様子に防具屋の主人のガッカリした顔を思い起こして、トールは声を出さずに笑った。
翌朝、トールとソラは連れ立って外街の北大通りへ向かった。
ユーリルとムーは、内街の探求神殿へ仲良くお出かけだ。
午前中には終わる予定なので、昼から合流して前回は行けなかったムーの用事を済ますつもりである。
二人がまず立ち寄ったのは、午前中だというのにわりと繁盛している路地奥の防具屋だった。
気難しそうな表情を浮かべていた店主のラモウは、トールたちに気づいて大きく眉を持ち上げた。
だが子どもの姿がないことに気づいたのか、すぐに元の位置まで下がってしまう。
「岩トカゲの革なら、昨日届いたばかりだぞ。早めに見積もっても、出来上がるのはあと一週間ほどだな。革靴の方も、もうちょいかかりそうだ」
「そうか、邪魔して悪かったな」
「なにかあったんですか? カエル飲みこんだみたいな顔してましたけど」
「どんな顔だ、嬢ちゃん。いや、実はここんとこ、ちょっと要具の値段が高すぎてな。今はまだ買い置きがあるが、このままだと仕事に支障が出そうでな」
「そうなのか、たいへんそうだな。そこまで困ってるって、いったい何が値上がりしたんだ?」
「そりゃ革屋の必需品と言えば、接着剤に決まってるだろ」
接着剤の原料は、主にスライムの体液である。
それがかなり不足して、色々と値段が高騰しているらしい。
もしかしたら、自分と関係があるような気がして、トールはこっそりと顎の下を掻いた。
「また、しばらくしたら寄せてもらうよ。次の探索が未定なんで、いつ頃かはハッキリ言えんが」
「ああ、ちゃんと仕上げておいてやるから安心しやがれ」
「頼んだぜ、おやっさん」
「またでーす。お元気で」
「次は坊主も連れてこいよ」
手を振って防具屋を後にしたトールたちは、さらに北を目指した。
大通りをまっすぐに進み、空堀にかかった大きな石橋を渡る。
「こんなとこにも堀があるんだねー」
「ここらへんは鍛冶屋だらけだからな」
「ふむむむ。あ、火事になるってこと?」
「そういうことだ」
どこぞの工房から火が出た場合、延焼を防ぐためここら一帯は隔離されているというわけだ。
それに加えて、騒音がかなりあるというのも大きな理由だが。
狭い鍛冶屋は、先ほどの店とは打って変わって人気がない。
足を踏み入れたトールたちは、しばし店に飾られた武具を見ながら時間を潰す。
「わたしもなにか持ち歩いたほうがいいかな?」
「止めとけ、素人が持っても逆に自分を切るだけだ。あとお前が思っているより、こいつらは意外と重いぞ」
「そうなの? ベッティさんカッコいいし、ちょっと持ってみたかったんだけど」
「いや、細剣は見た目は軽そうだが、実際は普通の剣と変わらんぞ」
「さらに使いこなすのに相当の技量も必要ですしね。お待たせしました、トールさん」
二人の会話にさり気なく混じってきたは、武器工房の主トルックだった。
額に浮かんだ汗を手ぬぐいで拭いながら、愛想のいい笑みを浮かべている。
「こんにちは、ソラっていいます!」
「はじめまして。今日はそちらのお嬢ちゃんのご注文ですか?」
「いや、俺の分だけだ。白硬銅が手に入ったんでな」
「おや、お早いですな。では、さっそく拝見を」
受け取った品札を確認した職人は、深々と頷いてみせる。
そして嬉しそうに声を弾ませた。
「では細かい部分を煮詰めましょうか」
どうやら刃金の剣にも規定の大きさはあるのだが、個人の体つきや要望にそって色々と別あつらえをしてくれるようである。
そこからトールの体をあちこち測ったり、何度も違う剣を素振りしたりと具体的な形を選んでいく。
結局、それらの試しが終わったのは昼前であった。
途中、姿が見えなくなったソラは、ちゃっかり鍛冶窯の方を見学していたようだ。
何度か楽しそうな話し声が響いてきていた。
「じゃあ、それで頼む」
「はい、仕上がりは一週間ほど頂きますね」
ようやく注文を終えたトールは、ふとソラが持つ包みに気づく。
「どうしたんだ? それ」
「これ? 探索の時に使うと良いって、一個ゆずってもらったんだよ」
「武器は止めとけと言っただろ」
「ううん、これは武器とかじゃないよ。もっといいものだよー」
そう言いながら、少女は満面の笑みをたたえてみせた。




